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326話 魔女様は代理を務める

「どうして、こんなことに……」


「どうしても何もありません! 昨日お伝えした通りです!」


 私の嘆きと食い違っているシスターさんに、私はされるがままに着替えさせられています。

 あの後、大聖堂へ連れていかれて一瞬だけ一人になれる時間があったのですが、フローリア様のウィズナビなので私の魔力では反応しないことが判明してしまい、レナさんやシリア様へ連絡を取れない状況となってしまっていました。


 そしてどうすることもできないまま時間だけが過ぎていき、本来ならばフローリア様がこなすべき政務を私がやらなくてはならない現状です。

 誰も私のことを偽物のフローリア様だと疑わないまま着替えをさせられてしまい、姿見に映る自分の姿に苦言を呈してみます。


「この格好は、ちょっと……」


「何を仰られますかフローリア様! これはフローリア様の神聖な神衣(かむい)ではございませんか!」


「ええと、今日はその、肌寒いので」


「肌寒い? ですがフローリア様、これまでも何度かお聞きいたしましたが、神衣は夏も冬も関係ないと仰られてはいませんでしたか?」


 そう言えばそうでした。

 以前、フローリア様に秋服を異世界で購入していただいた際に、そのようなことを仰っていた気がします。


「そ、そうですね。別に寒くは無いのですが、その、皆さんから見たら寒そうに見えるかと」


「そのような事はございません。我らはフローリア様がどのような出で立ちでおられようとも、その尊き御身を拝めるだけで十分なのです」


「はぁ……」


 先程から何回か、「やることを覚えていない」「服装を変えたい」とお伝えしているのですが、その都度「我々がサポートいたします」「フローリア様は神衣姿が大変お似合いです」と押し切られてしまい、何を言ってもこちらの要望を聞いてくださいません。


 それに、口調も仕草も何もかも異なるはずなのですが、何故誰一人として私がフローリア様ではないと気づいてくださらないのでしょうか。

 もしくは、普段とは違う様子であっても、自身の信仰する神様であるから言い出すことが出来ないのでしょうか。


 私はそっちの可能性に賭け、聞いてみることにしました。


「あの」


「はい、どうかなさいましたか? あぁ、羽衣が乱れておりましたでしょうか? 申し訳ございません、ただいまお直しいたしますので」


「いえ、そうでは無いのですが。その、今日の私は、いつもと違うとは思いませんか?」


 私の問いかけを受けたシスターさんは、一緒に私の着替えを手伝っていたシスターさんと顔を見合わせ。


「申し訳ございません。私共、何か見落としておりましたでしょうか?」


「私共の不手際でございましたら、遠慮なく申し付けください!」


「ええと、そうではなく……なんでもないです、すみません」


 ダメです、どうやっても気づいて貰えそうにありません!

 その後もさりげなく普段とは違うという事をアピールしてみたり、フローリア様がやらなさそうなことを必死に考えて実行してみたりしましたが、どれも効果が無いまま私は演説会場へと連れていかれました。





「……親愛なるクロノスの子らよ。日々、過去を忘れず未来へ全身を続ける汝らに、女神の祝福を与えましょう」


 必死に覚えたセリフを口にしながら、眼下に集まっているクロノス教徒の皆さんへ柔らかく笑いかけ、両手を広げて迎え入れるような姿勢を取ります。

 そんな私に対し、彼らは一斉に跪いて祈りを捧げ始めました。中には昨日みたいに涙を流してしまっている人までいるようで、騙すような形になっているのがとても心苦しく感じてしまいます。


「また、カイナへ訪れた異教の人の子よ。汝らがもし、過去に苦しんでいるならば……」


 いけません。次に続けるべきセリフを思い出せず、言葉が詰まってしまいました。

 何とか思い出そうと思考を巡らせていると、視界の端にショートヘアのシスターさんがいるのを見つけました。彼女は手持ち用のホワイトボードに、次のセリフを書いてくださっていたようです。


