411話 夢幻の女神は答える
『あたしの力が宿った理由ねぇ。良いわよ、答えてあげる』
ソラリア様は一旦言葉を切ると、深く溜息を吐いてから続けました。
『あんたも知ってるでしょ? あたしがグランディア王家を襲撃したこと』
『はい。ソラリア様のみで王城へ乗り込み、当時の王家――つまり、私の両親と敵対したと聞いています』
『それそれ。その時にどんな手段を使ってでもあんたを奪おうと思ってたんだけど、予想以上にあんたの両親が抵抗してくれちゃってねー。ま、最終的に殺せたからあたし的には結果オーライなんだけど』
司教さんから話を聞かせていただいた頃から薄々そうではないかと考えてはいましたが、改めて私の両親がソラリア様によって命を奪われ、この世を去っているという事実を認識させられてしまい、何とも言えない感情が私を襲います。
塔にいた頃は、私を忌み子として王家の歴史から消すために幽閉した張本人としか考えられませんでしたが、シリア様と各地へ赴いて情報を集める内に、私を守るためにそうせざるを得なかったと推測できるようになっていた私の両親……。
憎むべきか感謝するべきか。それすらも定まらないまま、さらに言えば顔すら分からないまま他界してしまっている存在に、せめてもの手向けとして瞳を閉じて黙祷していると、ソラリア様が言葉を続けました。
『で、その時にあたしが使った神力があんたに掠ったんだけど、どういう訳かそれに反応したシリアの力が一瞬だけ覚醒して、神力を放ったあたし本体に干渉してきたのよ』
『シリア様の力が?』
『そ。おかげで万全では無かったあたしの力は雁字搦めに封印されるわ、力の一部をあんたに取り込まれるわで散々だったってわけ』
良いわねー、ご先祖様が守ってくれるって。とボヤく声を聞きながら、プラーナさんをキツく睨み続けているシリア様へ視線を向けます。
恐らくは、この事はシリア様自身も直接は関与していないので分からないのだとは思いますが、それでも私を守ってくださっていたという事実に、私の心は感謝の気持ちでいっぱいになりました。
それと同時に、私に深層意識に掛けられていた”プラーナさんの指示に従うべき”という刻印がパキッとひび割れていく感覚がありました。
「私の刻印を、自力で割るとは……」
『……へぇ。プラーナの刻印さえ解除しちゃうなんて、あんた、思った以上にあたしの力を使いこなせてるのね』
プラーナさんが少し驚いたことで、私を縛っていた拘束がほんの少しだけ緩んだ気がしました。
私は大きく深呼吸をしつつ、決意を固め直した瞳でプラーナさんを――いえ、プラーナさんとソラリア様に向けて宣言します。
「やはり、私はシリア様と共に進みます。それがあなた達と敵対する事になるのだとしても、こんなやり方でどちらかを消すのではなく、共に歩む道を模索して行きたいです」
『シルヴィ……! うむ、うむ! 良かった、ほんに良かったぞ……!!』
「申し訳ありませんでしたシリア様。どうか、これからも私を導いてくださいませんでしょうか?」
刻印による洗脳を受けていたとはいえ、シリア様への無礼を働いてしまったことを謝罪すると、シリア様はうっすらと涙ぐんでしまった瞳を袖で拭い、くしゃりと歪んだ笑顔を浮かべながら言いました。
『当然じゃ! お主を魔女と認めたのは妾であり、お主の人生の案内役を買うと申し出たのも妾じゃからな! いくらでも頼るがよい!!』
若干声が震えてしまっていたのは聞かなかったことにして、シリア様に笑みを返していると、突如としてプラーナさんの魔力が大きく揺らぎました。
何かしてきます……。そうは分かっていても、まだ魔力を自由に操れない身としては気構えるしかできません。
しかし、それはプラーナさん自身も予想外だったようで、少し驚いた表情を見せた後に盛大に溜息を吐き始めました。
