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322話 異世界人は交渉上手

 カイナなんとかパレードを終え、近くにあったクレープ屋さんで一休みしていたところで、まだまだ遊び足りなさそうなエミリが嬉々として私に聞いて来ました。


「お姉ちゃんお姉ちゃん! 次は何やるの!? またダンス!?」


「ダンスは、もう遠慮したいです……」


「えぇ~!? すっごく楽しかったのに!」


 そう言えばエミリは、ここのところペルラさん達とアイドルごっこをしていることもあって、歌やダンスにハマっているのでした。

 着替えの服も汗でびっしょりになるほど毎日練習しているようですし、あの程度ならエミリは一日中踊り続けられるのでしょう。


 とてもそんな体力がない私としては、何とかエミリの興味を逸らしたいところですが……。


「あ、じゃあこれとか行ってみない?」


「懺悔体験、ですか?」


 レナさんが指で示す項目を読み上げると、「あーね」とコーレリア様が説明してくださいます。


「本来はカイナ住みのクロノス教徒だけが懺悔できるんだけど、祭典中は余所者でも懺悔していいよ的なやつ。つっても、シルシルとか懺悔することなくなくない?」


「なくなくなく……ええと、無いでいいのでしょうか。そうですね、私は日々シリア様やフローリア様に助けていただいていますので、懺悔というよりは日々の感謝の祈りの方が近いかもしれません」


「たっはー! 冗談かましたのに真面目ちゃんリプされちゃった! ヘルプレナちー、ボケ殺しつらたん!!」


「シルヴィにボケは通じないわよ。どこまでも真面目で良い子だから」


『シルヴィに、ほんの少しでもユーモアセンスがあれば良かったのじゃがなぁ……』


「わ、私だって冗談のひとつやふたつ、分かります!」


 咄嗟に反論してみるも、エミリ以外の全員から胡乱気な視線を向けられてしまいました。

 これはきっと、言える物なら言ってみろという事でしょうか。


 私は小さく咳払いをし、早速レナさんに冗談を言ってみることにします。


「知っていましたかレナさん。今レナさんが食べているイチゴクレープですが、実はイチゴが一個も使われていません」


「いや冗談へたくそ過ぎでしょ。こんなのどこからどう見てもイチゴ――」


 レナさんはそう言いかけましたが、何故か私ではなく私の奥を見つめています。

 彼女の視線を追うように振り返ると、そこにはややぎこちない動きでクレープを作っている店主さんの姿がありました。


「ん、どしたんレナちー。まさかおじコン?」


「おじ様は好きだけどそうじゃないわ。ちょっとこれ持ってて」


 コーレリア様に食べかけのクレープを手渡し、すたすたとカウンターへ向かっていくレナさん。

 何をするつもりなのでしょうかと様子を見守っていると、レナさんは店主さんへ注文を始めました。


「イチゴクレープ頂戴。イチゴ多めで」


「あ、あいよ」


「は? レナちーまだ食べてんじゃん。欲張りなお年頃?」


『レナよ、お代わりは自由にすればよいが、せめて食べ終えてからにせんか』


「いいからちょっと黙ってて。それ食べてもいいから」


「謎~。んじゃエミリん、一緒に食べちゃおっか!」


「うん!」


 レナさんのクレープが二人で仲良く分けられているのを気にせず、彼女は店主さんが作っているクレープを凝視しています。

 それから間もなく、彼女の注文通りイチゴがより盛り付けられたクレープが完成しました。


「大銅貨五枚ね」


「ねぇおじさん、あたし結構鼻が利くの。本当にそれでいいのね?」


「な、何を言って……」


「あとね、個人的にだけど【(とき)の女神】様とも付き合いがあるの。これをお土産に持って行ってあげようかと思ったんだけど、これがおじさんのイチゴクレープで本当にいいのよね?」


