319話 魔女様は差別される
ひとしきり観光を楽しみ、長距離移動したエミリの疲労も考えて早めの宿を取ることにしたのですが。
「わぁ~、ちっちゃなお部屋だねお姉ちゃん!」
「一応、二人用とお伝えしたはずなのですが……」
『じゃが、これはどう見ても一人用というよりも前に、まともな部屋では無いぞ?』
案内された部屋に入ってみると、立派な外装からは予想もできない程、こじんまりとした部屋でした。
その、包み隠さず率直に言うとすれば、我が家の二階にある倉庫より少し広いかどうかといった手狭さに加え、部屋の半分をベッドが占めているせいで、結構な窮屈感を感じてしまうものです。
最低限の家具として、簡素な机や椅子、そしてクローゼットが置かれてはいるのですが、そのどれもがあまり状態が良いとは言えず、一度帰った方が良いのではと思ってしまうほどです。
『支配人が部屋を間違えたのやも知れぬ。一度フロントへ戻るぞ』
流石に違和感を覚えたシリア様の後に続いてフロントへと戻り、部屋の番号が間違ってはいないか確認していただきますが。
「えー、タウマト教のシルヴィ様ですね。はい、そちらのお部屋でお間違いはございません」
と、即座に返されてしまいました。
「どうしましょうシリア様。あまり大きな声で言うのは憚られるのですが、あの部屋にエミリを寝泊まりさせるのは心苦しいです」
『うーむ……。外装から見れば、あの部屋の数倍はあってもおかしくはないと踏んだのじゃがなぁ。妾の見立て違いか?』
やや負い目を感じておられるシリア様は、部屋に戻る足取りもややトボトボとしていらっしゃるようです。
すると、駆け足で私達の方へ駆けてくる足音が聞こえてきました。そちらへ顔を向けると、どうやら足音の持ち主はレナさんであったようです。
「し、シルヴィ!! ちょっと来て!」
「え? わっ、引っ張らないでくださいー!」
何故か軽くパニックになっているレナさんに腕を引かれ、別のフロアにあるという彼女の部屋へと移動した私達は、その部屋の内装に声を失ってしまいました。
「ね、ねぇ? ホントにあたし、一人部屋なのよねこれ!? これファミリー用じゃないのよね!?」
「え、えぇ……。レナさんとコーレリア様は、一人ずつ個室にしていただいたはず、ですが……」
『なんなのじゃこれは……』
「すごーい! レナちゃんのお部屋、お姫様が住んでるお部屋みたい!!」
エミリの言う通り、彼女が宿泊する部屋はあまりにも広く、童話や本に出てきてもおかしくない超高級家具が取り揃えられたものでした。貴族が寝泊まりするというよりも、最早国王や国賓が通されてもおかしくないと思えてしまうほど立派過ぎるものです。
私達の部屋との格差に驚愕しつつも、何か手違いがあったのでしょうかと支配人の方との会話を振り返ってみることにします。
「いらっしゃいませ。ご宿泊でしょうか?」
「はい、個室を三つお願いします。ひとつは子どもが一緒となるので、少し広めのお部屋だと嬉しいです」
「かしこまりました。失礼ですが、お客様はご観光の方でしょうか?」
「観光です。明日から始まるクロノス教の生誕祭を見に来ました」
「左様でございましたか。となりますと、お客様はクロノス教以外を信仰されていらっしゃいますか?」
「え? はい、私とこの子はタウマト教徒です。こちらのお二人はクロノス教徒ですが」
「なるほど。クロノス教徒のお客様が二名、タウマト教徒のお客様が二名で同室という事ですね。かしこまりました。でしたら、ちょうどお部屋が空いておりますのでご案内いたします。料金につきましては――」
……特に気になる手違いは無かったと思いますが、何故ここまで差が出ているのでしょう? と疑問を感じそうになりましたが、これまでのカイナの方々の対応を振り返るとそこまで不思議だとは思えませんでした。
思い返せば、この街に来て最初に訪れた市壁での対応もそうでした。彼らは口を揃えて、「〇〇教徒の」と強調していたのをよく覚えています。
ということはやはり、この街において異教徒はあまり歓迎されていないという事なのでしょう。
「シリア様。やはりタウマト教徒だという事を告げたからなのでは無いでしょうか」
『そこまで邪険にされるほど、誤った教えは説いておらんのじゃが……』
「ちなみになんだけど、シリアのそのタウマト教ってどんな宗教なの?」
レナさんからの質問に、シリア様は良くぞ尋ねたと言わんばかりに私の肩へ飛び乗り、自信満々に説明を始めます。
『タウマト教は、主に探究心を忘れず自己研鑽に励む者を中心とした宗派じゃ。というのも、これは妾の生き様を現しておるものでな。妾が生涯を通し、魔導を極め続けた末に辿り着いた神の座という極致があるように、己を磨き上げ続ければいずれは目標に辿り着けようという教えの下、日々信心されておる』
「シリア様も、フローリア様同様に神からの御言葉というものはあるのですか?」
『うむ。妾の場合は』
シリア様はそこで言葉を切り、たっぷり溜めに溜めてから言いました。
『汝、常に歩みを止めるべからず。求める者はいずれ辿り着く。じゃ』
「へぇー、努力を惜しむなってことでしょ? いいじゃない、結構好きよその思想」
「私もそう思います。魔導士を志す魔女にとって、日々の研究は怠れませんから」
『くふふ! レナも妾を信心しても良いのじゃぞ? あんなぼんくらよりは、余程為になることを教えてやろう』
「それはありがたいけど、あたしは別に魔女になりたくてなった訳じゃないから遠慮しておくわ」
『なんじゃつまらん。まぁよい、気が変わったら言うのじゃな』
まるでレナさんが自分から来ることが分かっているかのような口ぶりに、私は笑ってしまいました。
そんな中、まだ魔女や神様についての話が理解できていないエミリが、私のローブをくいっと小さく引いて来ます。
「お姉ちゃん、お部屋どうするの?」
「そうでした。どうしましょうかシリア様、私達だけでも別の宿を取った方が良い気がしますが」
「シルヴィ達の部屋、そんなに酷いの?」
「えっとね、ベッドでお部屋が半分も無かった! すっごくちっちゃなお部屋だよ」
「そんなビジネスホテルじゃあるまいし……」
疑うレナさんを連れて行くと、「ごめん、エミリの表現があれだと思ってたわ」と謝られてしまいました。
彼女に苦笑しつつ軽くベッドに腰掛けてみると、まだそこまで体重を掛けていなかったにも関わらず、ミシミシッと非常に嫌な音が聞こえてきました。
無言で顔を見合わせてしまった私達は、レナさんとコーレリア様にはこの宿で泊まっていただくことにして、もう少しまともな宿を探しに行くことにしました。




