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418話 ご先祖様は応える

 激痛に苛まれ続けている中、交戦中の遠方から短い悲鳴が聞こえてきました。

 そちらに視線を向けると、エルフォニアさんが激しく壁に叩きつけられてしまったようで、そのままぐったりと脱力してしまっています。


「おいエルちゃん! クソッ……」


 それに続くように、魔力供給先がいなくなったアザゼルさんも歯噛みしながら姿を消していきました。

 あのエルフォニアさんが……と思った矢先。


「しまっ――ごっ!?」


 今度は焦りを感じさせるレオノーラの声が聞こえ、今まさにお腹に重い一撃を貰ってしまった彼女の体が天井へと突き上げられます。

 何とか空中で体勢を立て直そうと、お腹を押さえつつ受け身を取った彼女でしたが、即座に眼前に現れたプラーナさんから例の光線を顔面に受けてしまい、お城の壁を一部崩落させるほどの勢いで吹き飛ばされました。


 レオノーラも動かなくなってしまい、残されたラティスさんが警戒の色を強めながら剣を構えなおすと。


「なっ!?」


 プラーナさんの姿が十……いえ、もっとでしょうか。

 レナさんが使う幻影の分身体とは異なる質感を持った、彼女の複製体が大量に出現しました。

 それらは一斉にラティスさんへと魔法を放ち始め、四方八方から全く威力の衰えていない超火力の光線の雨が彼女へと降り注ぎます。


「私を、侮らないでください!!」


 じりじりと体勢を崩され始めていたラティスさんでしたが、小さく咆哮して剣を横薙ぎに振るうと、剣の軌跡を描くように氷の衝撃波が無数に飛んでいきました。

 いくつかは複製されたプラーナさんの体に当たったようでしたが、それでも全てを倒すには至られませんでした。

 お城の維持と、これまでの戦闘で大きく魔力を消耗してしまったらしい彼女が片膝を突き、荒い呼吸を繰り返しているところへ、プラーナさん達が一斉に手をかざします。


「【始原の魔女】と謳われた貴女も、オリジナルの魔術刻印の前では膝を突くしかないのですね」


「はぁ、はぁ……! まだ、終わりません……!!」


 ラティスさんはふらふらと立ち上がり、床に強く剣先を突きつけました。

 そして魔力を爆発させるかのように高め、詠唱を行います。


「我は【氷牢の魔女】ラティス=イレーニア! 我が魔力を喰らい、我に(あだ)なす怨敵を凍てつかせよ! 絶対零(グレイシア・)度の暴龍(ドラゴディウス)!!」


 彼女の詠唱が終わると、いつかフローリア様との鍛練で対峙した雷の龍に似たフォルムの、氷の龍が出現しました。それは荒々しい中にも見惚れてしまいそうな美しさを誇るもので、体の痛みさえも一瞬忘れてしまいそうになるほどです。


 その龍は大きく咆哮し、エメラルドの瞳を輝かせると大きく口を開きながらプラーナさんへと向かっていきます。

 しかし――。


「悪あがきもここまでくると、いっそ清々しさを感じますね」


 彼女を喰らう寸前で動きを止め、全身にヒビ割れが入っていったその龍は、氷の結晶となりながら霧散していってしまいました。

 ですが、それもラティスさんとしては予想通りであったようで、霧散していく奥では最大限に魔力を込めたラーグルフを大きく振りかざしています。


「はああああああああああっ!!」


 大地を割けるのではないかと思えるほどの質量を持ったそれを、プラーナさんは結界ひとつで防いでしまいます。ラティスさんは何とか力押しで割ろうと試みていますが、プラーナさんの結界にはヒビ割れすら入っていません。