 そう言うとレナさんは、服の中にしまっていたペンダントを取り出しました。

 それを見た店主さんは途端に焦り始め、顔色を悪くさせていきます。


「これ、言わなくても分かるわよね」


「ま、待ってくれ嬢ちゃん! これには深い理由があるんだ! だから頼む、女神様には」


「言うも言わないも、おじさん次第よ。それでおじさん、もう一回聞くけど……本当にこのイチゴクレープ、大銅貨五枚なのね?」


「い、いい! お金はいらない! だから、だからどうか黙っていてくれないか……?」


 何故か分かりませんが、レナさんが店主さんを脅しているようです。

 流石に見かねた私が席を立とうとすると、シリア様に服の裾をきゅっと摘ままれました。


『座っておれ。お主が口を挟む問題では無い』


「ですが……」


「シルシル、ちょいちょい」


 渋々座り直した私に、コーレリア様が耳を貸すように手招きしてきます。

 身を乗り出して耳を差し出すと、彼女は私に囁き始めました。


「多分だけど、レナちーガチでイチゴが使われてないって見抜いてる。だから詐欺じゃねって圧かけてるんでしょ」


「え、えぇ? 私、冗談のつもりで言ったのですが……」


「ウチも食べてみて初めて分かったけど、ほんっとびみょーに食感と味が違うっぽい。気にしなければ分かんないレベルだけど、シルシルの冗談が嘘を見抜いた的な感じ」


 そっとレナさんと店主さんの方へ向き直ると、レナさんは小声で店主さんに何かを言っているらしく、店主さんは汗を垂らしながら何度も頷き返し、いそいそとクレープを焼き始めています。

 やがて、新たに五個のクレープを用意した店主さんに、レナさんがにっこりと笑みを浮かべながら受け取り、見ていていたたまれなくなるほど頭を下げ続けている店主さんを無視して帰ってきました。


「見てこれ! おじさんがオマケしてくれたの! 食べながら次に行きましょ!」


「ですがレナさん……ぁ痛っ!?」


 突然、レナさんに足先を踏まれました!

 そのまま歩いて行ってしまうレナさんを、コーレリア様とシリア様が何も言わずに追って行きます。


「お姉ちゃん、レナちゃん行っちゃう!」


「はい、私達も行きましょう」


 よく分かりませんが、もう移動することになったのでしょうか。

 まだ食べかけのクレープを手に立ち上がり、店主さんに小さく頭を下げながら彼女の後を追いかけます。

 しばらく何も言わずに歩き続け、ある程度店から離れたところでレナさんは立ち止まり、私達にクレープを差し出しながら口を開きました。


「ごめんね、勝手に動いちゃって。シルヴィも足踏んで悪かったわ」


「いえ、それはいいのですが。一体何があったのですか?」


「さっきシルヴィが“イチゴクレープなのにイチゴが使われてない”って言ったじゃない? あの時、シルヴィの後ろでクレープ作ってたおじさんが、露骨にびくってしてたのよ」


 彼女は新しく作っていただいたクレープからイチゴを摘まみ上げると、それを見せつけながら続けます。


「これ、イチゴに近いけど実はイチゴじゃなくて、スイートベリーって果実なんですって。何でかは知らないけど、イチゴが輸入できなくなってるから代用するしかなかったんだって」


「マ? 全然違い分かんなかったわ~」


「あたしもおじさんの反応見るまでイチゴだと思ってたもん。素人には分かんないわよこんなの」


 ひょいと口に放り投げ、爽やかな甘みに頬を緩ませたレナさんは、飲み込み終えてから私達のクレープを指さしました。


「んで、フローリアから貰った特別製の信徒の証を見せながら、女神に献上するおやつなのに紛い物を出していいの? って揺さぶったら、ちゃんとしたものを他に用意するから黙っててくれって頼まれたって訳。そのついでに、新しいクレープを人数分作ってもらったけどね」


『くふふ! お主も中々に小悪党じゃな!』


「あたし悪い事してないわよ。詐欺してたのはおじさんの方」


「ウケる~! んじゃま、せっかくだしパクついちゃお! レナちーあざまる~!」


 大きく噛り付いて幸せそうに唸るコーレリア様を横目に、レナさんは私に意地悪そうな笑みを浮かべて言いました。


「という訳で、シルヴィは冗談が言えないってことでした! まだまだねシルヴィ!」


 その言葉に私は何も言い返す気力が湧かず、誤魔化すようにクレープを一口いただくのでした。

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