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358話 天空の覇者は寄り添う

 三月二十四日。

 塔を出て初めて迎える、私の誕生日となりました。


 ですが、朝起きると家の中には私以外誰もいなくなってしまっていて、レナさんからウィズナビに『お昼になったら獣人族の村まで来て!』とだけ書置きのメッセージが残されていただけです。


 静まり返っている食堂で心細さを感じながら朝食の準備をしていると、ここ数日で唯一傍に居続けてくれたメイナードが起きてきました。


『……おはよう主』


「おはようございますメイナード。今日は私達しかいないようです」


『随分と朝の早いことだな』


「そうですね」


 今日は一段と広く感じるテーブルにちょこんと止まると、彼はそのまま羽づくろいをし始めました。

 本当なら今日は、皆さんの好きな物を出して楽しく過ごしたかったのですが、私達しかいないことですし、メイナードが好んでいるお肉を豪快に焼いて食べさせてあげることにしましょう。


「メイナード、お肉はブロック焼きがいいですか? それとも煮込みますか?」


『ブロックで頼む』


「分かりました。味はいつも通りシンプルの方がいいですよね」


『あぁ』


 メイナードとの会話は、ほとんどがこんな風に簡単なやり取りで終わってしまいます。

 ですが、この二言三言で終わってしまう会話であっても、私の寂しさを紛らわせてくれるのです。


 私の分も一緒に焼きながらサラダの準備をしていると、何かが翼の内側に刺さっていたらしいメイナードが、嘴で懸命に引き抜こうとしながらも私に声を掛けてきました。


『主よ。気分転換に出かけないか』


「お出かけですか? ですが、太陽の日で診療所がお休みだとは言え、お昼頃に村へ顔を出すようにレナさんから言われているのですが」


『構わん。午前だけで済む程度に少し歩くだけだ』


 こんな風に、メイナードからお出かけに誘ってくれるのは初めてです。

 一体どういう心境なのかは分かりませんが、午前中はシリア様もいらっしゃらないので、鍛練もできないことからどうしようかと考えていた私にとっては、絶好の時間つぶしとなりそうです。


「分かりました。では、ご飯を食べ終えたら準備しますね」


『あぁ。あと、この前フェティルアに行った時の服装に着替えておけ』


「人間領の修道女服と言うことですか? 別に構いませんが、魔女服ではいけないのでしょうか」


 ようやく抜けたらしい彼の嘴の先には、見たこともない謎の虫のような何かが咥えられていました。

 うねうねと元気よく暴れている紫色のそれに引きながら身構えていると、あろうことかメイナードはそれを食べてしまいます。


「メイナード。できれば私が見えていないところでやってほしかったです」


『ん? 別に食事と大差ないだろう』


「いえ、あなたにとってはそうかもしれませんが。何でもありません……」


 これに関しては価値観の違いなのでしょう、と早々に折れた私に小首を傾げつつも、メイナードは先ほどの質問にちゃんと答えてくれます。


『先の問いだが、たまにはフェティルアに顔でもだしてやったらどうだと思っただけでな。あの街の連中に主は恩を売りまくっているだろう? だから主の誕生日だとでも言えば、良いものが安く手に入るような気がしてな』


「そういうことでしたか。しかし、そんな風に恩着せがましく言うのは気が引けてしまいます」


『主は後ろからついてくるだけで構わん。我が見定めるだけだ』


「え? まさかですがメイナード、人型になるつもりですか?」


『当然だ。我は少し歩くと言ったはずだが』


「あれは私が歩くものだと思っていました」


 私がそう答えると、メイナードは何か言おうと口先を僅かに開きましたが、結局何も言わずに首を振りながら溜息を吐いて見せました。


『人間は誕生日を祝う習慣があるだろう。その人間に仕えている以上、我も主に何かくれてやるべきだと思ったのだ』


 やや言い方は上からではありますが、それでも私のことを考えてくれていたメイナードに、思わず感動してしまいました。

 若干瞳が潤んでしまった私に、メイナードは呆れたように指摘してきます。


『泣くほどでは無いだろう。それより、肉が焦げる匂いがするぞ』


「す、すみません!」


 慌ててひっくり返すと、やや焦げが強くついてしまっていました。

 まな板の上に移して表面を薄く切り落とすと、何も言わずにメイナードがそれを食べ始めてしまいます。


 思えば、こうやって料理で焦がしてしまった時もそうですが、私が何か失敗したりした時には必ずメイナードが傍にいてくれた気がします。口数こそ決して多くは無いものの、私を主と定めて寄り添ってくれている優しさに感謝しながら彼に言いました。


「いつもありがとうございます、メイナード」


『肉が無駄になるのがもったいないだけだ。気にするな』


「ふふ。ですが、焦げてしまった部分は体にあまりよくは無いので、食べ過ぎないでくださいね」


『それは人間の話だろう。我には関係がない』


「そうですか」


『あぁ』


 素っ気ない返事に心地よい安らぎを感じながら、朝食をテーブルに並べます。

 いつもより静かすぎる朝食でしたが、メイナードのおかげでそこまで寂しさを感じることはありませんでした。

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