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333話 魔女様は攻勢に出る

「それで、ええと……魔女様は奴隷をお求めとのことでよろしかったでしょうか?」


「はい。こちらのサーヤさんと、彼女と行動を共にしていた三名を同時にお願いします」


「四名ですか。そうなりますと、流石に当館としても働き手が不足する恐れがございますので、相応のお値段をお支払いいただくことになりますが……」


「おいくらでしょうか」


「一人当たり白金貨十枚。四人セットで三十五枚でいかがでしょう」


 白金貨三十五枚!?

 とんでもない値段設定に、私は思わず表情を崩しそうになってしまいました。

 払えるか払えないかで言えば、払うこと自体は問題は無いのですが、あまりにも高すぎると思います。


 そしてそれは、私だけではなく何故か隣に座っていたハーリィさんも目を剥く金額であったらしく。


「さんっ!?」


 と声を漏らし、即座にムーディさんに叩かれていました。

 ちらりとシリア様に視線を送ってみると、シリア様は表情を変えずに私達のやり取りを見守っています。

 今回は本当に、シリア様から何か助言をいただいたりすることは難しそうです。


 私は改めて、自分の頭で彼が提示してきた条件を考え直します。

 白金貨三十五枚ともなると、もう少し足せば人間領の街で十分立派な家を建てられる金額です。

 少し前に国王陛下からいただいた報奨金が確か百枚以上でしたが、それの三分の一ほどを要求してくるのはどうなのでしょう。


「いかがですかな、魔女様」


 判断を迫るかのように尋ねてくる彼に、私はすぐに返事を出すことが出来ません。

 ウェイドさんと同じハイモンド商会の方ですが、彼からはウェイドさんのような爽やかな商売の香りではなく、何か腐敗したような嫌な感じがしてしまいます。


 同じ商会なのに、地域が違うだけでここまで雰囲気が変わるとは……。そう考えていた時、ふとウェイドさん絡みであることを思い出しました。


「そうですね。確かに奴隷とは言えども、人の命である以上高価な物であることは理解しています」


「そうでしょうとも。そしてこれらは、優秀な素質を持った若い個体。その価値は、魔女様ならよくお分かりかと」


「えぇ。ですので、それを踏まえた上で値段の交渉をさせていただこうと思います」


 突然の私の申し出にムーディさんは一瞬だけ面食らったようにしていましたが、直後におかしそうに笑いだしました。


「ははははは! 魔女様、今ご自身でも仰られたではございませんか。人に付けられた値段を値切るとは、その者の価値を認めないと仰るようなものですぞ?」


「分かっています。ですが、以前私に対して刃を向けてきた者に、それほどの価値があるとは思っていません。それに、このような物もいただいていますので、どうせなら使わせていただこうかと」


 私は亜空間収納から、一枚の証書を取り出してテーブルに置きます。

 それを見た彼らは、一瞬で顔を青ざめさせました。


「こ、これは!! 当主様直筆の証書!?」


「ま、魔女様。これをどちらで……?」


「ハイモンド商会の現当主、ウェイドさんよりいただきました。こちらに、その際に契約させていただいた卸売りに関する契約書もあります」


 もう一枚契約書を取り出して彼らに見せると、特にムーディさんがこれまでの態度なんて無かったかのように媚びを売り出しました。


「これはこれは、大変失礼いたしました。私としたことが、魔女様にお伝えした値段を言い間違えてしまうとは」


「言い間違え、とは?」


「はい、言葉の通りでございます。先ほどは白金貨にして三十五枚とお伝えしてしまいましたが、これらの仕入れは金貨三十五枚でございました。そのため、お値段につきましても――」


「そうですか。そういう事であれば、金貨三十五枚から値切りを再開させていただきます」


「は、はい?」


「ですので、値切りを再開させていただきます。私からはまだ、値段については一切触れていませんので」


 私はそこで言葉を切り、真っ直ぐに彼を見据えます。

 私の視線を一身に受けたムーディさんは、まるで怖い物でも見ているかのように怯えた表情を浮かべていました。


「まずは、私が魔女であることを知りながら無礼を働いた点から。あなた方の商会の長であるウェイドさんは、相応の礼儀を弁えて私に接してくださいました。それに比べ、あなたは私に対して街で何と仰っておりましたか?」


「も、申し訳ございません! どうか、それにつきましてはご容赦いただきたく……」


「それはあなたの誠意次第です」


「で、では……私の無礼を差し引かせていただきまして、金貨二十枚でいかがでしょうか」


 一人当たり金貨五枚まで下がりました。

 正直、ここで終わらせてもいいとは思いますが、彼らの怯え方はどうも異常ですし、ウェイドさんには申し訳ないですが、これを使ってもう少し畳み掛けてみてもいいかもしれません。


「そう言えば先ほど、ムーディさんは街中で商売道具でもあるセイジさんに対して鞭を振るっていましたね」


「は、はい。それが何か……」


「私がそれを買い取ろうとしているのにも関わらず、あなたの手で傷物にした分は引いていただけないのでしょうか?」


 行儀悪くテーブルに腰掛けているシリア様は、心底楽しそうにニヤニヤとし始めています。

 どうやら、私はシリア様から見ても上手く交渉ができているようです。


「失礼いたしました! で、ではそちらも引かせていただき……」


「いえ、待ってください。それに付随して、ハーリィさんに少しお聞かせいただきたいことがあります」


「ひぃ!? わ、私に、何か……?」


 あからさまに怯えている彼は、私がサーヤさんと面識があると言った際にこう言っていました。



「もしや、魔女様に何か失礼を働いておりませんでしょうか? もしそうであれば、魔女様のお好きなように罰を与えていただいても構いません」



 そして、それに過敏に反応していたサーヤさんの様子から、恐らくここに売られてからそれなりの体罰などが行われていたに違いありません。

 つまり、次に斬り込むならこの点で良いはずです。


「ハーリィさん。あなたは先ほど、私と彼女が面識があったことに対して、失礼を働いていたら罰を与えていいと仰っていましたよね。あれはつまり、彼女に対してそういう待遇を取っていたからこそ言葉にできたのではありませんか?」


 私の予想通り、彼はぐっと言葉に詰まらせて冷や汗を一筋垂らしました。

 部下の失言にムーディさんのこめかみに青筋が浮かび上がりましたが、感情的にならないようにと必死に抑えながら私へ引きつった笑みを向けてきます。


「申し訳ございません魔女様。魔女様の仰る通り、奴隷に対する扱いがあまり良くはなく……。その点も引かせていただきまして、金貨十二枚でいかがでしょうか」


 一人当たり、わずか金貨三枚。ポーションにして六本とちょっとです。

 ここで止めるか、まだ押すか。その判断は私には難しいものですが、口は出さないと仰っていたシリア様が親指を立てながら横に振っているサインを出しておられるので、恐らくまだ押せという事なのでしょう。


 とは言え、他にはあまり交渉材料も無いので、最終手段に出てもいいかもしれません。


「えぇ。ではそれでお願いします」


 ほっと胸を撫でおろす彼らには申し訳ないとは思いますが、私の攻撃はまだ終わっていません。


「次回の卸売りの際に、ウェイドさんへはよろしく伝えさせていただきます。“私の友人を奴隷に仕立て上げ、あまつさえ傷をつけて身売りをしようとしていた”と。あぁ、金貨のお支払いは今で大丈夫でしょうか?」


 にっこりと笑いかけると、彼らは口を揃えて言いました。


「「お金はいりませんので、何卒ご内密にお願いいたします!!」」

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