378話 義妹達は合格する 【エミリ視点】
わたしが壊した熊の模型はすぐに新しいものを用意されて、続けてティファニーの番号が呼ばれた。
お姉ちゃんの魔力から生まれたティファニーだから、お姉ちゃんみたいに攻撃ができないのかなって思ってたんだけど……。
「花よ謳え、我が身に生命の祝福を。光よ舞え、我が身に希望の輝きを――」
ティファニーの詠唱が始まると同時に、足元に沢山の花が咲き誇り、レナちゃんみたいに花びらを舞い上げ始めた。
それは少しずつキラキラとした光の粒になって、ぼんやりと棒みたいな形になっていき。
「我が魔力よ、槍となりて貫きなさい! シャイニング・スピアーッ!!」
詠唱を終えたティファニーが熊の模型に向けて手を振るうと、光の槍が勢いよく飛んで行った。
槍が突き刺さった熊の模型はその威力に耐えられなかったみたいで、両手で耳を塞ぎたくなるような爆発の音と同時に粉々になってしまった。
お兄さんの眼鏡がずり落ちていく視線の先には、台座すら残っていない粉々になった熊の模型と、爆発の後の煙の代わりにキラキラと輝いている光の粒だけが残っている。
「いかがでしょうか、ティファニーの魔法は!?」
自分も褒めてもらいたくてそう尋ねるティファニーだったけど、眼鏡のお兄さんはまだ現実を受け入れられていないみたいで、ティファニーに手を握られて揺さぶられても全然反応が無かった。
「ティファニーって凄いんだ……」
「あれでシルヴィの五分の一も無いはずよ。それだけシルヴィの魔力が桁違いだってことが分かったんじゃないかしら」
「うん。お姉ちゃんは優しくて凄い魔女だけど、お姉ちゃんが攻撃できるようになったらもっと凄いってことだよね」
「ふふ、そうね」
この学園でいっぱい勉強すれば、いつかはお姉ちゃんみたいな凄い魔女になれるかな!
そんな期待を胸にしたわたしの耳には、採点してもらえなくてだんだん泣きそうな声になりながらも呼びかけ続けているティファニーの声がいつまでも聞こえていた。
☆★☆★☆★☆★☆
あれからわたしとティファニーは、みんなが進んでいた方向じゃなくて別の場所に呼び出されていた。
何でも、あの熊を壊せた人はほとんどいなかったことから、壊せた人はこの学園の先生との面談があるみたい。
「お二人の魔法を見ていましたが、とても素晴らしいものでした! 間違いなく、今回の受験者の中でトップの成績となるでしょう!」
ニコニコと優しい顔つきでそう褒めてくれるのは、この学園の教頭先生。
教頭先生はスピカさん達とは違う種族のエルフみたいで、出してくれたお菓子をわたし達が食べると、ふわふわの茶色い髪の横に伸びている耳がぴょこぴょこしていて、ちょっと可愛いなって思っちゃった。
でも、そう言いながら手を合わせる教頭先生の腕の間から見えるフローリアさんくらいの大きなおっぱいは、教頭先生が動くたびにゆさゆさと揺れていて、わたしの心がちょっとざわざわしちゃう。
わたしも大人になれば大きくなるのかな……と考えていると、教頭先生が言葉を続けてきた。
「特にエミリさんは、獣人族なのに魔法が使えて大変良いですね! エミリさんの先生となっていた人の教え方が上手なのでしょう!」
「えへへ……」
わたしが褒められたのもそうだけど、お姉ちゃんやシリアちゃんが褒めてもらえたのも嬉しくて、ソファの上で尻尾をパタパタさせていると、それを見た教頭先生が笑った。
「うふふ! あぁ、もしよければ、教えてくれた人のことを教えてくれませんか?」
「はい! ……あ」
「どうしましたか?」
お姉ちゃんは凄い魔女って教えようとして、エルフォニアさんと別れる前に言われたことを思い出した。
お姉ちゃんは今の王様達の家族じゃないけど、それでも元お姫様だからあんまり色んな人にお姉ちゃんのことを教えちゃダメだって言われてた。それに、お姉ちゃんは人間の街では“フェティルアを救った大魔女”って言われてるみたいで、そんな人がお姉ちゃんってバレたら大変なことになるとも言われてたっけ。
