11話 魔女様は切り札を準備する
防御手段しかないシルヴィは、新しく魔法を覚えることになります。
その魔法でも想定外のイレギュラーを生み出してしまい・・・・。
翌日から、シリア様にお願いして特訓の内容をハードにして頂くことにしました。
今までは適当に時間を見つけてやっていた特訓でしたが、日によって明確に変えることになり、月の日と星の日(レナさんはきんようび、と読んでいました)は基本的な魔法と人体の繋がりについての座学。火の日と水の日は先日やっていたような実戦形式の実技。木の日は私とレナさんで組手。太陽の日は休暇ということでゆっくりすることになっています。
そして今日も日中の診療が終わり、座学となる月の日。
余っていた部屋をレナさんの世界の学校という環境を元に、講義室と呼ばれる個室へ模様替えしてくださり、私と体を入れ替えたシリア様が私の私服と伊達メガネを纏って教鞭を振るっています。
なぜ猫の姿を取っているかと言いますと、猫の体と言うのはかなり世界が広く大きく見え、色々と不便はありますが話を聞くだけなら支障はないため……と言うのもありますが、レナさん達には半実体の姿では認識されないということもあり、座学の日だけこうして交代することになっています。
「――という訳で、魔女及び魔導士は体内の魔力を消費して魔法を行使する故、魔力が尽きれば無力となる。まぁ手っ取り早く無力化させたいならば、拘束魔法を応用して魔力回路を封じてしまうのが楽なのじゃが」
「はーい、シリア先生質問でーす」
「なんじゃ」
「その魔力回路? って封じられたらやばくない? あたし達魔女にとって致命傷だと思うんだけど」
「うむ。じゃが、拘束が完全になるまで幾ばくかの猶予は多少ある。故に基本的には、その時間で何らかの対策は講じておる。拘束の術式に相反する力をぶつけて相殺したり、呪い系統に反応する浄化を用いるなど様々じゃな」
「まぁ隙を与えぬことがベストじゃがな」と付け加えながら、シリア様は私を指さします。
「これについてはシルヴィ、お主にマスターしてもらわねばならぬ」
『私ですか?』
「お主は【制約】のせいで一切の攻撃ができぬ。しようものなら代償で、与えたダメージを上回るフィードバックが出る。ならば、拘束で無力化するより他なかろう」
なるほど。確かに拘束なら直接ダメージを与えないので、攻撃とみなされることはありません。襲われた時に対抗手段が防御しかない私にとって、最大の反撃手段となるでしょう。
「レナは拘束魔法を覚える必要はない。じゃが、対策は覚えておくべきじゃな」
「え、なんであたしは覚えなくていいの?」
「お主は拘束なぞまどろっこしいことせんでも、蹴り飛ばせば済むじゃろう?」
「あー! 確かにそうね!」
……レナさんから、どことなく筋肉アピールの激しい獣人の皆さんと、同じ何かを感じてしまいました。
私の横で退屈そうに机でぐだっているフローリア様も思うところがあったようで、小声で「レナちゃん脳筋だから」と囁いていました。あえて言いませんでしたが、やはりそうなのですね。
「ということで、シルヴィよ。物は試しじゃ、こちらへ来てフローリアに拘束を掛けてみよ」
「えぇ!? なんで私なのよ、自分にしなさいよシリア!」
「暇そうに欠伸をかいてるくらいなら、実験台にでもなれ」
『すみません、フローリア様。お願いできますでしょうか?』
「も~。可愛いシルヴィちゃんのお願いだから聞いてあげるっ」
フローリア様はなんだかんだ言いながらも、部屋の後方に立って準備をしてくださいました。
シリア様に体を返していただいた私は杖を構え、フローリア様に意識を集中させます。
『よいかシルヴィ。拘束の力は術者の危険認識度によって異なる。単に一応捕えておくか、程度ならば締め付けも緩く回路にも影響は出にくいのじゃが、この場から一歩も動かさせないくらいに認識すれば、相応の拘束力が働く』
「はい。魔法の元となる想像力のことですね」
『そうじゃ。して、今回フローリアを選んだ理由なのじゃが――』
そこでシリア様は言葉を一度切り、にやりとあくどい笑みを浮かべ始めました。これは嫌な予感しかしません。
『フローリアよ、シルヴィの拘束が甘ければ割れ。割れたならば今日の残り時間、シルヴィを好きにしても良い』
「し、シリア様!? 何言ってるんですか!?」
「ホント!? よぉ~し、お姉さん張り切って対抗しちゃうからね! 今日は最高の抱き枕だわ~!!」
最悪です。シリア様が私をエサにやる気を引き出させてしまったおかげで、フローリア様の魔力が目に見えて高まっていくのを感じます。本当に全力で抵抗する気満々のようです……。
『ほれシルヴィ、お主も全力でやらねば貞操が危ういやも知れぬぞ? まぁ、お主にそっちの気があると言うならば手を抜いてもよいがの。くふふっ』
「ありません!!」
待ちきれないと言うかのように、体をくねくねとさせているフローリア様の動きに若干引いてしまいますが、とにかく絶対に拘束を成功させないと本当に危ないかもしれません。色々な意味で。
改めて意識を集中させ、フローリア様の魔力の根源となる位置を探ります。頭、胸、お腹と一通り探りますが、明確なものが見当たりません。
「あぁん、シルヴィちゃんにじっくり舐めまわされちゃってる……! ドキドキしちゃうっ」
「変な事言わないでくださいフローリア様!!」
『フローリアよ、意地悪するでない。もう少し見やすくしてやれ』
「えぇ~? もう、仕方ないわねぇ……」
フローリア様がそう言うと、なんとなく根源のようなものが感じ取れました。恐らくは心臓の位置です。鼓動に合わせて魔力が体を巡っているように感じられる気がします。
私はフローリア様の心臓に照準を合わせ、頭の中でイメージを強めます。できれば女神様であるフローリア様が動けなくなるくらいがっちりとした拘束にしたいです。魔力回路に私の魔力で枷を設ければ、魔力の流れも堰き止められるでしょうか。
フローリア様も全力で抵抗すると仰っていましたし、チャンスは一度切りです。できそうなことは全て合わせてやってみましょう!
