373話 魔女様は容赦しない 【レナ視点】
前略。
「大体れすねぇ! フローリア様はいつもいつも、だらしが無さすぎるんれす! 聞いてますか!?」
「き、聞いてる聞いてる……。別の意味でも効いてるわ……」
「脱いだら脱ぎっぱなしれすし! 朝も起きてくれませんし! たまにベッドのシーツは濡れてますし! 私だって、やらなきゃいけないことが多いのに時間を縫って頑張ってるんですよぉ~!!」
お酒に酔ったシルヴィがやばい。
「シリア様もシリア様れす! こんなに美味しい飲み物を作っていたなら、わらしにも飲ませてくれてもよかったやないれすか!」
『いや、妾は別に構わぬのじゃが、レナが』
「今はわらしが話してるんえす!」
『すまぬ……』
「わら……っく。わらしだって、もう成人なんれすから、お酒くらい飲んでも……ぶつぶつ……」
顔を赤らめたシルヴィの前には、フローリアは正座、シリアは香箱座りをさせられていて、その上で逃がさないようにと拘束までされている。その隣ではくすくすと笑っているエルフォニアがいるけど、アイツが飲ませたのかしら――あ、矛先がエルフォニアに向いた。
エルフォニアは即座に影に逃げようとしたけど、逃げようとした影に光の槍みたいなのが刺さってて逃げられなかったらしい。あれもシルヴィの魔法なのかな?
「どこに行こうとしたんれすかエルフォニアしゃん!」
「くっ……。私はそろそろ帰ろうかと思ってたところよ」
「まだ夕方ですよ! 今日は夜まで時間があるって言ってたじゃらいですか!」
シルヴィに腕を掴まれたエルフォニアは抵抗しようとしているけど、あの槍のせいでその場から動けなくなっているっぽい。何か、去年の技練祭で見たエルフォニアの影の剣に似てるけど、完全に身動きが取れなくなるエルフォニアのとは違って、その場から移動できなくするって辺りがシルヴィらしいわ。
結局、あっさり捕まったエルフォニアも正座させられて、シルヴィから難癖に近いお説教を受け始めた。
なんとなく嫌な予感がして、そろりそろりとその場から離れようとしたあたしに、シルヴィの優しい声が掛けられる。
「レナしゃん? どこへ行くのですか?」
「え!? あ、えーっと、そう! お水を貰いに行こうかなーって」
「お水ならここにありますよ~、ほら」
「それ水じゃなくてお酒だから」
「そんなことありません~。……っぷは! ほら、ちょっと甘いお水れす!」
「水は甘くないのよ!」
「もう、レナしゃんはいつもそうやってツンツンして! そんなレナさんはこうです!」
やばっ、あたしにまで拘束魔法飛ばそうとしてんじゃん!!
あたしの体を捕えようと魔法陣が展開されるよりも早く、脱兎のごとくその場から逃げ出す。でも、それすらシルヴィの想定内だったらしく、あたしが逃げる先に障壁として展開されていた結界が待ち構えていた。
でも悪いわねシルヴィ。今のあたしは、神力を使った結界程度じゃ阻めないのよ!
せっかくだから練習台にさせてもらうわ!
「魔力反転――憎悪に舞え、墨染ノ桜!」
全力を引き出すと流石に危険だから、数秒だけの維持を意識しつつ、右手にそれを集中させる。
それに応じるように、大きく振りかぶったあたしの右手を、黒く染まった桜の渦が覆う。
「せぇい!!」
たぶんフローリアとのトレーニング通りに行けるはず……という読みはしっかり当たり、シルヴィの結界を力いっぱい殴りつけた場所からじわじわと浸食が広がっていく。
たぶんこのペースなら、あと三秒で体を通す穴はできそう。そう思っていたあたしは、普段のあの子が理性や良心でどれだけ自分を抑えていたか思い知らされることになった。
「レナしゃん、その魔法は何れすか? 私、初めて見ました!」
「ちょ、うっそでしょ!?」
あろうことかシルヴィは、あたしを囲うように同じ結界を展開し、それらを束ね始めていく。
これってまさか、防護陣の応用であたしを閉じ込めようとしてるの!?
結界破りを諦めて上空へと逃げ出そうとするも、あたしが飛び上がったとほぼ同時に真上にも結界が展開され、壁に顔をぶつけた時のような衝撃に襲われたあたしの体は、そのまま元の位置へと落下していく。
「いったぁ~……って、うわ……」
若干涙に歪む視界で鼻を押さえながら体を起こすと、既に防護陣を応用した封印結界みたいなものは完成してしまっていて、あたしはこじんまりとした薄紫色のドームの中に囚われてしまっていた。
軽くドームに触れると、本気であたしを逃がすつもりがないという決意の表れのようにビリリと刺激が走り、長時間触れちゃいけないと本能的に察してしまう。
「これでもう逃げられませんよね。レナしゃん?」
そんなあたしを、どこか楽しそうなシルヴィはさらに追い詰めてくる。
そう、身動きの取れなくなったあたしに対して拘束魔法を放ってきたのだ!
「こんなの、どう対処しろってのよフローリアぁ!!」
「さぁ、向こうでお話しましょうか。レナしゃんにも聞いていただきたいお話が、沢山あるのれす」
「エルフォニア! あんたが飲ませたんでしょ!? 責任取りなさいよ!!」
「エルフォニアしゃんも向こうれ待ってますよ。皆さん、レナさんのことを待ってますからね」
シルヴィ越しにシリア達の様子を見ると、全員こちらを見ながら同じ表情を浮かべていた。
『諦めろ。今のシルヴィは手が付けられない』と。
「ちょ、ちょっとエミリ! ティファニー! 助けて!!」
我ながら情けないとは思うけど、捕まってないはずのちびっこ組に助けを求めるも。
「エミリエミリ。ティファニー達はペルラ様のところで遊んでいましょう?」
「う、うん。わたしもそんな気分だった!」
「ちょっとおおおおおお!?」
二人は今のシルヴィには近寄ろうとはせず、あたしの声を無視してペルラ達の方へと行ってしまった。
「あとで覚えておきなさいよあんた達!」
「さぁ、拘束が終わりましたよレナしゃん。向こうれお話しましょうね?」
「わわっ!? 嘘でしょシルヴィ、なんであたしをそんな軽々持ち上げられんの!? あ、自分に強化魔法使ってるのこれ!? そこまでしてあたしを逃がしたくないってこと!?」
「もう、あんまり近くで大きな声を出さないれくらさい。そんなお口は、こうです!」
「わむっ!?」
シルヴィは器用にリンゴを一切れ手に取ると、それを容赦なくあたしの口に入れてきた!
もごもごと咀嚼しながらなんとか飲み込む頃には、既にあたしもフローリアの隣に正座させられてしまっていた。
「ふふ! レナしゃんにもいろいろと言いたいことがあったのれす! まずはですね~……」
楽しそうに笑顔を咲かせるシルヴィからの苦情を聞きながら、あたしはこの子にお酒だけは絶対飲ませないようにしようと固く決意するしかなかった。




