341話 魔王様は命を下す
あれから何回か転移の練習を繰り返し、フローリア様を万全な状態で転移させられるようになる頃には、すでに夕日が昇り始めていました。
反復練習のおかげで地脈というものをなんとなくは理解ができましたが、シリア様やフローリア様のように、地脈から魔力を借りて魔法を行使する領域に至るまではまだまだ練習が足りなさそうです。
『さて、そろそろ時間じゃ。仕上げと行くかの』
シリア様はそう言いながら私の肩に飛び乗り、転移の準備をするように促してきました。
私は杖を構えなおし、自分とシリア様に流れている魔力を把握するように努めます。
フローリア様の魔力の流れは、完全に別人であるため明確に把握しやすかったのですが、シリア様は私と魔力リソースを共有していたり、私の体内に魂が入っていたりとかなり特殊なこともあり、自分のものと誤認してしまわないように気を使わなくてはなりません。
「大丈夫よシルヴィちゃん。何か事故っても、私が助けてあげるからね」
「ありがとうございます、フローリア様」
『なに、妾がついておるのじゃ。万が一、事故が起きようとも妾が何とでもしてやる』
「あー!? なんでそうやって、自分の方が優れてるからみたいなアピールするの!? シリアの意地悪! 大人げないわ!」
『事実、魔法技術に関しては妾の右に出る者はおらんからのぅ! くふふ!』
不満そうに頬を膨らませるフローリア様に、シリア様は意地悪く笑います。
そんなやり取りに微笑ましさを感じながらも、転移の準備が整ったことを伝えることにしました。
「シリア様、いつでも大丈夫です」
『んむ。ならば実行するがよい』
「いきます……“転移”!!」
シリア様の魔力干渉を感じたと同時に、私の視界が眩い光で埋め尽くされます。
その眩しさに瞳を閉ざしていたのも束の間、次に目を開けた時には、私達はスピカさん達の農園の真ん中に転移することができていました。
『うむうむ、まぁ及第点と言ったところじゃな。おっと気をつけよシルヴィ、足元に作物があるぞ』
シリア様の仰る通り、私の足元のすぐそばには彼女達が丹精込めて作っているであろう作物が植えられていて、あと二歩横にずれていたら畝ごと踏んでしまうところでした。
「次回からは、もう少し正確に転移できるようにならないと危ないですね」
『そのためにも、後でここの地脈をしっかり記憶しておくことじゃな。ほれ、あそこで言い争っておるのが噂の植妖族じゃろう?』
「はい。先ほど私達が見た姿と似ています」
『まずはあ奴らを言い負かすことからじゃ。妾達も加勢に行くぞ』
畑を踏んでしまわないように気を付けながらスピカさん達の下へ移動すると、私達に気が付いた植妖族の女性が指をさしながら声を上げました。
「あー! 昼間のカースド・イーグルに乗ってた人間!」
「ん? あぁ、来てくれたか魔女殿!」
「ま、魔女!?」
スピカさんの歓迎の声に、彼女達はざわつき始めます。
中には、私を見ながら顔色を悪くしている方もいらっしゃるようで、メイナードほどとはいかないものの、私という存在も恐れられているように感じられました。
とりあえず、メイナードと来た時ほどパニックにはなっていないようですし、会話を試みることにしましょう。
「初めまして、植妖族の皆さん。私はこの森に住んでいる魔女、シルヴィと言います。こちらは私の師匠、シリア様です」
「猫が師匠って……」
「実はこの魔女、大したことないんじゃないの……?」
『そこ、燃やされたいのならばそう言うがよい』
普段よりトーンを下げて圧を掛けるシリア様の声に、ラナンキュラスの花とガーベラの花を思わせる植妖族の女性達がびくりと身を竦ませます。
しかし、そんなシリア様の圧にも臆せず、白百合を彷彿とさせる衣装に身を包んだ、騎士のような植妖族の女性が一歩前に出てきました。
「魔女だろうと何だろうと、我らの邪魔をしないでいただきたい。我らはこの地を侵略してきたハイエルフに用があるのだ」
「はい。それはスピカさん達から伺っています」
「ならば何故、我らの前に立ちふさがろうとする? よもや、ただの私的感情だけで動いているわけでは無いだろうな?」