「私が汝らを後悔という鎖から解放し、明日への道しるべを作りましょう」


 シスターさんに感謝しながら言葉を紡ぎ、その後も何回か助けていただきながら演説を終えた私は、すぐさま次の仕事へと向かわされました。


「ええと……。今度は何なのでしょうか」


「はい。こちらは教会へ多大な寄付を行った善良な市民に対する、女神様との握手会となります」


「握手会!?」


「はい。こちらがセリフ用の紙となりますので、膝の上に隠しておいてください。早速、一人目の誉れある市民が来ましたよ」


 シスターさんの言う通り、こじんまりとした部屋の中に身なりの整った男性が軽い足取りで入ってきました。

 彼は私と机越しに対面し、早速手を差し出してきます。


「あぁ、我らが女神フローリア様! こんなに間近でご拝顔できて、私は光栄です! どうか、我が身に祝福を!」


「え、えぇ。教会への寄付、感謝します。あなたの善行に、女神の祝福を」


 差し出された手を柔らかく握り返し、彼に微笑みます。

 すると、それだけで彼は感極まってしまったらしく、もう片方の腕で目元を隠しながら私に言ってきました。


「ありがとうございます、ありがとうございます……! この手、一生洗いません!」


 それは流石に不清潔なのでは……。

 何か言葉を返すべきかと考えていると、いつの間にか机の端に置かれていた砂時計が全て下に落ち、それを合図にシスターさんがベルを鳴らしました。


「はい、そこまでです」


「あぁ、そんな!? もう少しだけ、もう十秒だけでも!」


「なりません。ご退出願います」


「女神様! 女神様ぁー!!」


 彼の懇願も虚しく、筋骨たくましい修道士と思われる方々に連れられて行ってしまいました。

 その様子に苦笑していると、彼と入れ替わりで別の男性が入室してきていたことに気が付きました。


「おぉ、女神様……。なんとお麗しい」


 その男性はとてもふくよかな方で、声も体型から来る低さを伴っています。

 こちらの方も、先程の方同様に身なりが整ってはいることから、恐らく貴族の方なのでしょう。


 差し出された脂肪で膨らんだ手をそっと握ると、ふにふにとした独特の感触が手に伝わりました。

 少し気持ちがいいかもしれません、と小さく強弱をつけながら感謝の言葉を口にすると。


「おっほ! 女神様、そのようにニギニギされてしまいますと、おほほぉ!」


 彼は謎の奇声を上げ始め、声を上擦らせ始めました。

 その態度が少しだけ気持ち悪く感じてしまい、パッと手を放してしまいます。

 すると、彼は突然人が変わったかのように豹変し、顔を真っ赤に染めながら怒号を上げました。


「おい! 何故手を離した!? まだ時間は経っていないだろう!! 握り直せ! 早く!!」


「す、すみませ――」


 彼の言う通りに握り直そうとする私の手を、隣にいたシスターさんが手で遮ります。

 そっと彼女を見上げると、目の前の男性など比にならないほど怒りの形相を浮かべていました。


「貴様、我らが女神様に対して何という口の利き方を! 捕らえろ!!」


 その言葉に応じ、部屋の脇で控えていた先ほどの修道士の方々が一斉に飛び掛かり、彼を地面に押さえつけました。

 そしてシスターさんは太もものベルトから一本のナイフを引き抜き、彼の眼前に突き立てます。


 その行動を見て、次に彼女が何をしようとしているのかを察してしまった私は、立ち上がりながら制止を呼びかけます。


「ま、待ってください! 命を奪うのは認めません!」


 私の言葉にシスターさんの動きがピタリと止まり、ナイフをクルクルと弄びながら同じ場所へ格納しました。


「……本来であれば、女神様への侮辱は死罪。しかし、女神様が温情を掛けてくださったからには、貴様を殺すわけにはいかない」


 先程まで怒りで顔を赤く染めていたはずの男性は、血の気が引いたように青ざめさせながら小刻みに震えています。

 そんな彼に、シスターさんは冷徹に告げます。


「だが、女神様がお許しになっても法が許すと思うなよ? 貴様はその身に相応しい豚箱に送ってやる……連れて行け」


「ひぃっ!!」


 修道士の方々よりも体積があるはずの彼は軽く持ち上げられ、そのままあっという間に部屋の外へと連行されていきました。

 とりあえず、目の前で再び命が散るのは防げたことに安堵していると、シスターさんがハンカチを差し出しながら、申し訳なさそうに言いました。


「申し訳ございませんフローリア様。御身を斯様な下賤な豚に触れさせてしまいました。どうか、こちらでお清めください」


「あ、ありがとうございます」


「とんでもございません。御身をお守りするのは、我々修道女の責務でもありますから」


 やや油が移ってしまっていた手を拭きとっている私に、彼女は優しく微笑みます。

 これまでの慌ただしいシスターさんや、私の話を聞いてくれない方とは違って、この方は私に寄り添ってくださっている気がして、少しだけ心が軽くなるのを感じました。

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