「道理で、刻印の再付与が上手くいかなかった訳ですね。“神の器”と何か話をされていらっしゃったのですか?」
「だいせいか~い。ちょーっと昔話なんかをね」
先ほどまでは私の脳内に聞こえていた声が、今度ははっきりと耳を通して聞こえるようになりました。
プラーナさんの隣で、陽炎が揺らぐように空間がぶれたかと思った直後、そこにはゴシック色の強い黒のワンピースを身に纏った少女が立ち並んでいました。
見方によっては、軽装の騎士にも見えなくはないその少女は、やや短めに切り揃えられた黒髪のインナーカラーが赤になっているのが特徴的に感じられます。
「ソラリア様……」
「はぁい、王女様。さっきぶり~」
ひらひらと手を振りながら人懐っこい笑顔を見せてくださるソラリア様に、シリア様が再び表情を険しくしながら問います。
『貴様がソラリアか。神の座を追放され、力をも奪われた貴様は、魔術師を扇動して何を望んでおる?』
「ん~? あぁ、あんたが【魔の女神】とか呼ばれてる人間出身の神様ね。いきなり人を貴様呼びとかご挨拶じゃない?」
『世の均衡を崩さんとしておる者に、礼儀なぞ不要じゃろう』
「それもそっか。で、何だっけ。あたしの望みが何かだっけ?」
ソラリア様は空中にふわりと浮かんで腰かけると膝を組み、シリア様を指で示しながら答えました。
「あたしの望みはただ一つ。あんたを始めとしたグランディアの血を根絶やしにすること」
『なっ……』
隣のプラーナさんが頷いていることから、どうやら彼女の目的に偽りはないのでしょう。
絶句するシリア様を小さく笑い、ソラリア様が続けます。
「魔術師に手を貸すことで、最終的には目的が果たされるから協力してるってわけ。と言っても、あとはシルヴィただ一人だからいつでも目的は果たせるんだけどね」
「ソラリア様。それは今ではありません」
「分かってるっての」
ちらりと視線を向け、怪しく微笑むソラリア様。
しかし、何故そこまでしてグランディアの血筋に固執していらっしゃるのでしょうか……。
「ですが、あまり情報を与えすぎても計画に支障が出る可能性もあります。彼女には何も知らないまま礎となっていただきましょう」
『待て貴様! 何をするつもりじゃ!?』
私の方へと歩み寄ってくるプラーナさんの前に、シリア様は何もできずとも身を挺して庇ってくださいました。
そんなシリア様を前にプラーナさんは一瞬足を止めましたが、すぅっと目を見開き。
「私のことを覚えていらっしゃるのならば、私への贖罪として彼女を差し出していただけませんか? 【偉才の魔女】シリア=グランディア様?」
『何故貴様が妾の二つ名を――』
シリア様が困惑した次の瞬間。
プラーナさんがシリア様の顔の位置へと向けた手のひらから、私達のいる屋上の半分を消し飛ばす威力の極大な光線が放たれました!
「シリア様!!」
半実体であるにも関わらず、轟音と共にこの屋上に張り巡らされていた結界に叩きつけられたシリア様は、私の声に応えることはなく、光の粒子となって消えて行ってしまいます。
それと同時に、私の体の奥底から鋭い痛みが襲い掛かってきました。それはまるで、神経が張り裂けてしまうかのようなものにも感じられ、今まで体感したことのない痛みの種類に全身が強張ります。
「うっわ、対神性魔法とかエグいの使うわねー。シリアの核、無事じゃすまされないんじゃない?」
「核諸共破壊するつもりで撃ちましたので」
核とは、一体何なのでしょうか。それに、魔術師であるはずの彼女が何故、魔法を……。
そう疑問を抱いた私に向き直ったプラーナさんは、同じように私に手をかざしてきました。
今あれを放たれたら命の危険があるのでしょう。しかし、対抗手段がない私は、襲い来るであろう衝撃に備えて顔を背け、必死に歯を食いしばるしかできませんでした。