彼女はシリア様さながらの圧を放ちながら、私を射貫くような鋭い視線を投げてきます。
しかし、ここで私が怖気づいては、私がレオノーラから言質を取っていると言えども信ぴょう性が揺らいでしまいかねません。
威圧感に堪えながら彼女を真正面から見返し、言葉を返します。
「私の個人的な理由ではありません。私は、この地の浄化を依頼された魔女であり、この地を所有していた魔族の王と、彼女達ハイエルフとの契約に立ち会っている者です」
「何?」
訝しむような視線に代わる白百合の女性に、私は続けます。
「この地は以前から、魔族領特有の魔素濃度の高さと粗悪な土壌のせいで、まともに農作業ができない土地でした。そんな作物すら育てられない環境下では、あなた達植妖族も十分な栄養素を摂ることができないはずです」
「それが何だと言うのだ。我らは以前からこの土地に」
「いいえ、それもあり得ません。ここをハイエルフへ貸与する前から、この地にはあなた達が住んでいなかったことも、魔族の王から確認を取っています」
淡々と告げる私に、白百合の女性は悔しそうに歯ぎしりを鳴らしました。
それを見たガーベラの女性は、またしても私を指さしながら声を上げます。
「そもそも、魔王と繋がりがある訳がないじゃない! たかが魔女一人に、魔王が関係を築く訳がない!」
「そ、そうだわ! 出まかせよ! リース様、負けてはいけません!」
ラナンキュラスの女性までも加勢し始め、リースと呼ばれた白百合の女性を鼓舞します。
彼女達が信じたくない気持ちは分からなくは無いですが、事実である以上どうしようもありません。
私はポケットからレオノーラのペンダントを取り出し、魔力を流し込んで連絡を試みます。
すると、やや不快そうな声色のレオノーラが応答してくれました。
『もう、今いいところでしたのに! 何ですのシルヴィ、植妖族絡みで面倒なことでも起きまして?』
「すみませんレオノーラ。一介の魔女に過ぎない私が、魔王であるあなたと付き合いがある訳がないと信じていただけなくて」
『あぁ、そういうことですの? 何ともまぁ、無様な言い訳をする種族ですわね』
呆れた口調で嘲笑するレオノーラは、すっと声色を変え。
『我に歯向かわんとする愚かな種族よ。魔王、レオノーラ=シングレイが命ずる。ひれ伏せ』
体の奥底から震え上がりそうな命令に、私まで無意識で膝をつきそうになります。
彼女の配下ではない私ですらそう感じるそれに、魔族である植妖族が逆らえる訳もなく。
「う、嘘だ……こんなことが、あり得る訳が……」
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「うぅ、うぅ……!!」
植妖族の彼女達は、私達に対して綺麗に平服する体勢を取っていました。
ガーベラとラナンキュラスの植妖族の女性達は、目の前に本物がいるかのように怯え切ってしまっていて、大粒の涙をぼろぼろと零しながら謝罪の言葉を口にしています。
『これでよろしくて? 他に無ければ切りますわよ』
レオノーラの言葉で現実に引き戻された私は、慌ててお礼を伝えます。
「すみませんレオノーラ。忙しいところお邪魔しました、ありがとうございます」
『この程度、造作もありませんのよ。全く……ラヴィリス一有名なケーキ屋で、二時間も並んでようやく手に入れたケーキが台無しですわ』
どうやらレオノーラは、大好きな甘味を前にタイミング悪く水を差されたことで、不快感を覚えていたようでした。
ぷつりと連絡を切られてしまい、今度美味しいケーキを作ってあげましょうと内心で思いながら苦笑する私に、シリア様が問いかけます。
『して、どうするのじゃ。あ奴の絶対命令は、妾達では解くことができんぞ?』
「「えっ」」
スピカさんと口を揃えて声を漏らしてしまいます。
試しに白百合の女性に顔を上げるよう頼んでみるも、シリア様の言う通り彼女自身の力では抗えないようです。
すぐにレオノーラに解いてもらうよう頼みたいところでしたが、先ほどの不快そうな様子を目の当たりにして、再度頼むのも忍びないと思ってしまい、植妖族の皆さんには申し訳ありませんがそのまま話をするしか選択肢がありませんでした。




