9話 魔女様は特訓をする
レナさん達が我が家に住むようになり、早一週間。
今では私の診療の手伝いをエミリと一緒にこなしてくれる、頼もしい戦力となっています。エミリが主に受付を担当し、レナさんがお代の受け取り兼倉庫への運搬を担ってくださっていて、私は今まで以上に治療に専念できていました。
お酒担当のシリア様とフローリア様も時々言い合いをしている様子は見受けられましたが、なんだかんだお二人とも仲が良いので、新しい味のお酒を作りだしては大喜びで酒盛りをしています。たまにレナさんも交じって飲んでいるのを見かけて羨ましくも思いましたが、レナさん曰く「お酒は二十歳になってから」とのことで、私とエミリはお預け状態です。
そんな日々を過ごす傍ら、私とレナさんの魔女としての特訓も始まりました。
私は【制約】の都合上、攻撃関連は一切できないので支援と守護に特化することになり、レナさんは地球では運動が好きだったことから近接戦闘を主体とした魔法を鍛えることに。
私の教師役は女神のお二人が担当し、レナさんには何故かメイナードが担当しています。メイナードに理由を聞いたところ。
『アレはセンスは良いが力任せ過ぎるからな。我に一撃でも当てられるようになればまぁ及第点だろう。あとはからかい甲斐があるのも良いぞ、暇つぶしになる』
とのことでした。ほぼ最後の理由に収束しているようにも感じましたが、レナさんとしても負けっぱなしは悔しいらしく、メイナードを指名して毎日特訓をしているようです。
そして今日もお客さんが落ち着いたので、私達は特訓を始めています。
私の今日の特訓内容は、フローリア様の雷撃を防護結界で全て捌き切りながら、フローリア様の体のどこかに触れることです。
「シルヴィちゃ~ん! 痛くない~? 大丈夫~?」
「大丈夫です! もう少し強めでも防げると思います!」
「あらホント? じゃあちょびっと本気でやっちゃおうかしら?」
その言葉を聞いて、調子に乗るのではありませんでした。と後悔しました。これまで撃ち込まれていた淡々とした雷撃とは一変し、嵐のような雷撃が多方向から私に襲い掛かってきます。
「お、多すぎませんかこれ!? いやあぁぁぁぁ!! ひいっ!!」
「ダメよ~目を瞑っちゃ! しっかり見て防がないと隙が出来ちゃうわよ~!」
「そんなこと! 言われましてもー!!」
『これシルヴィ! 結界の魔力密度が低下してきておるぞ! あれをまともに食らえば二時間は動けんぞー?』
「二時間もシルヴィちゃんを好きにできちゃうのね! 私張り切っちゃおうかしら!?」
『くふふ! ほれほれ、気合じゃ気合! 当たれば何をされるか分からんぞー!』
無茶苦茶な!? こんなの気合でどうにかなるレベルではありませんよ!?
縦横無尽に襲い掛かってくる雷撃を必死に捌いていると、少し離れた先からレナさんの怒声が聞こえてきました。
「ちょっとあんた!! 目くらましとか卑怯でしょうが!!」
『卑怯な訳があるか。実戦ならば使えるものは何でも使うのが常識だ。あぁ、すまなかったな。貴様のような小娘はおままごとが相応しかったか』
「こんの鳥! 絶対丸焼きにしてやるわ!!」
『ふん、貴様如きが我に触れるなどと思い上がるなよ。さぁ次だ!』
どうやらあちらも一段階苛烈さを増すようです。これは私も負けていられません。
とりあえず今は目の前の雷撃に集中して、何とかフローリア様の近くへ寄らなければ……!
「あらあら、気合が入った目じゃない。その調子よシルヴィちゃん!」
「ありがとう、ございます!」
褒められて嬉しいのですが、全然進める気がしません。足を踏み出そうものなら、その甲を貫かんと的確に雷撃が落ちて来るので迂闊に足も出せない状況です。
いえ、逆に考えるのです。前に出れば確実に撃たれるならば、それを防ぐことを前提にしてさらに進むことが出来るのでは……?
