3話 魔女様は嫌われる
無事に議会を乗り切ったと思えた一行の前に、怪しい人物が現れます。
その人物は、何故かシルヴィを強く敵視しているようです…………。
「なんだか、議会っていうよりちょっとした株主総会だったわね」
「それはよく分かんないけど、でもほのぼのした連絡会でよかったじゃない」
フローリア様の仰る通り、会議全体を通して見ても「この前はこんなイベントでしたが、楽しかったのでまたやります」とか、「今度はこんなイベント企画してます、案がある人はお願いします」というような内容がほとんどでした。
シリア様ももう何が何だか分からなくなっているようで、色々と考えた末に『まぁ連合が必要とされなくなっているくらいに平和なんじゃろ。それはそれで良いことじゃ』と疲れた笑みを浮かべていました。創始者の一人であるご本人としてはやはり複雑な気持ちなのでしょう。
ともあれ、私としては特に問題もなく終わり、魔女として受け入れてもらえたようで一安心です。
今後は、これから来週行われる技練祭というイベントに関する説明があるようなのですが、客室へ戻ってしばらく経ちますが誰も来る気配がありません。
「私達忘れられちゃったのかしら? もうみんなでご飯楽しんでたりして~」
そうフローリア様が冗談を呟いた時でした。ノックも無しに突然ドアが開かれ、真っ黒なスーツを纏った見知らぬ男性が入ってきました。
「お前達のようなふざけた魔女など忘れる訳もないだろう。もっとも、もてなすつもりもないがな」
何やら、酷くご立腹のようです。私達が一体何をしたと言うのでしょうか。
彼はひとつに結わえられた燃えるような赤い髪を後ろへ払いながら、険しい顔で私を見ています。
「ふん。こんな自立もできていないような臆病な小娘が、あのシリア様に認められただと? 笑わせてくれる」
彼の発言は挑発だとは分かりましたが、さすがにシリア様を侮辱されるような物言いは我慢がなりません。
「お言葉ですが、私はシリア様に認めて頂いた魔女です。それを笑うということは、私のみならずシリア様をも侮辱するということに当たります。撤回していただけませんか」
「ならばお前、シリア様にどう認められたというのだ? 神祖は既に人間界を離れ、神の座に着いている。他の連中は脳足らずな奴が多いから気にしていないようだが、こんな与太話で私を誤魔化せると思うなよ?」
やはり、私の魔女としてのプロフィールを訝しまれているようです。彼の言うことは一理あり、事情を知らない人からしたらとんでもない嘘だと思われてしまうことは事実でしょう。
ですが、言葉を返そうとした私を制して前に出たのは、そのご本人でした。
『貴様、先ほどから聞いておればなんじゃ。随分と偉そうな言い草ではないか。人にものを尋ねる時は己から名乗れと教わったことはないのか?』
「なんだお前は。私はそこの魔女もどきに用があり、お前のような無能な使い魔風情に用は――」
『黙れ。もう一度だけ問うぞ、貴様の名は何という』
シリア様から発せられるプレッシャーに、隣の私ですら身が竦みそうになります。それを真正面から受けている男性もやや押されているようで、不快感を表しながらも答え始めました。
「私はアーデルハイト。この魔導連合の総長を務める者だ」
『魔導連合の総長……。いや、アーデルハイトとな?』
「私の名前がおかしいか?」
『よもやとは思うが、貴様……。いや、間違いはないな。あの頃と随分と見た目こそ代わってはおるが、魔力の質は変わっておらん。そうかそうか、くっふふふふ!』
どこか納得して笑い始めてしまったシリア様に、私やアーデルハイトさんを始め全員が置いてかれてしまっています。そしてひとしきり笑った後、シリア様は愉快そうに顔を歪めながらアーデルハイトさんに迫っていきました。
『のぅ、アーデルハイトよ。こんな話を聞いたことは無いか?
その昔、魔女を志した一人の女がおった。じゃが、そやつは魔法の才に恵まれず、かと言って魔女を志していたが故に魔術への理解も浅い哀れな女じゃった。その女は友も持てず、男連中からもバカにされ、惨めな日々に嫌気がさし、己の命を絶とうとしたところをある魔女に救われた。
そしてその魔女から魔女の全てを教わり、血の滲む努力の末に魔女の高みへと至ることが出来た』
「お前、さっきから何の話を――」
『話は最後まで聞け、このたわけ。そしてその魔女は不死の術を使い、女の身を捨てて男となり、神の座に至った恩師の後を継ぐように連合を統べ……かれこれ二千年になるかのぅ? 世の移り変わりを人の立場で見守り続けた』
シリア様はそこで一度言葉を切り、アーデルハイトさんの反応を確かめるように見上げました。すると、何故かアーデルハイトさんの顔色がみるみる青ざめていき、にじり寄るシリア様に対し徐々に後ずさり始めました。
「ば、バカな……。なぜお前が、その話を――いや、まさか、そんな」
『のぅ、アーデルハイトよ。先ほどの言葉をもう一度聞かせてはくれまいか? 妾が何じゃったか? ただ無能な使い魔風情が何じゃ?』
「あ、あぁ……ああぁぁ……」
アーデルハイトさんは追い詰められ、壁を背に腰を抜かせてしまいました。
しかし、シリア様はそんなアーデルハイトさんのネクタイをぐいっと引き寄せ、彼の顔を至近距離で覗き込みました。アーデルハイトさんの表情から、シリア様の今の表情はとても悪い顔をされていると伺えます。
『久しい再会ともなるが、あまりにも酷い言われようで妾は悲しいぞ? のぅ、“トゥナ”よ。昔の可愛げのあったお主はどこへ行った? 女であることを捨てたと共に捨て去ってきたか? ん?』
アーデルハイトさんはあまりの恐怖からか泣き出してしまい、シリア様がネクタイを放すと同時に、床に頭をこすりつける勢いで謝り始めました。
「も、申し訳ありませんでした、シリア先生!! 先生だったとは露知らず、無礼な真似を!!」
「「せ、先生!?」」
レナさんと同時にアーデルハイトさんが口にした単語に驚くと、シリア様はネクタイを手放して突き放すように床に降り、つまらなさそうに鼻を鳴らしていました。
どうやら、アーデルハイトさんとシリア様は何か共通の過去をお持ちのようです。




