337話 ハイエルフ達は難癖を付けられる
月日は流れ、あっという間にほんのりと陽気が感じられる三月を迎えました。
ハイモンド商会との取引もかなり順調で、ポーションの大量生産体制が整ってからというもの、フェティルアに卸す分も増えたことで、毎週凄い量の金貨が私の下へと支払われています。
とはいえ、日常で使う分を遥かに超えてしまっているこのお金を、何とか有効活用することはできないかとレナさんと悩んでいた時、診療所のドアがお客さんの来訪を知らせる鐘を鳴らしました。
「いらっしゃ――あー! 久しぶりじゃないスピカ! それに村のみんなも!」
「あぁ、年始にイチゴを届けた以来だ。久しぶりだな、レナ殿」
「久しぶりだなレナちゃん! 身長はあんま伸びてないみたいだな!」
「うっさいわよ! 気にしてるんだから言わないで!」
賑やかな受付の方へと顔を出すと、ハイエルフの方を数人連れたスピカさんと、私を見て即座にポージングを決めている獣人の皆さんがいらっしゃいました。
なるべく視界に筋肉が入らないようにしながら、私も挨拶を交わします。
「お久しぶりです皆さん。もう冬越えは終わったのですか?」
「きゃー! 魔女様久しぶりぃ! 元気だった!?」
「魔女様ー! あら!? もしかして魔女様、ちょっと育ってるんじゃないのこれ!?」
「ちょ、ちょっとお二人とも! やめてください!」
「こらこら、魔女殿が困っているだろう。すまないな魔女殿」
スピカさんに引き剥がされるお二人に苦笑しながら服装を整えていると、村の方々が今度は自分達の番だと言わんばかりに再びポージングを決め始めました。
「見てください魔女様! どうですかこの仕上がり! 綺麗に割れたシックスパック! 隆起した大胸筋! 腕に飼ってるフタコブラクダ! 俺達の筋肉の前じゃ冬なんて敵ではありません!!」
「冬越えで多少衰えましたが、また咲かせて見せますよ肉の花!!」
「「むぅん!!」」
本音を言うと、そのまま衰えていって欲しいです。
私の心境を悟ったレナさんが視界を遮るように入ってくださるのは大変ありがたいのですが、悲しいことに彼女の身長では全てを遮ることはできませんでした。
「そうだ魔女殿。今日は相談があって来たのだが、今時間をもらっても大丈夫だろうか?」
「相談ですか? はい、まだ患者さんはいらっしゃってないので大丈夫です」
「そうか、すまない。相談というのはだな……」
スピカさんは言いづらいのか、どう切り出すべきか言葉に悩んでいるようです。
森に住んでからだいぶ経ちますし、今さら悩むようなことはと思っていると、後ろに控えていたハイエルフの方に急かされたようで、若干疲れ気味に聞いてきました。
「以前、魔王殿に土地を分けていただいて農地にしたことがあったのを覚えているだろうか?」
「えぇ、覚えていますよ。魔素濃度が高すぎて作物が作れないからと、私が浄化しに行った場所ですよね?」
「あぁ、あそこは今も大切に使わせていただいている。ただ、あの地には少し問題があってだな」
「魔女様魔女様、植妖族って知ってる?」
「植妖族?」
初めて聞いた種族名です。言葉通りの意味なら、植物に関連する魔獣の一種でしょうか。
レナさんに視線で問いかけるも、異世界人であるレナさんが知るわけもなく、ふるふると首を振られました。
そんな私達の反応を見たハイエルフの方が、「植妖族はね」と説明をしてくださいました。
「簡単に言えば、植物と共存する妖精みたいなものかな。体の構成はほとんど植物なんだけど、見た目が人って言えば伝わる?」
頭の中で、チューリップの花弁に顔を書き加えた、謎の人型モンスターが出来上がってしまいました。
流石にこれではないでしょうと頭の中から追いやり、改めて問い直します。
「実物を見たことがわからないので何とも言えませんが……。その植妖族がどうかしたのですか?」
「どうやらあの地が植妖族の縄張りだったらしくてな。今さらになって、自分達の住処を奪っただのなんだのと言いがかりをつけてきているのだ」
「それで、作物をよこせーとか言ってきてるの! どうかしてるわ!」
「レオノーラからそう言った話は聞かされていなかったのですよね?」
「あぁ、だから我々としても困惑しているんだ。もし本当であれば、彼女達の言う通り勝手に土地を荒らしたことを詫びるべきだとは思うのだが……」
なるほど。これは恐らく、私を通してレオノーラに聞いてみてほしいという相談なのでしょう。
「事情は分かりました。ひとまず、私からレオノーラに聞いてみようと思います」
「手間を掛けさせてすまない魔女殿。お詫びと言ってはなんだが、これを食べてくれ」
スピカさんからバスケットを受け取ると、中には沢山の果物と薬草が詰め込まれていました。
中でも、レナさんが好んでいるイチゴがやや多量に入っていることから、受け取ったそばからレナさんの瞳が輝いています。
「わぁ! みずみずしい果物! ありがとうスピカ!」
「いや、これくらいは礼を言われることはない。皆で食べてくれ」
「ありがとうございます。それで、村の皆さんはどうしたのですか? 彼らも同じ相談ですか?」
ギリギリまで視界から追い出し続けていましたが、延々とポージングを決め続ける彼らを流石に無視ができなくなってしまいました。
私から話を振られた村の皆さんは、自慢の筋肉を見せつけながら答えます。
「実は俺達にも言いがかりをつけてきたんすよ! なんでも、この森の木々を勝手に伐採しただのなんだのって!」
「そんなこと言われても、俺達はもうずっと前からここに住んでますし、それこそ爺ちゃん達の世代より前からこの生活を続けてるんでどうにもならないって言いますか」
「何で今さら!? って感じで自慢の筋肉もびっくりしちゃいまして! そんな訳で、良かったら魔王様に聞いてくださいませんか? 植妖族とは言えども、魔族のはずなんで!」
「わ、分かりました。ではその件も併せて確認してみますね」
「「ありがとうございマッスル!!」」
どうしましょう。引き受けたそばから、やっぱり断りたくなってきました。
ややげんなりとする気持ちを何とか持ち直し、彼らを見送ってからレオノーラに聞いてみることにしましょうか。