 プラーナさんはすっと右手をラティスさんの方にかざし。


「これで終わりです。【氷牢の魔女】ラティス=イレーニア」


 シリア様を消したあの光線を放ちました。

 とても回避できないそれをラティスさんは全身で受けてしまい、お城の壁に大穴を開けながら吹き飛ばされてしまいました。


 彼女の手を離れたラーグルフが宙を回転しながら舞い、床に突き刺さるとサラサラと消えていきます。

 それを見ながら、私の絶望はさらに増していきました。


 私を助けに来てくださった、私が知る中でも最も強い皆さんでさえ、手も足も出ずに倒されてしまいました。

 どんな時でも、私の傍にいてくださったシリア様でさえ、プラーナさんによって消されてしまいました。

 かつてないほどの絶望的な状況に、私は涙ながらにソラリア様に懇願するしかできませんでした。


『お願いしますソラリア様! もうやめてください! お願いします!!』


「痛いのは分かるんだけど、やめたらあたしは力を取り戻せないからやめられないのよね」


『魔導連合にも相談します! 私にできることは何でもします! だからもうやめてください!!』


「何でもしてくれるの? 本当に?」


『はい! ですからもう』


 僅かな希望が見えたかもしれません。

 そう期待した私に、ソラリア様はにっこりと笑みを向け。


「それじゃ、ここであたしの力を全部ちょうだい?」


『それは――ああああああああっ!!!』


 水晶へソラリア様の力がさらに流し込まれ、私の体に走る激痛がぐんと増しました。


 もう嫌です。もう耐えられません。

 どうして私がこんな目に遭わなくてはならないのでしょうか。

 こんなに痛くて苦しい思いを続けなくてはいけないくらいなら、死んでしまった方が楽だとすら感じられます。


 私が、シリア様の先祖返りでさえなかったら。

 私が、グランディアの血を継いでいなければ。

 そんな考えが浮かんでしまい、即座にそれを消そうと必死に思考を切り替えようとしますが、激痛と絶望感がそれを拒みます。


 そもそも、何故魔女と魔術師の因縁に、私が巻き込まれなければいけなかったのでしょうか。

 私はただ、人並みの平和と幸せさえあれば十分だというのに。

 私には、人並みの幸せすらも許されないのでしょうか。


 水晶の色は徐々に怪しい光を携えた深紅色へと変わっていき、それに連れて私の意識も薄れていくように感じられます。

 先ほどソラリア様は、心臓と似た役割を持つ“核”と呼ばれるものを抜き出していると仰っていました。それが失われると言うことは、死と同義になるのではないのでしょうか。


 かつて、自分の運命に絶望して死を望んだ私ではありますが、今になって死にたくないと主張するのも都合のいい話かもしれません。

 ですが、私がそう考えを変えられるようになったのも、私に生きる喜びを教えてくださったシリア様のおかげなのです。


『……たく、ない……』


「んー?」


 私はまだ、あの賑やかで楽しい暮らしを手放したくありません。

 フローリア様がレナさんに怒られ、シリア様とメイナードが溜息を吐くのを私が苦笑し、エミリやティファニーがそれを笑っているあの日常を、この先もずっと味わっていきたいです。


『私は、まだ……』


 シリア様と出会う前の私であれば、こんな人生の終わり方であっても受け入れていたかもしれません。

 ですが、シリア様や皆さんと出会い、生きる喜びを知ってしまった私は、何かの駒として使い捨てられる命の散らせ方を受け入れることができなくなっていました。


『終わりたく、ない……!!』


 シリア様。もし聞こえていましたら、どうか私に力を貸してください。

 誰も傷つくことのない世界を創ると言いながら、そのために誰かを消すという彼女達のやり方に、反抗できる力をください。

 私は、こんな形で人生を終えたくありません!




『ならば、杖を取れ。運命に抗え。未来を勝ち取れるのは、常に意思の強き者のみじゃ』




 消えゆく意識の中でシリア様を強く想起していると、突然ガラスが激しく割れたかのような音が聞こえた気がしました。

 それに続くように、今の今まで私を苛んでいた痛みが嘘のように引いていき、私の半実体の体が温かな光に包まれ始めます。


「え、何? 何で急に」


 困惑の声を上げるソラリア様でしたが、直後に一瞬だけ苦しそうに胸を抑えたかと思うと、私の体から突き飛ばされるように勢いよく飛び出してきました。

 宿主を失い、玉座に倒れこむ私の体に引き寄せられるように私の意識は戻っていき、ゆっくりと瞳を開きながら立ち上がります。

 その様子を、信じられないとでも言いたげな表情でソラリア様が呟きました。


「嘘でしょ……。こんなタイミングでそんなのアリ……?」


 何の力が働いたのかは全く分かりません。

 ですが、今の私に一つだけ理解できるのは。


 私は――私達は、ここで終わるわけにはいかないと言う事です。


 極寒の環境下であるにもかかわらず、いつも以上に温かく感じられる体温に心地よさを覚えると同時に、私の体内に魔力がしっかりと循環しているのが分かります。

 きっと、シリア様が私に立ち上がるための力をくださったのでしょう。


 ありがとうございます、シリア様。


 胸の奥で熱く脈を打つ鼓動を感じながら、今も姿の見えないシリア様に心の底から深く感謝を述べます。

 私は杖を取り出し、呆然としているソラリア様と、興味深そうに私を見ているプラーナさんを見据えて、改めて宣言します。


「私達は、絶対にあなた達のやり方には賛成できません。手を取り合えずに殺しあうしか手段がないなら、私がそれを変えて見せます!」

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