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343話 魔女様はダンスレッスンをする

「ワン・ツー! ワン・ツー! はいっ、ターン! ここでポーズ!!」


「はぁっ、はぁ……!」


「お姉ちゃんちょっと遅れてるよ! 頑張って!」


「す、すみませ……けっほ!」


 もう何度目とも分からないダンスレッスンに、まだ体力が追いつかないせいですぐに息が上がってしまいます。こんなに激しいダンスを、ここ最近のエミリは喜んで踊っていたのでしょうか……。


「ほらシルヴィちゃん! 出発は明後日なんでしょ? もっとペース上げてかないとバレちゃうよ?」


「分かって、ます。ですが、ちょっとだけ休ませてください……」


「じゃあ五分休憩しよっか! ペルラちゃーん、お水持ってきてあげてー!」


「分かったー!」


 やっと休憩をいただけると分かり、私はステージの上でドサッとへばってしまいました。

 元々の体力がある訳ではありませんが、兎人族に扮装していると体力自体も引き下げられてしまう感じがしてしまい、彼女達とダンスの練習をするだけで疲労感が凄まじいことになっています。

 シリア様曰く、別に体力を調整する機能はつけていないとのことでしたが、絶対何かがあるに違いありません。


 とめどなく溢れてくる汗をタオルで拭き取っていると、火照った頬に冷たいグラスが押し付けられました。

 ひんやりとした温度に心地よさを感じながら受け取ると、ペルラさんが私を見下ろしながらニコニコとしています。


「お疲れ様シルヴィちゃん。あと二日で一曲は踊れるように頑張ろうね!」


「……ぷはっ! ありがとうございます、ペルラさん」


「気にしないで! 私達はシルヴィちゃんと一緒に歌って踊れるだけでも楽しいから!」


「「ねー!」」


 顔を見合わせながら、本当に楽しそうに笑っているダンス担当のラヴィムーンの皆さん。

 そんな彼女達に微笑み返しながら、改めて自分が踊りを覚えている理由について振り返ります。


 植妖族(ネイチャール)の女王様奪還のために私が兎人族のフリをする、というところまでは良かったのですが、聞いた話では魔族領内にある例の町はゲイルさんが治めている領土にあたるらしく、そこにいた兎人族は全て不帰の森に移民してきていることから、ペルラさん達の仲間であることは隠せないことが発覚しました。

 そして、ペルラさん達の仲間である以上は、彼女達がこれまで活躍してきていたアイドルユニット“ラヴィムーン”としてふるまわなければいけないということも同義であり、何かあっても対応できるようにと歌と踊りを覚えなくならなければいけなくなっていたのです。


 あれから二日、診療所を午前営業だけにさせていただいて、午後は酒場で練習を続けていますが、ようやく一通りの流れを覚えたといった仕上がりであるため、奪還の約束をした日までにしっかりと叩き込まなければならないのですが……。


「私思うんだけどさ、シルヴィちゃんの動きが硬いのって恥ずかしい気持ちがまだまだ残ってるからじゃないのかなって」


「あー! それはそうかも! シルヴィちゃん、いつも大人っぽい服が多いし!」


「それもそうだけど、シルヴィちゃんって優しい感じの笑顔は多いけど、私達みたいな可愛い系の笑顔って慣れてないんじゃないかな?」


「確かに……」


 じーっと見つめられていることに気が付き、いつものように愛想笑いを浮かべると。


「それだよシルヴィちゃん! その愛想笑いが染みついてるの!」


「え、えぇ?」


「もっとこう、きゃるん☆って感じに可愛い笑顔が必要なの! こう!」


 胸の前で両手をきゅっと握りしめ、弾けんばかりの笑顔を浮かべてくる彼女の顔は、確かに愛らしさがこれでもかと込められている気がします。


「ほら、シルヴィちゃんもやってみて! こうだよ、こう!」


「こ、こうでしょうか?」


「かたーい! もっとにっこり笑って! シルヴィちゃん、ずっと眉が困った感じになってるから!」


 事実、どうすればいいのか分からないので困っているのですが……。

 その後も何度か笑顔の練習を試みるも、どれもダメ出しが続き、もしかしたら私には笑顔が作れないんじゃないかと議論が始まりかけていた時でした。


「じゃあさ、シルヴィちゃんだけ違うポーズにしたらいいんじゃないかな?」


「違うポーズって?」


 突然の提案をしてきたペルラさんに注目が集まります。

 ペルラさんは頷き返し、さっきまで練習をしていたパートをリズミカルに再現し始めました。


「こうやって、ステップ踏んで、最後のターンで……こうとか!」


 ターンを決めたあとに行われるポージングで、ペルラさんは顎先にピースサインを作り、左目でウインクをしながら振り向くようなポーズを決めました。

 確かに兎人族の皆さんには無い、やや大人びた演出ではありますが、私だけそれをしてしまうとユニット全体の調和が取れないような気がしてしまいます。


「あ、いいんじゃない? ラヴィムーンでやるなら浮いちゃうけど、宣伝ならエミリちゃんとペアだから二人だけだし!」


「うんうん! キュート系のエミリちゃんと、大人可愛い系のシルヴィちゃんって感じでいいと思う!」


「よーし! じゃあそれでやってみよう!」


「えっ、もう始めるんですか!?」


「もうって、もう五分とっくに過ぎてるよ? ほら立って~!」


 そのまま練習が再開されましたが、全体的に可愛さ全開の各所を緩和していただいたことによって、問題となっていた気恥ずかしさが薄れたように感じられました。

 動きにも若干柔らかさを加えられるようになった気がして、先ほどよりも楽しく踊れているような気分になっていると、客席の一部から一瞬だけですが、きらりと何かが光ったような気がしました。


 照明がグラスに反射した光でしょうと気にせず踊り続け、ついにペルラさんが提案してくださった新しい決めポーズのところに差し掛かります。


「ワン・ツー! ワン・ツー! はいっ、ターン! ここでポーズ!!」


 くるりと回って、腰に手を当てつつ顎先でピースサイン。片目を閉じてウィンクを飛ばしながら微笑む……できました、今度こそ上手くできたと思います!

 全体的に見ると、やはりキュートなポーズを取っている中で一人だけ違うポーズを行っているので浮いてしまってはいましたが、これはこれでいいのではないでしょうか。


 ちょっとした達成感に浸っていると、先ほど光が発生したテーブル付近から、パチパチと小さな拍手の音が聞こえてきました。私がそちらを見ると即座に拍手の音が止まったことから、絶対に誰かがいるような気がしてしまいます。


 瞳を凝らして魔力を探ると、何かに遮られながらもわずかな魔力が感じられます。

 この魔力の感触は、恐らく風魔法によるものでしょうか。確か、シリア様に各属性の魔法について教わっていた時に、風属性が得意とする幻影の魔法がこんな感じだったような……。


 ゆっくりとそちらへ近づいていくと、今度は椅子を弾き飛ばして何かがその場から離れていきました!

 バレたことで魔法を使い続けるのを諦めたらしいその人物は、出入り口の扉を開きながら姿を現し。


「ごめんシルヴィ! めっちゃ可愛かったと思うから許して!!」


「レナさん!? じゃあさっきのは写真撮ってたのですか!? 消してください!!」


「嫌! これは記念に残しておくわ!!」


「ちょっと待っ――もういない!! 待ってくださいってばぁ!!」


 凄まじい速度で逃げて行ったレナさんに、今までのダンスレッスンを盗撮されていたという事実から、恥ずかしさでその場に蹲るしかありませんでした。

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