332話 魔女様は商館に乗り込む
私達が辿り着いた商館の横には、先程セイジさんが押していた荷車があり、積み荷が全て卸されています。
恐らく、この商館の中に積み荷を運搬していた物と見て間違いないでしょう。
「エミリ、私から離れないようにしていてください。あと、もしかしたら戦いになってしまうかもしれませんので、神狼になれるようにだけ準備はしておいてください」
「うん……!」
大きく深呼吸をし、そっと扉に手を掛けて中へと足を踏み入れます。
すると、私達の来訪を告げる鐘が鳴り、先程の方とは別の商人の男性が姿を現しました。
「おぉ……! これはこれは、大変珍しいお客様ではございませんか。ようこそ魔女様、ハイモンド商会カイナ分館へ。私、ハーリィが歓迎いたします」
ハイモンド商会と聞いて、私はふと年末にポーションの卸売りの契約をした彼を思い出しました。
なるほど。どうやらこちらの商館は、ウェイドさんが会長を務めている商会の分館であるようです。
「初めまして、私は魔女のシルヴィと申します。こちらは私の助手のエミリです」
「魔女シルヴィ様に、助手のエミリ様ですね。改めまして、ようこそおいでくださいました。ささ、立ち話も何ですので、どうぞこちらへ」
人当たりの良い営業スマイルを絶やさないハーリィさんの後に続いて、私達は応接間へと通されました。
そこそこ立派なソファに腰掛けるよう促されて腰を下ろすと。
「失礼いたします。お茶をお持ち致しました」
「ご苦労」
これまた見覚えのある姿に、私は声を上げてしまいます。
「サーヤさん!?」
「え? あ、シルヴィさん!? お久しぶりです!」
胸元がかなり強調されるような給仕服に身を包んでいたのは、セイジさん一行の僧侶を務めていたサーヤさんでした。
彼女は客人が私だと分かるや否や、ほっとしたように顔をほころばせます。
「おや、魔女様はこれとお知り合いでしたか」
これ、と物であるかのような扱いを受けていることに不快感を感じますが、ここで感情を表に出しては話ができなくなってしまいます。
セイジさん達を取り戻すためにもとグッと堪え、こちらも余所行きの笑顔で対応します。
「はい。彼女とは少々面識がありまして」
「左様でございましたか。もしや、魔女様に何か失礼を働いておりませんでしょうか? もしそうであれば、魔女様のお好きなように罰を与えていただいても構いません」
彼のその言葉に、サーヤさんがびくりと身を震わせ、顔を青ざめさせました。
トレイを握りしめる手は小さく震えていることから、彼女がここで何か酷い目に遭っていたのだと想像することは難くありませんでした。
不安そうにキュッと私の手を握ってくるエミリに、大丈夫ですよ微笑んでから、私は彼の提案を利用させてもらうことに決めました。
「そうですか。本日こちらに来た理由は別にありましたが、せっかくですので、彼女で代用させていただこうと思います」
「代用、と仰られますと……何か魔法での実験材料と言った物をお探しでしたか?」
「はい。その魔法の研究には人体標本が必要なので、奴隷の少年少女を買いたいと思っていたのです。以前彼女とそのお仲間は、私達に刃を向けてきたのでちょうどよいかと思いまして」
私の言葉に、サーヤさんとハーリィさんがぎょっとした表情で私を見つめてきます。
以前エルフォニアさんが、レナさん達に対して怒った時に口にしていた言葉を借りましたが、これ以上無いくらい魔女への恐怖を煽るには最適なようです。
ハーリィさんは動揺を隠すようにと笑顔を取り繕い、私に言います。
「さ、左様でございましたか。確かに、これや他の新入りは気が強く活きが良いため、魔女様の研究材料としては最適でしょう。ですが、奴隷の買い取りとなりますと、私の一存では少々決めかねてしまいます。申し訳ございませんが、上の者と相談させていただいてもよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
「ありがとうございます。では、今しばらくお待ちくださいませ」
ハーリィさんは半ば逃げるように席を立ち、部屋の中には私達のみが残されました。
誰も部外者がいないことを入念に確認したサーヤさんは、恐る恐ると言った具合に私に尋ねてきます。
「あ、あの、シルヴィさん。さっきのは冗談、ですよね? ね?」
「勿論です。ですが、彼らを騙すには悪い魔女を演じる必要があるので、もし何をしたか問われた際には、私達を討伐しようと森へ来た時の事をそのまま話してください」
「はぁ~……良かった、本当に殺されちゃうのかと思いました」
安堵から脱力してしまいそうなサーヤさんに微笑んでいると、廊下の方からやや重みのある足音が聞こえてきました。
私は表情を改め、恐らくは先ほどの荷車に乗っていたであろう商人の方の来訪を待ちます。
「魔女様! 大変お待たせ致しました。こちらが、当館の責任者を務めておりますムーディでございます」
「なっ!? お、おま――いえ、大変失礼いたしました。貴女様は、先程街でお見かけした魔女様ではございませんか」
「えぇ、先程ぶりです。その節は、魔女だかなんだかと扱われてしまいましたので忘れられているかと思いましたが……覚えていただいていたようで何よりです」
すみませんラティスさん。私の中でラティスさんの人柄がよくない訳では無いのですが、こうした悪役を演じる時はラティスさんを真似た方が良いような気がしてしまうのです。
にっこりと笑いかけると、更に怯えたようにたじろぐムーディさんとハーリィさん。そんな彼らに、私から席に座るように手で促します。
……きっと、こんな姿をシリア様に見られたら大笑いされているのでしょうね。
『くははは! なんじゃなんじゃ、中々様になっておるではないか! 存外、悪役も悪くは無かろう?』
そうですね、まさしくこんな感じ――。
いえ、おかしいです。何故頭の中で描いていたはずの声が、正面から聞こえてくるのでしょうか?
まさかと思いながら瞳を開けると、テーブルに腰掛けている半実体のシリア様が笑っていました!
慌てそうになる心を必死に押し留め、冷静を保ちながら念話で会話を行います。
『し、シリア様!? いつからいらっしゃったのですか!?』
『まさに今じゃよ。エミリからレナ宛に勇者を取り戻しに行くとメッセージがあったのでな、先んじて妾だけお主の下に飛んできたという訳じゃ。……しかし、なかなかどうしてハマっておるな。やはりラティスの影響かの?』
『ラティスさんには内緒でお願いします』
『くふふ! よいよい。したらば、妾は今回は口出しをせぬ。お主の思うように事を運んでみるとよい』
『分かりました』
満足そうに頷くシリア様から、彼らへ意識を切り替えます。
せっかくですので、これまでに培った経験を活かして交渉を進めてみることにしましょう。




