339話 天空の覇者はケンカ好き
「そうか……では、やはりあの土地と植妖族は無関係なのだな」
「そうみたいです。ですが、通常であれば食事を必要としない種族であるにも関わらず、作物を要求しているのは不自然だということで、可能な限り調査するようにと言われています」
「ありがたい。我々にも、できる範囲で協力させてほしい」
情報共有を終え、植妖族に対する対策を講じ始めようとする前に、先ほどの光景を見ていたレナさんが問いかけます。
「ねぇ、さっきの華々しい女の人達が植妖族って種族なの?」
「あぁ。見た目こそ人間とあまり差はないが、彼女達が纏っているのは服ではなく、葉や花そのものを弄ったものだ。植妖族は、自身の美しさを誇りに持っているからな」
「へぇー、あれは服じゃなくて体の一部なのね」
彼女達が去っていった方向を見ながらそう零すレナさん。
私としても、そう言った種族は魔獣園で見たアラクネ以来となるので新鮮さを感じてしまいます。
意識せず同じ方向を向いていると、私の肩で羽休めを始めていたメイナードが、ふと思い出したかのように口を開きました。
『そう言えば昔、あいつらが鬱陶しくて蹴散らしたことがあったな』
「またあんた、他の種族にケンカ売ってた訳!?」
『勘違いするな、我は売られた側だ』
「カースド・イーグルにケンカを売る種族というのも、珍しい気がしますが」
『あれは我が森に住みたくなった気分があった時期だった。降り立った森でちょうどあいつらに出くわし、我の燐光が有毒だから花が枯れるだの出ていけだのふざけたことを抜かしてきたから、嫌がらせに花を全てむしり取ってやったのだ』
体の一部でもあり、自慢の花を摘まれる彼女達を思い浮かべると、なんだか非常に申し訳なくなってきました。もしかしたら、先ほどメイナードを見て一目散に逃げだしたのは、そういうことが言い伝えられていたからなのかもしれません。
「あんたそれ、傍から見たら追剥ぎなんじゃないの……? しかもあんたはオスで、植妖族は一応メスなんでしょ?」
『だから何だ。我にケンカを売った者に性別など関係ない』
ハッキリと言い切ったメイナードに、流石のハイエルフの皆さんからも若干引き気味な視線が向けられていました。
微妙な空気が流れてしまっているこの場を何とかするべく、話題を切り替えることにしましょう。
「と、とりあえず! 次に彼女達が来るのはいつになるか分かりますか?」
「大体、昼前と夕方に一回ずつ来ていたな。もし今日も来るのならば、夕方頃になるだろう」
「そうですか。では、夕方になったらまた来ようと思います」
「分かった。魔女殿が来るまで、我々で時間を稼いでおこう」
「ありがとうございます」
スピカさん達に別れを告げ、一旦その場を後にします。
診療所に戻り、昼食の準備から始めようとした私に、酒場から戻られていたシリア様が声をかけてきました。
『戻ったかシルヴィ。して、植妖族とハイエルフの問題とは如何様なのじゃ?』
「ただいま戻りました、シリア様。それがですね」
料理を進めながら事情を説明している間、シリア様は今日はややお疲れなのか、テーブルの上で寝そべりながら尻尾をゆらゆらと揺らしていました。
一通り話し終えた後も尻尾を揺らしながら考えていらっしゃる様子でしたが、やがて事態を把握したらしく、その体勢のまま楽しそうに笑いました。
『くふふ! メイナードの奴、伊達に最強を語ってはおらんな。あ奴が姿を出すだけで、様々なことが複雑になる。まぁ人を怖がらせるという点では、大神様から賜ったペンダントを外したお主も大差はないがのぅ』
「これのおかげで、魔力が抑えられているのは本当に助かっています」
『うむうむ。じゃが、そうなると夕方に再度赴くならば、あ奴は置いていった方が良かろう。恐らくじゃが、神狼種であるエミリも畏怖の対象となろう。あれもあれで、神代の末裔と言われる種族じゃからな』
「では、夕方に向けて少し早めに診療所を閉めてしまい、徒歩で向かった方がいいでしょうか」
私の提案にシリア様はくふふと笑い、両腕の上に顔を載せます。
『お主は魔女じゃ。魔女の身でありながら、わざわざ地べたを歩いて向かう者がおるか?』
「できれば、メイナード無しで空は飛びたくないのですが……」
『分かっておる。じゃがシルヴィよ、そろそろお主も魔女らしい移動を覚えてもいいとは思わんか?』
魔女らしい移動と言われると、やはり本でよく目にする箒に跨って飛ぶ姿しか思い浮かびません。
あれ以外に何か手段があるのでしょうか……と思考を巡らせていると、それを遮るようにシリア様がフライパンを指さしながら指摘します。
『阿保! 手を止めるでない、焦げるぞ!』
「わわっ、すみません!」
『全く……。ならば、妾が答えを教えてやろう』
やや焦げ目がついてしまったステーキの硬さを確かめながら、シリア様の言葉に耳を傾けます。
『魔女とは、魔法を自在に操る者を指す。魔法には数多の種類はあるが、大本となる属性は六つじゃ。して、人は己が適正の高い属性をより伸ばすことで、卓越した魔法……いわば上級魔法と呼ばれる物を扱える。ここまではお主もよく分かっておるな?』
「はい。魔道の心得、初級にも触れられている内容ですね」
『うむ。妾で言えば土、レナで言えば風、フローリアの阿保で言えば雷と言ったように、生まれ持った適正を伸ばすことが力の向上となる。ここで改めて問うが、お主の適正はなんじゃ?』
「光、のはずです」
『正解じゃ。光は聖なる力であり、癒しの力でもある。悪しき者から民を守護し、傷を負った者を癒すことに長けておる。じゃが、そんな光属性にはもう一点、強力な利点があっての』
ステーキ肉を切り分け、やや豪勢なハンバーガーを作り終えた私が視線を向けると同時に、シリア様はニヤリと笑みを向けてきました。
『レオノーラが使っておった、転移の魔道具があったじゃろう? あれは何の属性じゃと思う?』
「今の話の流れからの推測となりますが、もしかして……」
『うむ。転移は光属性が得意とする上級移動魔法じゃ。故に、ある程度戦闘にも慣れ、己の魔力の使い方も把握してきておるお主であれば、そろそろ扱うことも容易かろう』
転移魔法と聞いて、エルフォニアさんが使っている影から出てくるアレや、魔導連合の使者の方が使う亜空間移動などが浮かび上がります。
あれを私も使えるようになる。それだけで、何だか本格的な魔女らしさを出せそうな気がしてきました。
シリア様の言葉に胸を弾ませる私を、シリア様は微笑ましそうに眺めていました。




