397話 ご先祖様は証明する
翌日。
昨日と同じように職員室での朝礼を経て、中等部二年一組へ向かった私達がドアを開けようとした時でした。
「本当よ! 本当に魔力が凄い量になってたの!!」
「たった一日で変わる訳ねーだろ! いい子ちゃんぶるのもいい加減にしろ!」
何やら、クラス内で喧嘩が起こっているように聞こえます。
シリア様と体を入れ替わり、中へ入っていくと。
「あっ、シルヴィ先生! ちょうどいいところに!」
「先生、こいつに何か言ったんでしょう!?」
「生徒を買収するなんて貴族らしくないですよ!」
「皆さんが何を言っているのかよく分かりませんが、授業を始めますので席に座っていただけますか?」
そう窘めながら席に着くよう促すシリア様でしたが、ご自身ではもう楽しくて仕方がない心境を隠せなかったらしく、私に念話をしてきました。
『くはは! 聞いたかシルヴィよ!? あ奴ら、妾が賭けに負けるのを恐れて買収したとか言い出したぞ!? 滑稽極まりないな!!』
『シリア様、ちょっとだけ顔に出かけていますので気を付けてください……』
『おっと、妾としたことがいかんいかん。これではお主のことを言えたものでは無くなってしまうな』
シリア様は小さく息を吐くと、改めてクラス全員を見ながら口を開きます。
「それでは、一時間目の授業を始めます。まずは皆さんも気になっていると思いますので、賭けの結果発表から入りましょうか」
昨日と同じように教壇を軽く叩き、全員の机の上に魔力測定器を出現させました。自分の手元にもひとつ用意したシリア様は、片手でそれを持ちながら説明を始めます。
「昨日の皆さんは全員青色でしたので、青色から他の色に変化していれば、魔力量は増えていることになります。私の推測では、初等部から一切変化がなかった皆さんなら、緑色に変わるはずだと考えています。では、早速魔力を流してみてくださいますか?」
生徒達は半信半疑と言うような表情を浮かべながらも、各々が魔力を流し込み始めました。すると、昨日までは全員深い青を浮かべていたはずでしたが、今日は青緑からやや深みのある緑色へと変わっているではありませんか!
「ほら! だから言ったじゃない! 本当に魔力量が凄く増えてるんだって!」
「う、嘘だろ……? あれだけでこんなに増えるのか?」
「あ、分かった! 昨日先生が魔力を込めるように言ってた石が関係してるんだ!」
未だに信じられずシリア様の不正を疑う声に、当の本人は小さく笑いながら答えます。
「いいえ、あれは使用済みの魔石を少し弄っただけです。空の魔石に魔力を注ぎなおせば、ある程度は再使用ができることは皆さんも知っていると思いますが、昨日お渡しした魔石はただ灯りを灯すだけの効果しかありません」
「じゃ、じゃあ何で……」
「昨日も説明した通り、筋肉を鍛えるために使用すれば、筋肉は成長してより高い効果を得られるのと同じで、魔力も使えば使うほど、使える量が増えていくのです」
「でも先生、私達は今まで“魔力の使い過ぎは生命に危険が及ぶから酷使してはいけない”と教わってきました」
「それはその通りです。ですが、そこまで使用するということは、本当に極限の状態に追い込まれている時でしょう。皆さんのように、日々学校へ来て魔法の扱いを学んで帰る、という日常を送っている人はその領域にすら触れることはありませんので、安心して使い切ってくれて構いません」
その回答に、そういうものかと納得する生徒もいれば、先生は何者なんだと小声で話し始める生徒もいました。日々、その極限に追い込まれていることの多い私としては、シリア様の仰っている意味をそのまま理解できるのですが、学校の方針で使い過ぎてはいけないと教わっていた彼らにとっては、私達の方が異端に見えてしまうのでしょう。
シリア様は続けて証明するように、昨日配った空の魔石を再び皆さんの机に出現させます。
「色が緑に近くなったと言うことは、皆さんの現在の魔力量はおおよそDからC相当になると思います。そのランクであれば、全ての魔力を流し込めば魔石に光を灯すことができるでしょう。やってみてください」
生徒達は一斉に、魔石に全魔力を流し込み始めました。それからしばらくすると、石がほんのりと淡い光を携え始めている生徒もちらほら出てきているようです。
「光った!」
「うわ、マジだ!」
「僕の光らないー!」
「今日光らなくても、昨日と同じように全力で魔力をそこへ注ぎ込み続ければ、明日か明後日には光るでしょう。これが基礎魔力量を増やすトレーニングであり、私が皆さんに賭けてもいいと言った理由です。理解していただけましたか?」
シリア様が問いかけると、その問いに反論したり異議を唱える生徒はもう誰もいませんでした。
生徒に自分の教え方が正しいと認めさせることのできたシリア様は、にっこりと満足そうに笑顔を浮かべながら続けます。
「では、賭けは私の勝ちということで、皆さんには私からひとつだけ言うことを聞いていただきましょうか」
その発言に、昨日シリア様を好きにできると息巻いていた生徒達がびくりと体を震わせました。
恐らくはシリア様が何か罰を与えてくると踏んでいるのだと思いますが、シリア様から日々鍛練を受けている私からしたら、罰などという軽いものではないと予測がついてしまいます。
それは見事に予想通りで、シリア様は人当たりのいい笑みを浮かべながら皆さんに言いました。
「これからの私の授業は、仮にも皆さんが魔法使いであると胸を張れるように厳しくいくつもりです。ですので、泣き言を言わずにしっかりとついてきてくださいね?」
生徒達が若干恐怖を感じて息を飲む声を聞きながら、私は彼らを同情せざるを得ませんでした。




