363話 魔女様は間接キスをする
「いらっしゃい! おっ、これは妬けるねぇ兄ちゃん! どっちが本命だい?」
「両方だ」
店員さんのヤジに対して平然と言い放った彼の言葉に、私の心臓がさらに大きく脈を打ち、顔の火照りが増してしまいました。
わ、私、この街で恥ずかしさのあまり、死んでしまうのではないのでしょうか!?
頭から湯気が出てしまいそうな私を店員さんは豪快に笑い、奥の席へと案内してくださいます。
通された席の右奥にメイナードが腰を掛けると、当然のようにエルマさんがその隣に陣取りました。
ふふんと声が聞こえてきそうなほど、得意げな表情を浮かべるエルマさんに魔道具からさらに加点が入り、またしても差が開いてしまいます。
私もどうにかして点数を稼がなくては……と思っていると、先ほどの店員さんがお水の入ったグラスを運んできてくださいました。
「注文はお決まりで? って、聞くまでも無いかもしれないけど」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる店員さん。彼もまた、私達のようなお客さんの相手を楽しんでいるのでしょう。
エルマさんが口を開こうとしたのを見て、私が先に挙手して牽制します。
「この、か、カップル限定の、デラックスラブサンデーをください」
「あいよ! 雑貨屋の嬢ちゃんはどうする?」
「あ、ボクも同じので!」
「わはは! 兄ちゃんモテモテだねぇ! 兄ちゃんはどうする? なんか口直し用のメニューでも頼むかい?」
「そうだな……」
おもむろにメニューを眺め始めたメイナードを見て、日頃から彼の食事の好みを把握している私が口添えします。
「メイナードは、この厚切りベーコンカツがいいかもしれません」
「む? ……あぁ、美味そうだな。ならそれを頼む」
「おっ、プリーストの嬢ちゃんは彼の好みを分かってんのか! こりゃ雑貨屋の嬢ちゃんも負けてられねぇな! わははは!」
「ボクだって分かってるよ~だ」
私に先を越されたことで、少し不満そうに口を尖らせるエルマさん。
注文を取り終えた店員さんが去ってから、これまでのやり取りを計算していたらしい魔道具が採点を開始しました。
『シルヴィ! カテン! プラス六!』
「へぇ~、食事のアドバイスとかはポイント高いんだ。これでボクとの差は四点ってところかな? シルヴィはそんなにメイナードを取られたくないんだねぇ」
「そんなことは……あるかも、しれません……」
「あはは! メイナードも愛されてるね~! でも、ボクだってメイナードが帰ってきてくれるかもしれないんだし、負けるつもりは無いからね!」
「ふん……」
対抗意識を燃やされ、そのままメイナードにべったりとくっつきながら会話を始めるエルマさんを横目に、店内の雰囲気を見渡してみます。
「はい、あ~ん」
「あ~ん……うん、美味いね!」
「ホント~? じゃあお返し頂戴?」
「しょうがないなぁ。ほら、あ~ん」
私達の席の少し後方で、そんなやり取りをしているカップルが見つけました。
彼らの行為は、見ている側の私としてはやや恥ずかしい物を感じてしまいましたが、当の本人達は幸福感に満ちているように見えます。これが恋愛を楽しむ男女の姿なのでしょうか。
他にも、似たような行為をしている方々もいれば、ひとつのグラスに注がれた飲み物を二人で一緒にストローで飲んでいる姿などもあり、エルマさんの言う通り、このお店がカップルに特化しているものなのだと察することができました。
未体験の領域である恋愛について観察を続けている内に、注文していた料理が出来上がったらしく、先ほどの店員さんが私達の前に料理を提供してくださいました。
「お待ちどうさま! デラックスラブサンデー二つと、厚切りベーコンカツだ! ゆっくり食べてくれよ~」
「わぁ、美味しそう~!」
「見た目は悪くないな」
私の前に差し出されたものは、正しくデラックスの名に恥じない大きさを誇るサンデーでした。
様々な層のアイスから形成されているサンデーは、とても一人では食べきれないほどのサイズとなっていることから、お店側としても元々カップルで食べきることを想定しているのでしょう。
厚切りベーコンカツも中々のボリュームを見せつけていて、私だけであればあのカツ単品でもお腹いっぱいになってしまいそうな気がします。
そんな料理を見て可愛らしく歓喜の声を上げるエルマさんの隣で、冷静に料理の質を見極めようとするメイナードに小さく笑い、早速サンデーに手を付けます。
口に含むと、ストロベリーソースの甘酸っぱさと濃厚なバニラの甘さが舌の上で広がり、非常に幸福感に満ちたフレーバーが楽しめました。
もしかしたらこの量でも一人で食べきれるかもしれません、と続けてアイスを口に運ぶ私に、店員さんが小さく耳打ちしてきました。
「いいかい嬢ちゃん? こういう物は先手必勝だ、出遅れるとその分リードを許しちまうから気を付けな」
「え、え?」
困惑する私に、店員さんは顎の先で他所の卓で行われている食べさせあいを示してきました。
まさか、私にあれをやれと言う事ですか!?
