374.5話 幸せな王女は夢を見る・10
今日は新章開幕ということで2話投稿します!
本編は1時間後です!
給仕の方に髪を梳かしていただきながら、明日の予定を確認します。
「明日の戴冠式の後は、確か主要地域の皆様と会談でしたよね」
「その通りでございます。ですが、明日の戦況次第では戴冠式の延期も止む無しと陛下は仰っておられました」
「そうですか……」
別に私は、女王となることを待ち望んでいた訳ではありません。
私が女王となることで、大好きなお父様やお母様の負担を減らせられればと思っていました。
しかし、明日のためにいろいろと準備を整えてきていたこともあるせいか、どうしても気落ちしてしまうのはどうしようもありません。
「女王となるべく培ってきた成果をお披露目できるのは、いつになるのでしょう」
「私共は、常日頃から姫様が尽力なさっていたのを見守っておりました。その日が遠のいてしまわれても、これまでの姫様の努力が無駄になるという訳ではございませんよ」
「そうですね。今の私にできることを、毎日こなしていくことには変わりありません」
そう自分に言い聞かせながら、戴冠式が明日以降に延期となったことを想定します。
恐らく、延期となってしまった以上は年内での再開は難しいでしょう。そうなったら、またいつかの日のように魔法学園に顔を出して、教鞭を振るわせていただいてもいいかもしれません。
人に何かを教えるという行為は、自分の理解をより良く深めることに――。
「姫様? どうかなさいましたか?」
給仕の方からの問いかけが遠く聞こえるように感じながらも、今私自身が考えていたことを再考します。
私は何故、あたかも自分が誰かに対して物を教えたことがあるかのような思考をしていたのでしょうか。
少なくとも、私はこの王城からどこかへ出かけたことはほとんどありません。
ましてや、魔法を扱うことができない私とは無縁の地である魔法学園には、一度たりとも行ったことが無いはずです。
何でしょうか、この奇妙な感覚は。
先ほど、湯船でぼんやりと考えていた時にも感じた違和感に眉をひそめていると、顔の近くで給仕の方の声が聞こえ、我に返りました。
「……様、姫様。どこか、お体が優れないのですか? 医者を呼びましょうか?」
「あっ。い、いえ、大丈夫です。少し考え事をしていまして」
「さようでございますか。恐らく、明日の戴冠式に向けて緊張されておられるのでしょう。今夜は早めにご就寝なさってくださいませ」
髪を梳かし終えたと私の両肩を優しく叩いて教えてくれる給仕の方に、微笑みかけながらお礼を言います。
毎日毎日、私の他愛もない話に嫌な顔ひとつせずに付き合ってくださる彼女は、私の大切な人の一人です。昨夜も彼女と街で流行っているという噂話に花を咲かせて――。
花を、咲かせて?
私は昨夜、彼女と何の話をしていたのでしたか。
街の噂話をして笑いあっていたという記憶はあるのですが、その話の内容が全く思い出せません。
「あの、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい、何なりと」
「昨夜、私達は何の話をしていたか覚えていますか?」
私の問いかけに、彼女は小首を傾げました。
やがて、私が言っている意味が分からないとでもいいたげな表情を浮かべると。
「姫様、もしやお疲れなのではないのでしょうか。昨夜は、街の庶民の間で流行っていると言う噂話についてお話していたではございませんか」
と、私が覚えている内容をそのまま復唱しました。
「それはそうなのですが、その会話の内容をよく覚えていなくて」
「……おかしなことを仰るのはおやめください。ただいま、精神を落ち着かせられるようにホットミルクをご用意いたしますので、少しお待ちくださいませ」
「あっ、待ってくだ」
彼女はそのまま部屋を出て行ってしまい、広く静まり返った部屋には私だけが取り残されました。




