342話 魔女様は事情を聴く
至福の時間を終えたレオノーラから命を解かれた彼女達は、約一時間近くも正座を強要させられていたことで足が痺れきってしまっていたらしく、結局地面から立ち上がることができないまま話を進める外ありませんでした。
彼女達の話を総括すると、植妖族の長である“女王”と呼ばれる個体が人間に捕まってしまい、解放するためには人間の指示に従うしかなかったという内容でした。
しかし、いくら人間からの指示をこなしても女王様は解放してもらえず、抗議しようものなら女王様が傷つけられてしまうため、植妖族は疑似的な支配下に置かれてしまっていたようです。
「だからと言って、我々の作物を奪われるのは困るな」
「でも、持っていかないと女王様が……」
泣きべそをかきながら顔を俯かせるラナンキュラスの女性に、私達は顔を見合わせてしまいます。
彼女達を支配している人間が、魔族領でハイエルフが農業を営んでいることや、この不帰の森で獣人族が暮らしていることをどこから聞きつけたかは分かりませんが、仮に望みどおりに作物を提供したとしても、植妖族の女王様が解放されることは無いでしょう。
それは彼女達自身もよく分かっているようで、白百合の騎士風の女性が「いっそ死ぬことが許されるなら」と小さく口走ったのを聞いてしまっている以上、先にも後にも辛い未来しかないのがありありと見えてしまいます。
何とか力になってあげたいとは思いますが、魔女である私達があまり立ち入ってしまうと問題になってしまう可能性も高く、私は彼女達に何と声を掛けたらいいか分からずにいます。
すると、同じように沈黙を保っていたシリア様が、ふと口を開きました。
『貴様らの女王が囚われておるのはどこじゃ?』
「ここから魔族領の方へ北西に向かったところにある、小さな町です」
『ふむ……。その町の武装状況を言え』
「まさかシリア様、彼女達の王女様を助けに行かれるおつもりですか?」
私の質問に、シリア様は頷き返しました。
『ここで悩むのはこ奴らの勝手じゃが、それではスピカ達の作業の邪魔になる。して、森を明け渡すことなぞ断じてあり得ぬ。そうなると、こ奴らを排除するか親玉を叩くかの二択となるじゃろう?』
「ですが、あまり魔女が介入するのは良くないと……」
『そうじゃな。妾の生きておった頃とは違い、魔女が世情に介入するのは好ましくはない。じゃが、魔女でなければそれも叶うじゃろう?』
シリア様の遠回しな言い方に、私は理解が追いつきません。
しかしスピカさんはなんとなく悟ったようで、シリア様に言葉を返しました。
「シリア殿、それは我々が向かえばいいということか?」
『お主らが向かったところで、植妖族が手を出せぬのならば、恐らくは相手にならんじゃろう』
「それは否定できないが、だが他に手段があるのか?」
『うむ。妾達には、友好的に物事を進められる最高の札がある。そうじゃろうシルヴィ?』
そんなに都合のいい手段があるのでしょうか。
私達以外で森に住んでいるのは、筋肉自慢の獣人族とハイエルフの皆さん、そして魔族領と人間領の小競り合いを避けて移民してきた兎人族だけです。
確かにペルラさん達なら、持ち前の愛嬌の良さで何とか溶け込み、植妖族の女王の居場所を探ることはできるかもしれませんが、そこから先の脱出の手引きまでを行うとなると危険を伴うため、あまり考えたくはありません。
ペルラさん達にも、それなりの魔力や戦力があれば協力を要請できたのでしょうか……と別の手段を考えようとして、ふとある物を思い出しました。
そう言えば以前、シリア様に作っていただいた兎人族になれるチョーカーは、私の魔力を偽装する効果のおかげで、レオノーラが率いる魔族領の四天王の一人、クローダスさんさえも私を魔女だと見抜くことはできなかったはずです。
あれを使えば、半実体状態のシリア様と共に潜入することもできるのではないでしょうか。
「シリア様。私が兎人族に扮すればいいということですね?」
『くふふ! ようやく理解が追いついたか』
以前は私の魔力を抑えるという名目から、魔法の使用まで制限されてしまう厄介な代物でしたが、今ではしっかりと改良が施されたおかげで、レナさんと同等の魔法であれば使うことができるようになっています。
私の場合は魔力量こそ多いものの、基本的には結界や治癒魔法しか使用しないため、それだけ使えれば十分活動ができるはずです。
『兎人族としてのお主、そこにエミリを加えれば“酒場の宣伝に来た”と言い張れるじゃろうて。兎人族も獣人族も、基本的には人からは格下に見られておるが故に、街中をうろついても警戒はされぬじゃろう』
「そう言えば以前、ペルラさん達も新しいお客さんを呼び込みたいと言っていた気がしましたし、森も落ち着いてきてる今なら限定的に結界を緩めてもいいかもしれませんね」
『うむ。それに関してはまた考えればよいが……どうじゃ、悪くはない案であろう?』
「はい。流石シリア様だと思います」
『したらば、早速準備に取り掛かるべきじゃな。白百合の貴様、リースとか言ったか? 見たところ貴様が代理のリーダー格のようじゃし、貴様がその女王の場所まで案内せよ』
白百合の騎士風の女性――リースさんは、若干体を強張らせながらもシリア様に答えます。
「分かりました。ですが、奴らは卑劣な手段を用いてきます。それでも勝算はあるのでしょうか」
『なに、そこらの生き汚い人間なんぞ相手にもならんよ。妾達を倒したければ、魔王以上の存在でも連れてくるのじゃな』
「た、頼りにさせていただきます」
その言葉にある意味恐怖を覚えた彼女達は、私達へ引きつった愛想笑いを向けて来るのでした。