なんとなく理解してしまった私に、親指をグッと立てながらウィンクをした店員さんはその場を離れていきます。
その後ろ姿を見送っていると、エルマさんの甘えた声が聞こえてきました。
「ねぇメイナード~。ボクだけじゃ食べきれないから、一緒に食べて欲しいなぁ~」
「なら頼むな」
「うわ、そういうこと言うの? 雰囲気ってものを考えてよね全く!」
……店員さんの仰る通り、出遅れてしまってはメイナードが私の分を食べてくれない可能性があります。
羞恥と緊張で激しく脈を打ち続ける鼓動が息苦しさを感じさせますが、この勝負に勝つためにもやるしかありません。
震える手先でスプーンを操り、少し多めに掬ってメイナードに差し出します。
「あの、メイナード」
「なんだ」
恥ずかしさのあまり、彼の顔を直視できないままお願いします。
「よ、良ければその……少し、味見をしませんか? た、たべ……食べさせて、あげますので」
私の発言に、メイナードは何も答えません。
それどころか、エルマさんでさえも沈黙してしまっているようです。
うぅ、やっぱり無理です!
私にはこういった行為は向いていないと思います!
気まずい沈黙に耐え兼ね、そっと手を引きながら謝ります。
「すみません、何でもないで――」
「引くな。そのまま突き出せ」
「え?」
直後、メイナードに差し出していた手をぐいっと引かれ。
彼はそのまま、掬い取っていたアイスを口の中に頬張りました!
「え、えぇ~!?」
「……味は悪くない。だが、やや甘さがくどいな」
「め、メイナード、あの、ええと、えっと」
自分から仕掛けたとはいえ、こんな強引な形になると思っていなかった私は、頭の中で言葉が上手く纏められなくなってしまいました。
『シルヴィ! カテン! 四点!』
「ちょっとメイナード! なんでボクのは食べないくせにシルヴィのは食べるの~!? 贔屓だよぉ!」
「我は味見をしただけだ」
「ならボクのも味見してよ!」
「同じものをなぜ味見せねばならん」
「いいから食べてよ! ほらぁ!」
エルマさんが自分のサンデーを大きく掬い取り、メイナードに押し付けようとするも、メイナードはそれを難なく捌き、逆に彼女の口の中に押し込みました。
モガモガと少し苦しそうな声を聴きながら、自分がしてしまった行為に火照っている体を冷ますべく、サンデーを頬張ると。
「おぉ!! 彼氏が口を付けたスプーンでそのままいっちゃうとは、やるなぁプリーストの嬢ちゃん!」
「んっ!?」
その言葉を受けた私は、スプーンを咥えた状態で石化の魔法をかけられたかのようにビシリと固まりました。
そ、そうでした。このスプーンはつい数秒前にメイナードの口に入っていたものです。
ということは、つまり――。
私は、メイナードと間接キスをしてしまったという訳で!?
口に入れてしまったスプーンを取り出しても既に遅い事態に、私の思考は遂にパンクしてしまいました。
そこから先は、私がどうやってあのサンデーを食べきったかもよく覚えていません……。




