323話 魔女様は懺悔する
クレープも食べ終え、賑やかな街並みを少し遠回りに歩きながら消化した私達は、異教徒でも懺悔をすることが出来るという教会の分館にやってきました。
既にそれなりの人が列を作っていて、懺悔そのものに時間が掛かってしまうことから、私達の番が来るのはまだまだ先になりそうです。
『……して、さっきから何をやっておるのじゃお主らは』
「え、シリア〇×ゲーム知らないとかマ? 冗談きついっすわ~」
暇を持て余したコーレリア様が、マジックウィンドウを使って九マスを描き、そこにレナさんやエミリと交代で〇と×を書き込んでいます。
私も初めて見る遊びなのですが、ルールが非常にシンプルなこともあって、エミリがずっと熱中しているようです。
「ん~……ここ!」
「はいざんねーん」
「あぁ~!? レナちゃん意地悪!」
「あはは! どうするエミリ、もう一回やる?」
「やる!」
まっさらなウィンドウに戻したコーレリア様がスラスラとマス目を描き、再び新しいゲームが始まります。
どうやらエミリはずっと先手をいただいているようですが、必ずと言って良いほどパターンが決まっているせいで、ことごとくレナさんに妨害され続けていました。
そんな三人を微笑ましく見守っていること数十分。
ようやく私達の番となり、まずはエミリが懺悔室の中へと向かっていきました。
「今更だけど、エミリって懺悔することあるのかしら」
「さぁ……? ですが、懺悔とはどういう物か説明した時に行きたがっていましたので、もしかしたら何か隠していたことがあるのかもしれません」
「エミリんの歳で~? なはは! んな訳!」
「そこのお客様、教会では静粛に願います」
「す、すみません……」
ケラケラと笑う声が大きかったせいで、シスターの方に怒られてしまいました。
口を尖らせて不服そうにしているコーレリア様に苦笑しつつ待っていると、懺悔室の中からエミリが静かに出てきました。
しかし、どうにもエミリらしくないと言いますか、別人では無いかと疑わしいほどに大人しすぎるその姿に、私は疑問を感じてしまいます。
「エミリ……?」
「お姉ちゃん。神様って、本当にいるんだね……」
『妾が目の前におるが?』
「ちょま! ウチも神だしエミリん!?」
「オホン!」
突然謎めいた発言をしたエミリにまたしても騒がしくしてしまい、私達を見る視線が厳しい物になっているのを感じました。
私はレナさんに先に入るように促し、視線から逃れるように瞳を閉じて待つことにします。
レナさんが懺悔室へ入ってから数分。
ガチャリと音を立てながら懺悔室から出てきたレナさんの手には、フローリア様からいただいたクロノス教徒のペンダントが握りしめられていて、これまたエミリ同様に静々とこちらへ歩いて来ます。
「……なんか、スッキリした気分だわ。神様って凄いわね」
『妾も神なのじゃが?』
「ウチも――むぐぐ!!」
再び騒ぎ出しそうになったコーレリア様の口を咄嗟に塞ぎ、静かにとサインをしながら解放します。
次はコーレリア様が入るのかと思っていましたが、彼女には懺悔する内容が無いらしく、私に入るようにと促してきました。
確かに、神様であるコーレリア様が神様に懺悔するというのもおかしな話ですね、と内心で苦笑しながら懺悔室へ入り、扉を閉めて椅子に腰かけると。
「ようこそ、迷える子羊よ。汝の罪を聞き届けましょう」
如何にも慈愛に満ちた、神聖ささえ感じさせる柔らかな女性の声が聞こえてきました。
まさか、本当に神様が部屋の奥にいらっしゃるのでしょうか? と一瞬考えてしまいましたが、私はこの声の持ち主が誰であるか即座に分かってしまい、あちこちで頑張っている彼女を労いました。
「お疲れ様です、フローリア様。あの後はこちらでお仕事されていたのですね」
「……我が身を敬遠なる女神様と重ねていただけるのは幸いですが、私は一介のシスターに過ぎません」
少し間がありましたが、フローリア様と思われるその声はシスターであると主張してきました。
恐らく、教会の方から身分を明かさないようにと言われているのでしょう。
「ふふ、失礼しました。では、私の罪を聞いてくださいますでしょうか」
「えぇ。貴女の罪を聞き届けましょう」
シスターさんを通じて神様に日頃の感謝をと思いましたが、相手がフローリア様であるならば、ここではなく直接言った方が良いかもしれません。
となれば、フローリア様に対して何か謝りたい事を探さねばならないのですが……。
何か無いかと思考を巡らせていると、先日うっかりやってしまったことを思い出しました。
「先日、我が家で同居している方が愛用されていた、可愛らしいマグカップを落としてしまいました」
一応、シリア様にお願いして模造品を作っていただいたのですが、異世界産の本物では無いため、多少品質が異なると思っていました。ですが、フローリア様は気にすることなく使っていらっしゃったので、バレることはなさそうですと、こっそり隠してしまっていたのです。
「幸い、私の魔法の師匠の方が手芸に強く、マグカップを作り直してくださったのですが、代替品であることを打ち明けられずにいた罪を、女神様にお許しいただければと思います」
「……良くぞ打ち明けてくださいました。あれは我らが女神様のお気に入りではありましたが、きっと気にしてはおられないでしょう。あなたの罪を、私も共に我らが女神様へ謝罪致しましょう」
一家庭の問題であるにも関わらず、女神様がそれを気に入っていたと言ってしまっているあたり、フローリア様であることを全く隠せていません。
それでもシスターであることを貫こうとする彼女に私は気づかれないように笑い、この際にいくつか不満に感じていたことを正直に言ってしまうことにしました。
「他にも、同じ同居されている方が洗濯物を出す際に、脱ぎっぱなしで放り込まれていること。クリスマスが終わってから再びお手伝いをしてくださらなくなったこと。食事の好き嫌いが多い事なども、少しではありますが不快に感じてしまうことがあります。寛容になれない私を、どうかお許しいただければと思います」
私が両手を組んで懺悔をしていると、奥の部屋からガタガタ、バタバタと慌てるような物音が聞こえてきました。
それに続いて、壁の端にあった扉が勢いよく開かれ、シスター服姿のフローリア様が平伏する姿勢のまま、器用にスライドしてきました。
「ごめんなさぁい! ごめんなさいシルヴィちゃん! お願いだから怒らないで~!!」
「ふ、フローリア様! 仮にも懺悔中なのですから、出てきてはいけませんって!」
「だって、シルヴィちゃんがこんなに怒ってたなんで知らなかったの~! ごめんね~!」
最早どちらが懺悔していたか分からなくなるほど、泣きながら私に赦しを求めてくるフローリア様に、私は笑いを堪えることが出来ませんでした。




