351話 天空の覇者はご満悦
外ではちょうど、レナさんがフローリア様やメイナードと共に鍛練をしていたようですが、レナさんが纏っている魔女服はいつもの可愛らしいものではなく、踊り子を彷彿とさせるようなひらひらとした羽衣と、フローリア様の神衣に似たような肌面積の多い服装になっていました。
それにも驚きましたが、今日の彼女の桜の色は黒く染まってしまっていて、いつもの華やかな桜吹雪とは大きく異なる暗い印象を受けてしまいます。
「あら! おかえりシルヴィちゃん! その子達が噂の植妖族の子?」
「ただいま戻りました、フローリア様。はい、こちらがお伝えしていた植妖族の皆さんで」
「フローリア様! お久しぶりです、ティファニーのことを覚えていらっしゃいますか!?」
「ん? こんなに可愛い子は絶対に忘れないと思うけど……シルヴィちゃん、この子は?」
「ガーンッ!!」
口で大げさに衝撃を受けたことを主張しながら、へなへなと地面にへたり込むティファニーさん。
彼女には申し訳ないとは思いますが、紫陽花の花であった彼女が植妖族へ進化していたとは普通は分らないと思います。
「あはは……。こちらは半年ほど前に、庭で育てていた紫陽花の花です。私の魔力を吸って、植妖族へ進化していたそうなのですが、今では植妖族の女王様になっていたようでして」
「あら~! そうだったの!? あのお花がこんな可愛い子に育つなんて! お花は育ててみるものね~!」
「はいっ! お母様に愛情たっぷり注いでいただいたおかげで、こうして植妖族になることができました! 名をティファニーと申します。今後ともよろしくお願いいたします!」
「ティファニーちゃん! やぁん、とっても可愛い名前~!! って、今シルヴィちゃんのことを“お母様”って呼んだかしら? 植妖族になった子は、魔力をくれた人を親と認識するの?」
「ティファニーの場合は、自然進化を遂げた訳ではございませんので、育てていただいたお母様と呼ばせていただいています。ですが、この身にはお母様の魔力が流れておりますので、お母様から産んでいただいたと言っても過言ではございません!」
「それは違うよ! お姉ちゃんはあなたのママじゃないの!!」
「まだ言いますか!? 貴女こそ、血の繋がりもないよその子でしょう!」
「よ、よその子……!? うわああああああん!! お姉ちゃああん!!」
「よしよし。血は繋がっていなくても、エミリは私の妹ですからね。ティファニーさん、あまりそうやってエミリをいじめないでください。かなり気にしていますので」
「そんなお母様、さん付けなど他人行儀はおやめください! ティファニー達は親子です、遠慮なくティファニーと呼び捨ててください!」
「……分かりました。ではティファニー、お母さんとの約束は守ってくれますね?」
事実、彼女の体内には私の魔力が流れているので、彼女を進化させてしまった手前、親であることを認めなければなりません。
半ば諦めて受け入れることにして小指を差し出すと、ティファニーは顔を輝かせて自分の小指を絡めてきました。
「はいっ! お母様との約束、このティファニーは必ず守ります!」
「お願いしますね」
ニコニコと幸せそうに笑みを浮かべる彼女にそれ以上何かを言う気にはなれず、私はそっとティファニーの頭を撫でることにしました。すると、私に抱き着いていたエミリがまたしても大きな声を上げながらティファニーを指さします。
「あー!! お姉ちゃんのなでなではわたしだけのものだったのに!! お姉ちゃあん!!」
「ふふん。ティファニーは娘なのですから、褒めていただける時は当然撫でていただけるのです」
「はいはい、言い争いはしないと約束したばかりですよ。エミリも撫でてあげますから、怒らないでください」
「むうぅぅぅぅぅぅ!!」
「うふふ! シルヴィちゃん、すっかりママね~!」
『やれやれ、また騒がしくなるのか……』
楽し気なフローリア様とは対照的なシリア様の溜息を聞きながら、甘えてくる二人を優しく撫でます。
本当に娘ができたかのような気分になっていると、視界の端でレナさんが凄まじい勢いで吹き飛ばされていくのが見えました。彼女は近くにあった大樹に激突し、そのまま力なく地面へと倒れてしまいます。
それと同時にレナさんの強化魔法が解けたらしく、踊り子にも見えた衣装が普段の魔女服へと変わっていきました。
今のは本当に痛そうですと思った直後、先ほどの衝撃で折れた大樹がレナさんに降りかかろうとしているではありませんか!
