335話 勇者一行は迎えられる
「あっははははは! あははは! 勇者なのに奴隷ですか!? あはは――げっほげほ、あっははははは!」
「ミナ、失礼ですよ。如何に情けない結果であろうとも、彼らなりの努力を笑ってはいけません」
「いやぁ……それも中々失礼だと思うけどね?」
食事中にレオノーラに連絡を取り、迎えに来たミナさん達に引き取られていくセイジさん達は、延々とミナさんに大笑いされ続けていました。
当の本人達は何も言い返せないものの、恥ずかしそうに後ろ頭を掻くセイジさん、申し訳なさそうに何度も頭を下げているサーヤさん、自分は悪くないとツンとしているメノウさん、満腹感からどこかぼんやりとしているアンジュさんと反応も様々です。
「いやぁー、でも助かりましたシルヴィ様! これで見つからなくてホントに奴隷落ちしてたら、国交問題になるとこでしたよ! あ、これ魔王様からのお礼です」
やや重たい袋を受け取ると、中から硬貨が擦れる音が聞こえてきました。
「いえいえ、たまたま居合わせてよかったです。ところで、これは一体?」
「シルヴィ様がお支払いした分の補填金でございます。もし不足しておりましたら、再度取りに戻りますのでお申し付けください」
「えぇ!? 受け取れませんよ! だってわた――むぐ!?」
お金を使っていないことを言おうとした私の口が、突然フローリア様に塞がれました!
彼女に視線で問いかけると、フローリア様は私にニコニコと笑みを向けてからミナさん達に言いました。
「ありがとう~! だいたいこのくらいだから大丈夫よ!」
『うむ。レオノーラの奴にも、今後は目を離すなと伝えておくのじゃぞ』
本当にいただいてしまうのでしょうか……。
銅貨すら使っていないため良心が痛みますが、シリア様達がもらうべきと判断されているのならばそれに従うことにしましょう。
「大丈夫ですよ~! ミナ達が今後はお傍に付くことになったんで、もう無いです!」
「はい。我々は、給料の発生する仕事に関しては誰よりも忠実ですので」
「発言が守銭奴だわ」
レナさんの呆れた口調に対し、たまにレナさんが手でサインをしている“オーケーサイン”の手の内側を自身に向けながら、可愛らしく舌をぺろりと出して答えます。
「お金はなんぼあってもいいですからね!」
「その発言は危険だからやめなさい!」
時々、レナさんの中で行われている危険の判断基準がわからなくなります。
以前も私が料理をしていた時の会話で、「シルヴィってオリジナル料理開発とかやるの?」と聞かれた際に「うーん……そうですね、やりますねぇ」と間延びした返答をしたことに対し、何故か複雑な顔を浮かべながら言われたこともあるので、言われる度に何が良くて何が悪いのかが謎めていきます。
そんな私を気にせず、ミナさんとミオさんは転移の準備を進めながら別れの挨拶をしてきました。
「それでは~、またお会いしましょう皆様!」
「我々は先一か月はロムウェイで勇者様ご一行のお傍におりますので、何かご用命の際には魔王様へご一報くださいませ」
「まぁ魔王様も、今は人間領にいるんですけどね。グランディア王国の中でも随一の蔵書を誇る、国家図書館があるラヴィリスって街なんですけど、シルヴィ様ご存じですか?」
「ラヴィリス……いえ、初めて聞きました。どこら辺にあるのでしょう?」
私の疑問に、肩に飛び乗ってきたシリア様が答えてくださいます。
『ラヴィリスはオデュッシー領にある学園都市じゃ。国の政に関する取り決めや外交関係の一切を取り仕切っておる、重要拠点のひとつじゃな。確か、学業も盛んだったと覚えておるが』
「はい! 魔王様はそこで、人間側の知性を計る目的も兼ねて留学させていただいているんですよ!」
『あ奴が留学じゃと? 妾よりも長生きのくせに、何をいまさら学ぶというのじゃ』
「魔王様がこれまでに培われた知識はすべて、魔族領のみの物となっております。そのため、長らく敵対関係にあった人間側の知識については疎くなってしまわれます」
『それは分らんでもないが、あ奴がまともに学業に打ち込むのは想像できんな……』
「シルヴィ様達が良ければお越しになってみるといいですよ! 中々面白いところでしたので!」
「そうですね。機会があれば行ってみようと思います」
「はい! 魔王様はたぶんまだまだ残られていると思いますし、喜ぶと思いますよ!」
ニコニコと歓迎するミナさんに微笑み返している内に、転移の準備が整ったようです。
足元の転移陣が光り輝く中、セイジさんは改めて私達へのお礼を口にしました。
「ありがとうございました! 俺達、頑張って魔族のことを学んできます!」
『うむ。しっかりとその目で見て学び、己が領地に持ち帰るがよい。妾達はその先で待っていてやる』
「何度も迷惑をおかけしてすみません、シルヴィさん。次こそは、何か恩返しをさせてください!」
「大丈夫ですよサーヤさん。あまり気にせず、皆さんがやるべきことに取り組んでください」
「食事、ご馳走様。セイジ払いで請求しておいて」
「んな!? 何でだよメノウ! お前が一番食ってたくせに!」
「レディの食事代は男が持つ物でしょ? それに、一番食べてたのはアンジュだから」
「ご馳走さまでした」
「うふふ! アンジュちゃんはお礼が言えて偉いわね~。あ、そうだ! これお土産に持って行ってね」
フローリア様はお土産にと購入した、クロノス教の印が刻まれているバタークッキーを手渡しました。
それを受け取ったアンジュさんは、眠たそうだった瞳を少し見開いて輝かせます。
「ありがとうございます」
「いいのよ~! またカイナに遊びに来てね!」
「それは、遠慮したいです」
「えぇ!?」
「まぁいきなり身包み剥がされて奴隷にされてたら、嫌な思いでしかないでしょうよ……」
「そんなぁ~!」
レナさんに泣きつくフローリア様に全員で笑いながら、今度こそお別れです。
彼らに手を振りながら転移が発動するのを見届け、残された私達にシリア様が言いました。
『面倒な奴らも帰ったことじゃ。妾達も帰るとするかの』
「そうですね。フローリア様のお誕生日も改めてお祝いしなくてはなりませんし」
「えっ!? 何々、お祝いしてくれるの!?」
「あんたの生誕祭はやったけど、あたし達としては祝ってあげられてないでしょ? ちょっと遅れたけど、これから家でやろっかって話をしてたのよ」
「フローリアさん! お姉ちゃんにお小遣いもらったから、お誕生日プレゼント買ったの!」
「エミリ、それは後で渡しましょうね」
「うん!」
市壁を潜り抜けてメイナードを呼ぼうとしていると、感極まったらしいフローリア様が私達に飛びついて来ました。
「ありがとう~!! みんな、大好きよ~!!」
「わぁ!? ちょっと、動きにくいでしょ!」
「フローリアさん、苦しい……」
『シルヴィ! こ奴を早う引きはがせ! 妾ぎゅ!!』
「フローリア様! シリア様が潰れてしまいます!」
帰り道の間、フローリア様はシリア様に怒られ続けていましたが、それでも終始嬉しそうに誕生日会を待ち侘びているお姿は、とても微笑ましいものでした。




