422話 異世界人は再会する
こってり怒られた二人を連れ帰って来たレナさんを見て、いつもは傍にいるはずのフローリア様の姿がないことに気が付きましたが。
「その件なんだけど、ちょっと場所変えて話しましょ。ここじゃ寒すぎるわ」
とのことで、まだ目を覚まさない皆さんも連れて私の別荘へと移動することになりました。
玄関を開けてすぐに、以前シリア様が召喚した猫の給仕係達が嬉しそうに出迎えてくれると、エミリ達がきゃあきゃあと黄色い歓声をあげていたのがとても印象的でした。
レオノーラを始めとした私を助けに来てくださった皆さんを、レナさんと共に個室のベッドで休ませ、他の皆さんの待っている食堂へと向かうと、何だか美味しそうな香りが漂ってきていました。
中へ足を踏み入れると、厨房の方から鍋を振るう音や何かを切る音が聞こえてきています。
「お姉ちゃん帰って来た!」
「お母様お母様! 猫様達がお夜食を作ってくださるそうです!」
「あの猫さん達もシルヴィ先生の創造物なのですね~。びっくりしてしまいました!」
「あれは私と言うよりはシリア様が召喚したもので……」
「そうなのですか? 流石は【魔の女神】様ですね~!」
「え、この人どこまで知ってるの?」
「ええと、ではイルザさんのことも含めて、順に説明していきましょうか」
席に着いた私は、イルザさんの能力やレナさん不在の間に起きたことを搔い摘みながら伝えることにしました。
お肉とキノコの炒め物と野菜のシチューをいただきながら、情報の共有を受けたレナさんが難しい表情を浮かべながら頬杖を突いています。
「シリアがいないのはそういう事だったのね……。で、シルヴィは体の方は大丈夫なの?」
「今のところは、と言いたいところですが」
私は自分の手の動きを確かめるように数回開閉し、今現在も感じている違和感について述べます。
「やはり、無理やりソラリア様の力を抜き取られたせいか、シリア様の“核”という物を壊されたせいかは分かりませんが、私自身にも少なくはない影響が出ているようです。言葉にするのが難しいのですが、体に十分な魔力が回っていないようで、少し重く感じます」
「よく分からないんだけど、その“核”って言うのが魔力の源だってソラリアは言ってたのよね? で、フェティルアの時でシルヴィのそれとソラリアのそれがほとんど同化してるって話だったみたいだし、それが二個とも壊れかけてるんだから無理も無いわよ」
「イルザさん、少し右手をお借りしてもいいでしょうか?」
「どうぞ?」
まだ治癒を掛けられていないイルザさんの右手を借りて、擦り傷になってしまっている右手の甲を対象として治癒魔法を行使してみます。しかし、やはり上手く発動ができないらしく、断絶的に魔法が途切れる感覚と、手先から腕に広がる痺れが私にフィードバックされてしまいました。
「……すみません、やはり魔法が使いづらい状態にあるみたいです」
「ふむふむ~。魔法が使えなくなること自体は珍しくは無いですが、シルヴィ先生のはイレギュラーが過ぎますからねぇ」
「魔法って、そんなに急に使えなくなったりするものなの?」
レナさんからの疑問に、イルザさんは少し嬉しそうな顔を向けながら答えます。
「はい! それじゃあ、新米魔女のレナちゃんにも特別に授業をしてあげましょう!」
「わ、わーい。でいいのかな」
困惑するレナさんを気にせず、イルザさんはマジックウィンドウを表示しながら続けます。
「魔法というものの定義は、“自分の描くイメージを実現させる力”とされています。平たく言えば、疲れたから椅子が欲しい。暑いから風を生みたい。と言うように、願望を叶える万能の力とも言えますね」
ちらりとエミリ達へ視線を向けると、彼女達は食べる手を止めて、真剣な表情で講義に耳を傾けていました。そんな様子から、普段のエミリ達の授業態度が垣間見えた気がして微笑ましくなってしまいます。
「そんな万能の力である魔法でも、いくつか欠点があります。一つは、実現したいイメージを補える魔力が足りないと発動しない事。これは簡単ですね。欲しい物があってもお金が無ければ買えないのと同じ理屈です。魔力を対価に魔法を使うのが大原則ですからね」
「他はどうなの?」
「ふふ。二つ目は、イメージ力が足りない事。魔法を使うにあたって、具体的なイメージが無い場合は発動することができません。例えば、物を燃やしたいという時に“どれくらいの火の大きさが必要か”と考える必要がありますよね。そのイメージが曖昧だと、必要な魔力量も算出できないため発動しなくなってしまいます」
そのため、とイルザさんは指をくるりと回し、マジックウィンドウの表示を書き換えながら続けます。
「大体はイメージ力の欠如ということで、思考力のトレーニングを行うことで改善が見込めるようになるのです。あとは、感情がマイナスに振れていることで、正しくイメージを行えないというケースもありますね。その時は、気分転換として出かけることが対処法としては一番です」
「へぇー、魔法ってその時のコンディションにかなり影響されるのね」
「良くも悪くも、その人の状態によって大きく左右されるのが魔法ですからね~」
「それを補うために、一定の効果を常に出せる魔術が生まれたって感じなのかな」
レナさんの言葉に私は頷きました。
魔女や魔法使いの中でも、個人の力量によってかなり差が出る魔法。
それに対し、理解度さえあれば誰が使っても安定して一定までの出力を可能とする魔術。
どちらも一長一短なので、好きな方を選択して生活に取り入れられればと思ってしまいます。
「魔術についてはよく分からないので説明ができませんが、魔法は概ね以上ですね。なので、シルヴィ先生の場合はそれに当てはまらないイレギュラーとなってしまうため、私からの提案はできないと言ったところですね」
「核、ねぇ。じゃあシリアとの繋がりも、今は感じられないってこと?」
「厳密に言えば、ほんの少しは感じられるのですが、私の呼びかけには応じていただけない状態です」
「ある意味、シリアの力の源でもあるそれを壊されてるんだから無理もないわよね。でもそれ、どうやって直すのかしら? 神力に詳しそうなフローリアも、今は天界で大神様から力を分けてもらってる最中だし」
「それについては、私から説明しましょう」
レナさんの疑問に答えるように、突如として男性の声が聞こえてきました!
それは私だけではなかったようで、全員が身構えながら私の右隣りに座っていた男性へ注目します。
そんな中、状況が読み込めずにきょとんとしていたエミリとティファニーが、私の隣を見つめながら首を傾げました。
「ど、どちら様でしょう? お母様のお知り合いの方ですか?」
そこにいたのは、艶やかな黒い長髪を持ち、神聖さを感じられるゆったりとした白い衣装に身を包んだ、これ以上ない端正な顔立ちの男性でした。
「久しぶりですね、レナ。元気にしていましたか?」
「お、大神様ぁ!?」
レナさんの驚愕の声を受けた男性――大神様は、そうですと言わんばかりに微笑みました。