「いけません、レナさんが!」
「大丈夫よシルヴィちゃん」
立ち上がろうとした私を制すようにフローリア様が言うと、次の瞬間には彼女の腕の中にぐったりとしているレナさんの体が収まっていました。恐らく、今の一瞬の間に【刻の女神】としての権能を行使して時間を止めていたのでしょう。
本来なら彼女の上に倒れようとしていた大樹が、地響きを奏でるのを聞きながら、フローリア様が私の前にレナさんを優しく横たえます。
「結構良いの貰っちゃったみたいだから、治癒魔法お願いできるかしら?」
「はい、大丈夫です」
二人を撫でるのを止めて治癒を開始する私のそばに、珍しく少しだけ息が上がっているメイナードがやってきました。それと同時に、リースさんを始めとした植妖族の皆さんが怯え始めます。
『ふぅ。最近の小娘は程よい手ごたえになって来たな。少々力加減を誤ったぞ』
「メイナードから見ても、レナさんはそんなに強くなっているのですね」
『あぁ。己の憎悪を燃やして力に変える特殊な魔法とか言っていたが、これが中々に厄介でな。今までは我の攻撃を耐えられもしなかった小娘だったが、その魔法を使っている僅かな間は耐えた上に反撃に出るくらいには能力が劇的に伸びている』
『くふふ! あ奴も死に物狂いで特訓しておったからな、そろそろ体にも馴染んできておるのじゃろうよ』
『えぇ。我としても、運動不足にはならない程度の相手ができて不満はありません』
「あらあら! メイナードくん程の強い子に認めてもらえるようになったなんて、レナちゃんも鼻が高いわね~!」
恐らく、レナさんが起きている時は絶対に口にしないであろう賛辞を述べるメイナードに微笑んでいると、私にしがみつきながら震える声でティファニーが言いました。
「お、お母様。その、ティファニー達植妖族にとって、カースド・イーグルは天敵みたいなところがございまして……」
『む? なんだ主、いつ子を産んだのだ?』
「言い方に語弊があるのでやめてください。彼女は庭で育てていた紫陽花の花から進化した植妖族です」
『……あぁ、そういえば主が毎朝のように世話をしていたな』
メイナードは普通に見ているつもりだとは思うのですが、彼自身の目つきの悪さで睨まれていると誤解され、さらに怯えられてしまっています。
「メイナード、彼女達は森で生きる仲間ですので意地悪しないでくださいね」
『後ろの連中はともかく、そいつは主の魔力から生まれた個体だろう? ならば我が手を出すことなどない』
対象ではないと告げられたティファニーが心底安堵したように息を吐く中、後ろの連中と名指しされたリースさん達がさらに身を竦ませました。
それを見たティファニーは、なけなしの勇気を振り絞った様子でメイナードに声を掛けます。
「あ、あの、メイナード様! 彼女達はティファニーの大切な仲間なのです! どうか、ご温情をいただけないでしょうか!?」
対するメイナードは、いつものように鼻で笑いながら答えました。
『我は弱者に興味は無い。我に対して害をなすようなら考えるが、そうではない者に力を振るうほど我は暇ではない』
「ありがとうございます、メイナード様!」
ぶっきらぼうながら、攻撃する意思は無いことを表示したメイナードに、ティファニーはぱぁっと笑顔を咲かせました。それに続き、リースさん達もほっとした表情を浮かべています。
もう少しメイナードにも、愛想の良さを学んでいただきたいとは思いますが、これはこれで彼なりの表現方法なのでしょうし、彼の噂を聞くたびに私達には親しく接してくれているのだと思うので、何も言わないことにします。
『だが主よ、そいつらは今後どうするのだ。植妖族は我のひと睨みで音を上げる程度の戦力しか持たないぞ』
「仮にも、天空最強であるメイナードと比較するのはあまりにも可哀そうだとは思いますが……。一応森で暮らしていただこうとは思っていましたが、確かに安全の確保の問題はありますね」
『花だった頃は畑で良かったが、人型となるとそうはいかんしのぅ……どうしたものか』
今後の彼女達について頭を悩ませていると、ティファニーが勢いよく顔を上げました。
「ティファニーは、お母様と一緒に暮らしたいです!!」




