391話 魔女様は世間知らず
枕が変わると眠れない。という方の話は時々耳にしますが、自分もその類の人間であったことを失念していた私は、いつもより浅い眠りであったことから非常に眠たい朝を迎えることになっていました。
昨夜、エミリがいないことで眠れなかったため、ハロウィンの時に作り出した私の幼少期の体にシリア様に入っていただくことで、形だけは誤魔化して眠りに就こうと思ったのですが、ふさふさの柔らかな尻尾と癖っ毛混じりのもふもふとしたあの髪の代理になることはできず、抱き方を変えたり自分の寝相を変えたりとしている内に、私の動きでシリア様も何度も目を覚ましてしまうという事態になっていました。
『お主のその体質も、徐々に改善していかんとなぁ。ふあ……』
「すみませんシリア様……」
朝食を食べに行くがてら、朝の空気を肺に取り入れて眠気を覚まそうと街を歩いているのですが、シリア様の大きなあくびにつられて私もあくびが出てしまいます。
すると、そんな私達を見つけたらしいカフェの店員さんが笑いながら声を掛けてきました。
「おはようございます、先生。眠たそうですね。良かったら一杯、飲んでいきませんか?」
開店準備をしている彼の傍らには、朝限定のモーニングセットというメニューが書かれた看板が置いてあります。せっかくですし、コーヒーをいただきながら朝食も済ませてしまいましょう。
「おはようございます。ぜひ、いただければと」
「ありがとうございます。今、席をご用意しますので少しだけお待ちください」
それから間もなくして、うららかな朝日が照らす外の席に案内された私達は、モーニングセットを一人分と半人前でオーダーしました。案の定、猫も同じ食事でいいのかと尋ねられましたが、猫ではなく使い魔であることを伝えたらあっさりと受け入れてくださったあたり、ハールマナの方を相手にする機会が多いのでしょう。
もちもちとした触感のパン、目玉焼きと薄めのこんがりベーコン、そして優しい味付けのスープを食べ終えたシリア様は、私の親指サイズのマグカップに注がれた食後のコーヒーを器用に啜りながら、ホッとした表情を浮かべます。
『うむ、なかなか悪くない味じゃな』
「そうですね。これで大銅貨三枚というのは破格だと思います」
『なんでも、この街で働く者は国に仕えておると同義だからとか言っておったな。だからと言って身を切るような価格設定はあまり関心はせんが』
シリア様はそこで言葉を切ると、既に多くのお客さんで賑わい始めている店内を眺めながら続けました。
『低価格であるが故に、庶民の生活を守っているとも言えよう。立派な志じゃよ』
微笑ましく見守っているその後ろ姿を、私も穏やかな気持ちで眺めていると、食休みを終えたシリア様がテーブルからひょいと飛び降りて私に言いました。
『ほれ、ぼちぼちエミリらの道具の買い出しに行くぞ』
「ふふ。分かりました、ではお会計をしてきますね」
『何を笑っておる。変な娘じゃな』
お会計を済ませ、再び街を探索しながら歩くこと数分。
目的地となっていた大型の商業施設を前に、私は開いた口が塞がりませんでした。
「これは……もしかして、全てがお店なのでしょうか」
『妾の生きていた頃よりは大分……いや、かなり増築が進んでおるようじゃが、記憶通りであればそうじゃ。無数の店からなるひとつの商店街のようなものじゃよ。ほれ、入り口で突っ立っておるから邪魔になっておるぞ』
「あぁ、待ってくださいシリア様!」
先に進もうとするシリア様の後を追いかけて建物の中へ足を踏み入れると、天井は高く吹き抜けとなっていて、見渡す限り建物の壁に沿うようにお店が立ち並んでいました。
きょろきょろと忙しなく見渡す私を笑いながら、シリア様が建物の説明をしてくださいます。
『どうやら、一階部分は食料品を扱う店が多いようじゃな。二階は服飾雑貨、三階は書籍と言ったところか』
「では、二階と三階に向かえば良さそうですね」
『うむ。あぁ、階段で上がるにはちと面倒じゃ。それに乗っていくぞ』
シリア様の視線の先には、ペルラさん達が使いそうなちょっとしたステージがありました。しかし、そこは踊りに使う舞台などでは無さそうで、普通の服装の方々がぞろぞろとその上へと移動していっています。
私達もそこへ加わり、シリア様を抱き上げて待機していると。
「ゆ、床が!」
『これ! 一々驚くでないわ!』
急に周囲に手すりが現れたかと思うと、床がゆっくりと浮き上がり始めました!
驚きで声を上げてしまった私に、周囲の方々から温かい目で微笑まれてしまい、猛烈に恥ずかしくなってしまいます。
せめて視線だけでも合わせないようにと俯いていると、いつの間にか二階に到着していたようでした。逃げるように廊下部分となるフロアへ移動し、足早にその場から離れつつ目的の物を探します。
『やれやれ。お主は顔に出るわ声にも出るわで、ほんに感情を隠すのが下手じゃな』
「返す言葉もありません……」
『乗っていた連中が温厚な者で良かったのぅ。っと、行きすぎじゃ。今右手側にあった店じゃろう』
シリア様の声に振り返ると、確かに目的の制服が売っているという服飾店を通り過ぎてしまっていました。
失態に失態を重ねてしまった私に、シリア様は腕の中で意地悪く笑います。
『こんな様子で先生が務まるかのぅ。くふふ!』
それは私が一番聞きたいです……。
その後、シリア様と共に必要な教材などを取り扱っているお店をいくつか周り、買い物を終えた頃にはすっかりお昼を過ぎてしまっているのでした。




