362話 魔女様は恥ずかしい
時刻は間もなく十時頃を迎えようとしていたフェティルアの街を歩く私に、もう今すぐにでもこの場から逃げ出したくなるほどの視線とひそひそ話が浴びせられています。
沸騰してしまいそうなほど熱を帯びる顔を少し俯かせ、瞳に涙を浮かべつつ耐えていると、メイナードを挟んで反対側を歩くエルマさんが挑発してきました。
「ほらほら、そんな様子じゃ全然メイナードの女には相応しくないよ~?」
『シルヴィ、ゲンテン! マイナス二!』
「うぅ、うぅ~~~!!」
自立型の採点魔道具によって私の持ち点が減点され、私の頭上に青文字でマイナス二と表記されてしまいました。
これ以上減点されてしまってはいけないと分かってはいるのですが、もう恥ずかしさでどうにかなってしまいそうです!
「……無理をするくらいなら、負けを認めて止めればいい」
「無理、してません!」
その証拠にと、メイナードの長い腕をきゅっと抱き直し、彼の歩幅に合わせて歩きます。
すると、先ほどの魔道具が再び採点を行いました。
『シルヴィ、カテン! プラス二!』
「ふふん♪ プラマイゼロにしたところで、ボクとの差はまだまだあるんだからね」
「もう帰りたいです……」
蚊の鳴くような声量で泣き言を漏らしつつ、どうしてこんなことになってしまっているのか考え直します。
エルマさんに勝負を挑まれた時は、本当に力の差を計るのかと警戒していましたが、流石にそこは人間社会に馴染んで長いエルマさんにとってもよろしくないと判断されたようで、あくまでも女としての魅力で勝負を行うのだと言われました。
そして勝負の内容は、“どちらがメイナードに相応しい魅力のある女性であるか”を競うものとなり、私達が森に帰るまでの数時間で得点を競い合う形となった結果、メイナードの、その、か……彼女を演じることになってしまいました。
そのせいで、今すれ違った人からも。
「うわぁ~、両手に華ってまさにこういうことだな。羨ましい」
「うふふ! プリーストちゃん顔真っ赤にして照れちゃってるの可愛い!」
などなど、私達が偽装カップルであることを疑わずに、そんな言葉を口にされてしまっています。
正直、この勝負は辞退してよかったと思ってはいるのですが……。
「そうだな、最近の主にも飽きが回ってきたこともある。この勝負の結果次第では、エルマに我の世話をさせてやらなくもない」
などと、どこまでが本当か分からない発言をされてしまったためにエルマさんがさらにヒートアップしてしまい、私としても本当に契約を破棄されてしまう可能性が拭えなかったことから、勝負を受けざるを得なくなってしまっていました。
まだ始まって数分も経っていないのですが、恋愛経験――もとい、男性とこうした密着する状況に慣れていない私は既に限界が近づいてしまっていて、エルマさんとメイナードの会話を気にする余裕が一切ありません。
そのせいで、会話を弾ませて女性としての魅力をアピールし続けている、エルマさんの現在の持ち点は十八となっているのに対し、私はたったの四となっています。
こんなことなら、時間のある時にフローリア様やシリア様から、恋愛に関する知識を教授いただいておけばよかったかもしれません、と今さら過ぎる後悔に苛まれていると。
「あ、メイナード知ってる? あそこの店、今キャンペーンやってるんだよ。“カップル限定で半額”なんだ~」
「ほぅ」
頭上から、メイナードの視線を感じます。
もしかして、私に行きたいと言わせようとしているのでしょうか!?
そんなことは無いでしょうと淡い期待を込めながら、そっと彼の表情を伺うと――。
『言え』
無情にも、彼の顔にはそう書いてありました。
羞恥心で泣き出しそうになる感情を必死に抑えつつ、若干震える声で提案します。
「わ、私達はその、か、か、カップル……なのですし、良かったら、寄って行きませんか……?」
「ふん。シルヴィがそう言うのであれば寄ってもいい」
彼も彼で私達の彼氏役を演じているため、私のことを普段の主呼びではなく、名前で呼ぶその行為がさらに恥ずかしさを搔き立てます。
『シルヴィ! カテン! プラスニ!』
「敵に塩を送ってあげるくらいの余裕を持ってこそ、正妻ってやつだからね~。さ、行こ行こ?」
「あぁ」
もういっぱいいっぱいな私とは対照的に、どこ吹く風の様子のメイナードと、このシチュエーションさえも楽しんでいるエルマさん。
やはり二人とも、こういった事には慣れているのでしょうか……と少し羨ましく感じながらも、メイナードの歩幅に合わせて店内へと踏み入れることにしました。