『ほーぅ、中々に強硬手段に出たな』
「うんうん、悪くない判断だわ~。でも、ちょ~っと甘いわね」
全神経を前方に集中させることで、真っ向から防ぎながら進むことに成功し、フローリア様のもとまであと少しと言った時でした。突然背筋が冷える感触に襲われ、慌てて体を反転させて全力で防護結界を展開させると、無数の雷撃が結界を激しく撃ち込み始めました。
あと一瞬でも判断が遅れていたら、私の背中にこれが全部刺さっていたかもしれない――。そう考えると途端に恐怖が体を支配してしまい、思うように動けなくなってしまいました。
「は~い、残念でした♪」
「きゃん!?」
腰に微弱な雷撃が撃ち込まれ、体が跳ねてしまいます。振り向くと、いつの間にか背後にいたフローリア様に抱き付かれてしまっていました。
どうやら、今日も私の負けのようです。
「一点突破を思いついたのは良かったわよ~。でも、そこだけに集中しちゃってたせいで、周りが見えなくなっちゃってたのはダメね」
「はい……」
『まぁ、中火力魔法程度ならば容易く防げるようにはなっておる。あとは結界の精度を上げることと、状況判断力を養うのみじゃな』
「そうよ~? シルヴィちゃん、さっきの私の雷撃を簡単に防いでくれちゃって、もぉ~!」
「簡単に、ではありませんでした。少しでも気を緩めたら危なかったですし」
「それでも凄いわよ~! 普通の子ならまず防げないもの。シルヴィちゃんの将来が楽しみだわ~!」
『くふふ。お主は今のところ、レナしか比較対象がおらんからな。じゃが、気にせず今の調子で成長してればよい。期待しておるぞ』
女神様のお二人にそう言われ、負け続きの私でしたが少し気が楽になりました。明日こそとは思えませんが、いつかは必ず勝てるよう頑張りたいです。
「きゃあああああああ!!」
そんな私の近くに、吹き飛ばされたらしいレナさんが転がってきました。だいぶ土で汚れてしまっていますし、擦り傷や滲んだ血も増えてきています。
『どうした、もう終わりか?』
「はっ……はぁっ……。まだよ、もう一回!!」
『……威勢はいいが、体は限界の様だな。今日は終わるぞ』
メイナードはレナさんの足元を見ながらそう告げます。よく見ると、レナさんの足が疲労の蓄積で震えてしまっていました。とても良く見てくれているのですね、メイナード。
『なんだ主、その目は』
「いいえ。何でもありません」
『言っておくが、我は弱った獲物には興味が無いだけだ。変な誤解をするなよ』
「ふふ、分かっていますよ」
『ふん……』
照れ隠しのように、翼を大きくはためかせていつもの小さな姿に戻ると、私の肩に止まりました。
それと同時に、レナさんが仰向けに倒れ込んでしまいました。
「だあああああああ、今日も勝てなかったぁ!」
「お疲れ様~レナちゃん! 今日もボロボロにやられたねぇ?」
「なんでこっちの攻撃は掠りもしないのに、アイツの攻撃は全部当たるのよ! 理不尽だわ!!」
『お前が弱くて我が強い。それだけだ』
「いちいち煽るな! むっかつくなぁ!」
『くっくっく』
メイナードはお菓子を食べている時と、レナさんをからかっている時が一番楽しそうです。
前に『自分に挑んでくる者がいなくなった』と寂しそうに言っていましたし、自分は遊び半分でも毎日全力で挑んでくるレナさんを気に入っているのでしょう。微笑ましい限りです。
『ほれ、レナは早う風呂に入ってこい。汚れたまま家に上がられては敵わん』
「あ、じゃあ私も一緒に入ってきちゃおうかしら~」
『好きにせよ。お主は知らん』
「も~、相変わらず冷たいんだからぁ。レナちゃん行こ行こ! たぁ~っぷり洗ってあげるからねぇ♪」
「ちょっ、助けてシルヴィ! あたしもたまには一人でゆっくりしたいの!」
「あはは……いってらっしゃいレナさん、フローリア様。お風呂上りに冷たい物を用意しておきますね」
「裏切者ぉ~! 後で覚えてなさいよ~!!」
賑やかなお二人がお風呂へと向かい、私達も家の中へ戻ろうとした時。それは突然やってきました。