杖に魔力を込め、教わった通りにフローリア様を目掛けて拘束の魔法を行使します。
すると、淡い紫色の輝きを放つ魔法陣がフローリア様を中心に生成され、徐々にそのサイズを縮小させていきました。これがシリア様の説明に有った「拘束までの猶予時間」でしょうか。ともあれ、気を抜くことはできません。
「ねぇシリア? もう抵抗していいかしら? ホントに割っちゃっていいの?」
『うむ。術式の形は成っておる、割れそうなら割るがよい』
「よ~し、えいっ……あら? えいっ、このっ……あれ?」
私が込めている魔力に、強く反発する力が感じられます。これが抵抗力のことでしょうか。結構強い力ですが、このくらいなら何とか抑え込めそうです……!
「えっ、待って待って? えいっ、えいっ! ふん~~っ!! ちょ、シリア! 神力も使えないんだけど!!」
『なんじゃと? ストップじゃシルヴィ!!』
「えっ、はい!」
鋭く制止の指示が飛ばされ、拘束を中断します。しかし、もう完成に近づいていた拘束は途中で魔力の供給が途絶えても、拘束力はそのままで残ってしまいました。
「ふんぬぅ~~~っ!! はぁ、ダメだわ。全然力が入んない……」
『ちと見せよ。……シルヴィ、お主何をイメージしておった?』
「ええっと……。がっちりとした拘束をと思いまして、女神様であるフローリア様も拘束できるようなものを目指しつつ、魔力回路のようなものに私の魔力で枷を入れてみようと……」
『はぁー…………。お主の発想には度肝を抜かされるな』
シリア様は私の魔法陣を数回叩くと、細かな粒子となって魔法陣が空に消えていきました。それと同時に全力で力み続けていたフローリア様が、体のバランスを失い転びそうになります。
「わっ、わわわわぁ~!?」
『ぐうっ!? な、なぜこっちに倒れてくるのじゃ貴様は……』
「は~、びっくりした。大神様に怒られてる時を思い出しちゃったわ!」
『ええい、どかんか! 図体がでかいのじゃから重いのじゃ貴様は!』
「誰が重いですってぇ!?」
『むっぐ、離さんか阿呆! 邪魔じゃ! 講義が進まぬ!』
物理的に拘束されたシリア様が、フローリア様の顔を両手で押しのけながらもさっきの現象について説明してくださりました。
『ほんに邪魔な阿呆女神じゃな! ……話を続けるぞシルヴィ。さっきお主は脳内で“女神であるフローリアを拘束”しようと思ったと言っておったな?」
「はい、その通りです」
『うむ。お主の魔法陣を見て察したが、あれはただの拘束陣ではない。神話級の生物ですら捕らえられるレベルの拘束力を持っておる陣じゃよ』
「まぁ! どうりで神力が使えない訳だわ!」
『それに加え、魔力回路の堰き止めまでも同時にこなしおった。通常は身体の拘束か魔力の堰き止め、どちらかが優先されてからもう一方が発動となる。じゃが、お主のそれは完全な形となるまで時間は要したが同時進行じゃった。ほんに例外ばかり生むのが好きじゃな、お主は』
「さっすが、シリアの先祖返りね~! 偉才の魔女の二つ名も取られちゃうんじゃない?」
『独学故に基礎も分かっておらぬからこそできた離れ業じゃろうな。一歩間違えれば暴発もあり得ように……。それよりもフローリア、いい加減撫でるのをやめんか! 吹き飛ばされたいか!!』
「だってぇ、シルヴィちゃんに負けちゃったんだも~ん。だからシリアで我慢しようかなって」
『んぐっ……! いい加減にせよ! シルヴィ、こ奴を引き剝がせ! レナも笑ってないで妾を助けんか!』
「あっはははは! はーい」
二人がかりで何とか引き剥がすと、怒りで真っ赤になったシリア様の蹴りがフローリア様の脛を襲い、泣きながら転がり回る上に腰を掛けました。
「あ、足! 脛!! いったぁぁぁぁい!!」
『ふんっ、この万年発情阿保女神め、そのまま大人しくしておれ。で、シルヴィよ。お主のそれは如何せん強力過ぎる故、余程のことが無い限り“女神”や“神”を対象とするのは控えることじゃ』
「ん? 女神を対象に含めると何か不都合があるの?」
『普通に考えよ。元来、神話の生物や神々と対抗するのに、たった一人でこなす者がおったか? 必ず複数ないし国家レベルでの対抗であったであろう? それは何故か? 人間一人に耐えられる負担ではないからじゃよ』
「でもシルヴィは出来ちゃったんでしょ?」
『だから控えよと言ったのじゃ。仮にこれが人間、魔族などにでも知れてみろ。神すら捕らえ、治癒もでき、守りは難攻不落の魔女の力ぞ? それを利用せんと欲して戦争になることすらあり得るぞ』
自分を守るために手にした力が、今度は戦争のために利用される。そう考えると今までの生活を守るためにも、魔女としての力の使い道は考えなくてはなりません。
私は強く頷き、シリア様に約束します。
「分かりました。緊急性がある時だけにします」
『うむ。では明日からはそれを用いた特訓とするかの』




