344話 ご先祖様のお酒は大人気
あれから二日後。
ペルラさん達からお墨付きをいただけた私は、エミリやシリア様、そして植妖族の皆さんと共に、女王が囚われているという魔族領の町――リンドへ訪れています。
この町は今まで訪れた場所に比べるとあまり大きくはなく、少し言葉が悪いかもしれませんが、ちょっとした田舎町と言っても差し支えないような規模です。
ですが、それなりに人は住んでいらっしゃるようで、道行く魔族の方々から兎人族の私は好奇の視線を向けられています。
「シリア様。やはりその、少し恥ずかしいのですが……」
『何を今さら。腹をくくれとあれ程言ったじゃろう』
「そうなのですが、こんなに見られると思っていなくて」
『ビクビクするから余計に視線を集めるのじゃ。それに、何度も言うがお主のことを魔女だと見抜ける者なぞ、それこそレオノーラくらいしかおらん。今のお主は、せいぜい兎人族にしては発達が良すぎる程度じゃよ』
「それが逆に視線を集めているのではないのでしょうか」
隣で半実体としてふわふわと浮かんでいるシリア様に言葉を返しながら、以前レオノーラとシングレイ城下町を散策していた時を思い返します。
あの時も兎人族としてレオノーラとあちこち食べ歩きなどをしていましたが、あれは恐らく魔王であるレオノーラが隣にいてくれたから、じろじろと見るのは恐れ多いと思われていたのでしょう。
やはりレオノーラの存在は大きかったのですね、と内心で溜息を吐いていると、やや申し訳なさそうにリースさんが口を開きました。
「申し訳ない。これは魔女――いや、シルヴィ様のせいではなく、我らのせいだ」
「リースさん達のせいなのですか?」
「あぁ。先日伝えた通り、我らは女王様を囚われてからと言うもの、この町に構えている奴隷商の言いなりになってしまっている。その一環で町にも迷惑をかけることが多々あったのだ」
「盗みも働かされたし、娼婦の真似事もさせられたよね」
「そのせいで、我ら植妖族は嫌われているのだ。だからこそ、そんな我らに連れ立って歩いているシルヴィ様やエミリ様に視線が向いているのだろう」
「そうだったのですか……」
花も枯れてしまいそうなほど、深い悲しみを吐き出しながら事情を教えてくださる彼女達に、何としてでも、彼女達の女王様を助け出して自由にしてあげなくてはと同情せざるを得ませんでした。
やや重くなってしまった空気と、好奇の視線に耐えながら道なりに歩くこと数分。私達はリンドの憩いの広場である、小さな花園に到着しました。
色とりどりの花々は決して多くは無いものの、それぞれがしっかりとここに咲いていることを主張する生命力に溢れていて、見ているだけで元気が湧いて来そうな気持になります。
「すごーい! 綺麗ー!」
「魔道連合の花畑も大変立派でしたが、ここも素敵な場所ですね」
「ここの花々は、我らが手入れをしているのだ。町に迷惑を掛けながらも居場所を貰えているのは、ここがあるからと言っても過言ではない」
『ふむ、これほどまでに咲き誇る花は久しく見ておらんな。流石は植妖族と言ったところか』
「自然を愛する種族同士、スピカさん達と仲良くなれそうな気がしますね」
『そうじゃな。ともあれ、まずは宣伝から始めるとするかの』
「分かりました。すみませんリースさん、皆さん。これから私達は、その奴隷商人の方から注意を惹くために森の酒場の宣伝を兼ねてアピールしてきますので、離れて見ていただいていいでしょうか?」
「分かったわ! でも気を付けてくださいね?」
「何かあったらすぐに駆け付けられる場所にはいる。遠慮なく呼んでくれ」
「ご心配ありがとうございます。ですが私達なら大丈夫ですので、心配しないでください」
よほど奴隷商人の方に警戒していらっしゃるのか、私達から離れていく最中も何度も私達や周囲を見渡しながら、リースさん達は去っていきます。仮にも植妖族と呼ばれ、それなりの戦力は有しているはずの彼女達が恐れている人物とは、一体どのような方なのでしょうか……。
考え出すとキリが無さそうな疑問を一度忘れることにして、エミリに預けていたバスケットを受け取って準備を始めます。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「大丈夫ですよ。今回はシリア様もいらっしゃいますし、いざという時は私も魔法が使えます。それに、エミリもいてくれるので心強いですから」
「えへへ! 悪い人が来たら追い払ってあげるね!」
尻尾をぶんぶんと振りながら笑顔を浮かべるエミリを撫で、元気を分けてもらいます。
そうです、今回は兎人族に扮していると言っても万全な状態なのです。何があっても対応はできます。
そう自分に言い聞かせながら、ペルラさん達お手製のポップなチラシを手に取って宣伝活動を開始します。
「こんにちは! 私達、<不帰の森>で酒場を営んでいるアイドルユニット、ラヴィムーンと言います!」
「美味しいお酒とご飯もいっぱいあります! 機会があれば、ぜひ寄って行ってください!」
「私達兎人族が、精一杯歌って踊っておもてなしをします! こちらのチラシを持ってきてくださった方には、お酒を一杯サービスさせていただきます!」
「近々、森の魔女様が道を開拓していただけるとのことですので、安全にお店に来ることができますよー!」
チラシを片手に声を張り上げていると、興味を示した何人かの魔族の方達が、ふらふらと吸い寄せられるようにやってきました。
彼らは受け取ったチラシに目を通すと、簡単に書いてあったメニューについて尋ねてきます。
「なぁ、この異国の乾杯酒って言うのはなんだ?」
「はい。それは文字通り、遠く離れた国で有名な乾杯用のお酒です。一口飲むと、口の中でしゅわしゅわと泡が弾け、スッキリとした苦みとのど越しのいい味わいが楽しめるお酒です」
「なんだそれ!? 聞いたこともないぞ!」
「試飲用にいくつか持ってきていますので、よろしければいかがですか?」
バスケットの中から、レナさんの世界に伝わる“ビール”を紙コップに注いで手渡すと、魔族の方は非常に興味津々の様子で見た目と匂いを確かめ始めました。
「初めて見る酒だ、どれどれ……」
それを口に含み、舌の上で転がすように味わうと。
「んん!? ……ぷは! なんだこれ、めちゃくちゃ上手いぞ!? ちょっと苦いがそれがいい!!」
「本当か? 俺にも飲ませてくれ!」
「俺はこの、“魔女の秘蔵酒”が気になる!」
「ちょっと待ってね、今あげるね!」
エミリがシリア様愛飲のお酒をそのまま手渡してしまい、私が止める暇もなく一気に呷った男性は、そのお酒の強さに一瞬で顔を赤らめてしまいました。
「っくぅ~! なんだこれ、すごく強い酒だな!? 結構酒には強い気でいたが、こりゃたまらねぇ!」
「す、すみません! それは本来、お水で割って飲むお酒でして」
「いや、これはそのまま飲んでも上手い酒だ! 絶対行く! その酒場までの道はいつ開拓されるんだ!?」
「果実酒も町で飲む酒なんかより遥かに上等だ! それでいて銀貨一枚でいいのか!? しこたま飲めるぞ!!」
「え、えっと……」
質問攻めに遭う私の横で、次々と引き寄せられていく魔族の方々に、エミリが手際よくチラシとお酒を配っていきます。
アイドルを目指したいとペルラさん達のところでダンスレッスンをしていただけではなく、こうした接客も学んでいたことに微笑ましくなりながらも、私も負けないように対応に専念することにしました。




