352話 ご先祖様は提案する
私と共に暮らしたいと主張したティファニーに対し、二つの反応が同時に発生しました。
一つは、ひとつ屋根の下となる私達による、発言の内容が読み込めずきょとんとしてしまうもので、もう一つは――。
「な、なりません! 御身は我ら植妖族を統率する、女王の素質をお持ちなのですよ!?」
「そうです! 女王様がいなくなったら、私達はどうすればよろしいのですか!?」
ティファニーの臣下とも言える、花騎士による猛反発でした。
その反発を受け、ティファニーが言い返します。
「ですがリース! ティファニーはお母様に育てていただいていたのです! それに、この身に宿す魔力が強いから女王の座に相応しいと言っていましたが、それはお母様の魔力だから強くて当然なのです!」
「そういうことではございません! 確かに御身は魔女様の魔力を受けて進化した個体でしょう。しかし、強大な力を持った個体の誕生は、女王を失っていた我らにとって、指針となるべき女王の誕生もあるのです!」
何故、進化してから半年ほどしか経っていないティファニーが、彼女達植妖族の女王として崇められていたのか。ティファニーは私が育てていた紫陽花の花だったと知った時から感じていた疑問でしたが、彼女の言葉でようやく合点が行きました。
先日、ティファニーを救出に向かう前に聞いた際には、植妖族は女王と呼ばれる個体の下で行動を取っているため、何かをする際でも女王の指示で動くほど、女王絶対主義の種族なのだと語っていました。
その女王が、例の月狩りの大熊によって失われたことから統率者がいなくなってしまい、代理としてリースさんがまとめ上げていたところへ、自分達よりも遥かに強大な魔力を持ったティファニーが生まれ、彼女を女王として迎え入れたということなのでしょう。
それに、力を持っている人が率いるべきだというリースさん達の考えは、どこか魔導士の心得に通じるものを感じてしまい、彼女達の主張が一概に間違っていると言い難いのも事実です。
「ティファニーはただ、お母様と共にいたいのです。毎朝お母様とお話しながらお水をいただいて、お母様に守られながらお日様を浴びていたいだけなのに……」
悲しそうに表情を曇らせ、俯く彼女の言葉も十分理解できます。
植妖族の自然発生についてはまだ分からないことが多いですが、魔素を取り込んで自然に進化できた個体であるならば、それが自分の責務だと認識することができていたかもしれません。
しかし、ティファニーは私の魔力を取り込んで進化した個体であり、言い換えれば望んで進化した訳ではないのです。森の混乱の際にお世話になったから女王として振舞っていたとはいえ、自分が置かれている現状に納得がいっていないのでしょう。
どちらの主張にも一理あり、お互いに引こうとしない態度にどうするべきか迷っていると。
『ふむ。ならば、一旦妾達がティファニーを預かるという形でどうかの』
唐突に提案したシリア様へ、ティファニーを除く植妖族以外の全員から視線が集まりました。
「シリア様、一旦と言うのはどういうことでしょうか」
『そのままの意味じゃよ……ちと体を借りるぞ』
リースさん達には言葉が聞こえないことを悟ったシリア様が、私に交代を求めてきます。
そのまま入れ替わると、私が透けて現れたことにティファニーが驚き、私とシリア様とで何度も視線を動かし続けています。
「こほん。親元を無理やり離され、寂しいと感じるティファニー。女王となる個体が不在のため、シルヴィの力を僅かに取り込めたティファニーを女王に据えたいお主ら。どちらの言い分にも十分理解はできよう」
「ま、魔女様? なんか口調が変わってない……?」
「気にするでない。話を続けるぞ」
「あ、はい……」
「まず、お主ら植妖族からの視点で物事を整理しよう。お主らが女王を求め、事を急いでおるのは分かるが、たかが半年前までただの紫陽花の花だった小娘に、お主らの全てを委ねるのはちと無理があるとは思わんか?」
シリア様の問いかけに、花騎士の皆さんは言葉を詰まらせます。
彼女達としても、女王様不在という致命的な欠陥を修正しようと、急ぎ過ぎていたのは理解していたのでしょう。
「して、ティファニーよ。お主がシルヴィに育てられ、シルヴィの魔力を吸って進化したのは何かの運命じゃ。お主は植妖族の女王として、こ奴らを導くために進化したのじゃろう」
「ですが、シリア様……」
「お主の言わんとしておることは分かる。お主はただ、シルヴィに育てられて甘えていたいだけじゃろうて。じゃが、いつまでも親離れができぬようでは、シルヴィの子として恥を晒すことになろう。違うか?」
優しい声色ながらも、現実を受け入れさせようとするシリア様の言葉に、ティファニーが小さく頷きました。シリア様は満足そうに頷くと、視線を合わせるように屈みこんで言葉を続けます。
「じゃから、妾はお主が親離れするまでの期間を設けようと思う。今日から二年間、シルヴィの下で沢山甘えるがよい。その間に、妾からも民を導く女王の何たるかを教えてやる。それでどうじゃ?」
ティファニーは一瞬嬉しそうに何かを言いかけましたが、すぐに表情を曇らせて言葉を探しているように見えました。
そんな彼女の気持ちを見透かしているのか、シリア様はくふふと笑いながら補足します。
「なに、別に巣立ったからと言って今生の別れとなる訳ではない。妾達はこの先もここにおるが故、寂しくなった時は戻ってくればよいし、お主だけの判断で迷うことがあればいつでも聞きにくればよい。それが子であるお主と、親であるシルヴィの距離じゃ」
その言葉に、ティファニーの目から涙が溢れそうになりましたが、手の甲でぐしぐしと拭って明るい笑顔を作って見せました。
「……はい! ティファニーはお母様の下で、女王になるための勉強をしたいです! よろしくお願いいたします、シリア様!」
「くふふ! 任せよ、お主を立派な女王に仕立ててやろうぞ」
シリア様に頭を撫でていただきながら顔をほころばせるティファニーに和んでいると、続けてシリア様はリースさん達に言いました。
「という訳で、一旦妾達の下で教育を施してやる。お主らは一応、女王不在でもリースを代役として動けてはいたのであろう? ならば、当面はもうしばらく我慢してくれぬか。何かあれば、ティファニーだけではなく妾達も力を貸してやろう」
「それは……。はい、分かりました魔女様。どうか、我らが女王をよろしくお願いいたします」
「うむ。さて、次はお主らの居住についてじゃが、こっちはどうしたものか……」
「我らは人型ではありますが、人間のようにベッドで寝なければならないという訳ではございません。幸い、この森には豊かな土壌がありますのでそちらで」
「阿呆。それではお主らに何かあった際に、妾達が駆け付けられぬであろう。お主らには、妾やティファニーの目の届く範囲にいてもらわねばならぬ」
「でもシリア? この子達が住めるような畑なんて、スピカちゃん達くらいしか作れないんじゃないかしら?」
ふとフローリア様が口にした問いに、シリア様が天啓を得たかのようにポンと手を打ちました。
「そうじゃ! どうせならあ奴らの農地に住まわせればよい! 確か植妖族は、睡眠を取る際には花に戻るのじゃろう?」
「えぇ、その通りです」
「ならば、あの農地の一角を間借りすれば手間も省けよう! そうと決まれば交渉に行くぞ!」
「えぇ!? レナちゃんどうするのよ~!?」
「貴様が共に部屋に戻り、面倒を見ておけ!」
そう言うや否や駈け出してしまうシリア様の後を、私達は追いかけざるを得ませんでした。




