382話 魔女様はラヴィリスへ向かう
「それでは、行ってきますね」
「行ってらっしゃいお姉ちゃん! シリアちゃん!」
「お母様ー! ティファニーはいい子でお待ちしております!」
「気を付けてねー!」
「可愛い子がいたら写真撮って送ってね~!」
最後の一言は聞かなかったことにしますが、皆さんからの見送りを受けながら私とシリア様は出発しました。
こういう時くらい、メイナードも一言くれたらとも思いましたが、何も言わないながらに見送ってくれるだけでも、彼なりの優しさを感じてしまいます。
心地のいい風を浴びながら森を少し歩き、今では森に遊びに来る人の玄関口となっている転移像広場へと到着すると、ちょうど誰かが転移してきたタイミングと重なったようでした。
輝く魔法陣の中で、徐々に鮮明になっていくその姿は――リンドにいた魔族の方々です。
「ふぃーっと……。お? おぉ魔女様! おはようございます、お出かけですか?」
「おはようございます。はい、これからラヴィリスへ向かうところでして」
「ラヴィリス? 確か、人間領の大都市でしたっけ? 何でまたそんなところに」
「その街に魔法学園があるのですが、そこで臨時の講師をすることになりまして」
「はー! 魔女様直々に魔法を教えてもらえるとか、人間の生徒は恵まれてんなぁ」
「俺も魔女様みたいな可愛い先生に教わりたかったぜ」
「分かるわー」
少し照れてしまいますが、可愛いと褒めていただけて悪い気はしません。
そんな彼らに微笑み返していると、再び魔法陣が輝き始めました。どうやら、今日もペルラさん達の酒場は大忙しになりそうです。
「おっと、邪魔になっちまうな。それじゃ魔女様、俺達はこれで!」
「はい、ペルラさん達によろしくお伝えください」
「今日も飲んで騒ぐぞー!」
彼らを見送り、続けて転移してきた姿を見ると、今度は人間領の冒険者のようでした。
「よっと……。あぁ、魔女様! お会いできて光栄です!」
「おはようございます魔女様! 魔女様が作ってくださったこれ、凄く精度のいい転移で助かってます!」
「おはようございます。それは良かったです。ところで、あなた達も酒場へ?」
「はい! 昨日のクエストがいい金額だったんで、今日はぱーっと遊ぼうかなと!」
「とか言って、無駄遣いしないでよ? また野宿暮らしとか嫌だからね?」
「分かってるって、だから財布はお前に預けてんだろ?」
どうやら、彼らはいわゆるカップルの冒険者のようです。
私を他所に仲睦まじい姿を見せてくださるお二人を微笑ましく見守っていると、いい加減しびれを切らしてしまったシリア様が私の足を尻尾で叩いて来ました。恐らく、早くどかせろと言うことでしょう。
「お話し中のところすみません。私達もこれから出かける予定でしたので、続きは酒場の方でしていただけると……」
「あぁ! すみません、お邪魔しました!」
「ごめんなさい魔女様! じゃ、私達はこれで! ……あーそうだ! いつもポーションを街に卸してくれてありがとうございます! 助かってます!」
「いえいえ、こちらこそ買ってくださってありがとうございます。今後ともよろしくお願いしますね」
「ぜひぜひ! それじゃ、失礼しまーす!」
楽しそうに手を振りながら去っていく彼らに小さく手を振り返していると、足元のシリア様が盛大に溜息を吐きました。
『やれやれ……。盛況なのはいいことじゃが、こうも出入りが激しいとおちおち転移もできん』
「それだけ、ペルラさん達の酒場を気に入ってくださっているのでしょう。私達は今後は自前の魔法を使えばいいだけですので、しばらく楽しませてあげてもいいのではないのでしょうか」
『別に悪いとは言っておらん。ほれ、次が来る前に行くぞ』
シリア様の先導で魔法陣の中へ足を踏み入れ、猫の転移像に触れながら行先を頭の中で強く思い描きます。すると、それに呼応するように足元の魔法陣が輝きだしました。
行先が定まったことを確認して魔力を流し込むと、輝きはさらに強くなり――。
あっという間に、見慣れない風景に切り替わりました。
整えられた庭に、門まで続く綺麗な石畳。そして背後には大きな家がそびえています。
無事に、国王陛下よりラヴィリスにいただいた新しい家へと転移ができたようです。
「……ミーシアさんの住んでいるネイヴァールのお屋敷も立派でしたが、これも負けず劣らずですね」
『じゃからこそ、ここを拠点とはしたくないのじゃよ。王家の目がある場所と言うこともあるが、単純に人間が贅沢に慣れると、それ以前の生活に戻れなくなるからの』
「そうですね。私も、森の家で十分すぎるくらいだと思います」
『くふふ! お主はもう少し、贅沢を望んでもいいとは思うがの。ほれ、早う着替えんか』
シリア様の言葉に頷き、フローリア様より教わった衣装変更の魔法を使って、先ほど新しくいただいた服へと着替えます。ややぴっちりとした衣装だとは思いますが、これはこれで身も心も引き締まるような気がするので、案外先生となる人向けの服装なのかもしれません。
上着を羽織りなおし、伊達メガネを付ける私にシリア様が言います。
『何じゃその服は。妾のものでは無いな』
「フローリア様があの服をダメにしてしまったので、レナさんの世界から持ち帰っていたというこちらをいただきました」
『あ奴はほんに余計なことしかせんな……。まぁよい、異世界の服ではあるが存外似合っておるではないか』
「はい。私も結構好きなデザインだと思っていました」
『うむ。しかし、お主ほどの凹凸となると、思春期のサル共にはちと苦しいものがあるやも知れんな! くふふ!』
「サル……?」
『よいよい、分からぬなら分からぬ方がお主のためでもあろうよ』
そんな冗談を交わしながら門を出て、人間領の中でも一位二位を争う人口の街、ラヴィリスを歩き始めます。
シリア様を肩に乗せて周囲の観察を続けていると、フェティルアに住んでいた方達とはまた異なる服装をしている人が多いことに気が付きました。
「やはり、冒険者を生業にしている方々とは違って、どこか格式のある服装の方が多いですね」
『ラヴィリスは机仕事が多い街じゃからな。それに、相手にするのも貴族や他国の上客がほとんどじゃ。それ故に、見た目から舐められぬようにとああいう恰好をしておるのじゃよ』
「なるほど。ですが、服装の自由がないと言うのは少し息苦しそうではありますね」
『それがこ奴らの生きる世界じゃ。粗暴者の集う冒険者を相手にするか、体裁を気にする貴族を相手にするかの差じゃよ。どちらも良し悪しがあるが故に、人も職を選んでおると言う事じゃ』
シリア様の説明を受けながら道を進んでいくと、少し離れたところにひと際大きな建物が構えられているのを見つけました。その建物の壁には、先日ティファニーが見せてくれた校章と同じ絵が描かれていることから、恐らくは目的地であるハールマナ魔法学園でしょう。
エルフォニアさんに用意していただいた教職員免許証を取り出しながら、門兵さんの下へと向かいます。
「おはようございます。来月より、こちらで非常勤の教師となる予定の者です」
「おはようございます、お話は伺っております。失礼ながら、免許証を拝見させていただいても?」
「はい。こちらになります」
「ふむ……。はい、問題ありません。こちらへどうぞ、ご案内いたします」
「ありがとうございます」
門兵さんの後に続いて、学園内へと足を踏み入れます。
この広く立派な校舎で、エミリ達が同い年のお友達と駆け回っている姿を想像すると、少し微笑ましく感じられました。