わたしは、エルフォニアさんからこう答えるようにって言われてた言葉をそのまま答えることにした。
「ええと、ネイヴァールの魔女さんから教わりました」
「ネイヴァール?」
教頭先生は聞いたことが無かったみたいで、そう言いながら首をちょっと傾げる。
でも、隣に座っていたおじさん――学園長先生は知ってるみたいで、小さく「ほぅ」と零した。
「あのネイヴァールの悪魔が誰かに物を教えていたとは……少し驚いた」
「学園長、ネイヴァールの魔女では無いのですか?」
「ん?」
教頭先生に間違いを指摘された学園長先生は、一瞬何を言っているか分からないって言うような顔をしていたけど、すぐに困ったような顔をしながら笑ってみせた。
「あぁ、失礼。そうだね、私は何と聞き間違えたんだろう」
「もう、悪魔と魔女を聞き間違えるなんて失礼ですよ?」
「そうだね。ごめんねエミリくん、少しぼーっとしていたみたいだ」
「大丈夫です」
学園長先生に首を振ると、「お詫びと言っては何だが」と言いながら新しいお菓子を出してくれた。
「学園長。そろそろお昼時なんですから、そんなにお菓子を出しては」
「まぁまぁ。子どもはたくさん食べて大きくなると言うじゃないか」
「それはそうですけど……」
「えっと、ありがとうございます。良かったら、持って帰っても大丈夫ですか?」
「あぁ、もちろんだよ。ティファニーくんも、食べきれなかったら持ち帰るといいよ」
「ありがとうございます、学園長様!」
ティファニーは植妖族と言うこともあって、出されたお菓子もほんの少ししか食べてない。それでも、学園長先生は優しく頷いてくれて、優しい大人の人だなぁってほっこりとした気持ちになる。
そんなティファニーに微笑んでいた教頭先生が、「いけないいけない」と手を打ちながら口を開いた。
「危うく話を脱線させてしまうところでした! 学園長、私からお二人に教えても大丈夫ですか?」
「あぁ、任せるよ」
学園長先生に許可をもらった教頭先生はわたし達に向き直ると、指をぱちんと鳴らした。
すると、わたし達の前にあったお菓子が一瞬で消えたかと思った直後、薄い本と小さな箱がテーブルの上に現れた!
「お、お菓子が本になりました!」
「あらぁ! 素敵な反応をありがとうティファニーさん! じゃあ、まずはその箱から開けてもらえますか?」
ティファニーは小さく頷いて、黒い箱を手に取ってリボンを解いていく。
シュルシュルとリボンを解き終えて箱を開けると、そこには親指の先っぽくらいの大きさのバッヂが入っていた。
「これは何でしょうか?」
ティファニーがつまみ上げたそれは、お姉ちゃんやシリアちゃんが使うような魔法陣に似ている模様が描いてあって、部屋の明かりに照らされてきらりと赤く輝いている。
「それは、ハールマナ魔法学園の生徒が身に着けるバッヂです。いわゆる校章という物ですよ」
「それを付けていない者は、うちの校門をくぐることはできない。そういう魔法を掛けているからね」
「なるほど……。え、待ってください! エミリもそれを開けてくれませんか!?」
「う、うん!」
わたしの前にもあった同じ箱を開けると、エミリが持っているものと全く同じものが出てきた。
ということは、これって……!?
「うふふ! はい! 二人とも、来月からうちの生徒さんになりました! これからよろしくお願いしますね?」
教頭先生の言葉にわたし達は顔を見合わせて、一緒に抱き着いた。
「やったー!! わたし達頑張ったよねティファニー!?」
「はい! これでお母様にも褒めていただけます!」
そのまま二人で喜び続けていたら学園長先生に怒られちゃったけど、今はちょっとでも早く帰りたい気持ちでいっぱいだったから、怒られた内容をあんまり覚えてなかったのは学園長先生に内緒にしておこう。




