315話 女神様は働きたくない 【フローリア視点】
「フローリア様。こちらが、明日から行われるフローリア様生誕祭のスケジュールになります」
「え、えぇ~……? 何か今年、やること多すぎないかしら?」
「昨年までに比べると百三十パーセントほど増えておりますが、それもカイナの民の為です。ご承認くださいますよう」
ご承認、って言われてもねぇ。
かなりおじいちゃんな教皇くんから差し出された書類には目を通すけど、まぁ字がびっしりで目が滑る滑る!
「というよりもこれ、何十枚あるのかしら? 全部に目を通さないとダメ?」
「当日、フローリア様に行っていただく政務となりますので、必ずお目通しください。全てで四十五枚となります」
「うへぇ……」
確かにクロノス教徒のために張り切ってあげたいところだけど、ここまでスケジュールがみっちりだとやる気が無くなっちゃいそう。
あ、そうだわ! コーちゃんにいくつか手伝って貰えば――。
「なお、コーレリア様は現在、お客様のご対応中とのことでございます。そのお客様がカイナ滞在中は、手が離せないとのことでございます」
「えぇ~!? なんでよコーちゃ~ん!!」
完全に先回りされた回答に、私は机の上に上半身を投げ出す。
無理よこんなの! 一人でやるお仕事の量じゃない!!
「そもそも、演説なんていらないんじゃないかしら!? 祝詞を贈るんだし省いて良くない!?」
「なりません。祝詞は民に贈るものであり、演説はカイナを訪れた愚かな他宗派観光客への改宗を促す物となります」
「別に信仰は自由で良いと思うけど……。じゃ、じゃあこの、“懺悔”のコーナーは!? これはあなた達が毎日やってくれてるんじゃないの!?」
「私共で毎日、民の懺悔を聞き届けておりますが、年に一度は我らが信仰する女神様に聞き届けていただこう、という素晴らしき案を採用させていただきました」
「全然素晴らしくなぁい! いいじゃない日頃の懺悔で! 私に懺悔されたって何も変わんないわよ~!」
「フローリア様。そう仰らず、どうかカイナの民の懺悔にお耳を傾けてください」
「うぅ~……。じゃ、じゃあこれは!? 生誕パレードなんていらないでしょ!? 毎年、静かに祈りを捧げて私の誕生を祝ってくれるだけだったじゃない! なんで今年に限って、こんな催し物ばっかりになってるの!?」
「フローリア様。時代という物は、常に移り変わりゆくものでございます。古き良き式典も大切にしなければなりませんが、時代の要望に合わせて華やかさも兼ね備えなければならないと判断しております」
「だからって生誕祭を二日に分ける必要あるのかしら!? 私の誕生日、一日だけなんだけど!!」
「此度は前夜祭と当日の生誕祭、という運びとなっております故」
もぉ~! こんなんじゃ、レナちゃん達とカイナで遊べないじゃない!
何が時代の移り変わりよ! こういう時ばっかり私の教えを都合よく解釈しちゃって!
確かに、『汝、過去を忘れること無かれ。しかして、過去を引きずることなかれ。汝が生きるは、今この時なり』って言うのがクロノスとしての教えよ? でもでも、これは流石に今を生きすぎじゃないかしら!?
文句を言うと即座に斬り返してくる教皇を何とか言いくるめようとするけど、もう教会で決まったことだからって全然譲歩してくれないし……と不貞腐れていると、扉のドアが控えめにノックされる音が聞こえてきた。
「教皇様、お取込み中のところ失礼いたします。司教です」
「何用か? 入れ」
申し訳なさそうにしながらも、芯のある声ね。結構好みの声だわ。
どんな子かとワクワクしながら待っていると、その子はおずおずと部屋の中に入り、私を見てすぐさま祈りを捧げる姿勢に入った。
「我らが女神、クロノス教の開祖フローリア様。このような無遠慮なお目通りとなり、この身を恥じる思いです。然るべき罰をこの身に賜りたく――」
「罰なんてあげないわよ~。そんなことより、あなたの顔を良く見せて?」
「は、はい……」
若干怯えながらも、そっと顔を上げる司教ちゃん。
ふむふむ、レナちゃんみたいな茶色の髪の毛をショートにしているのね。ちょっと中性っぽい顔立ちもなかなかグッド! これからどうなるのか分からない、って感じの揺れた青い瞳もきゅんとしちゃうわ!
私は司教ちゃんの側に駆け寄り、困惑する彼女を立ち上がらせながら抱き心地を確かめる。
「えっ、あの、え? 女神様?」
「ん~、ちょっと筋肉質ね。もしかして、騎士上がりかしら?」
「は、はい! 自分は数年前まで、グランディア王国の近衛騎士団として王に身を捧げていました!」
「あら、グランディアの? なんでまたカイナに?」
私の問いかけに、司教ちゃんはやや顔を伏せながら答える。
「その、王に身を捧げたつもりではありましたが、近年の王の政治に違和感を感じてしまい、離反して神に仕えようと……。このような身勝手な理由から、クロノス教徒を名乗り、誠に申し訳ございません」
ふんふん、なるほどね~。もしかしたらこの子、潜在的にグランディア王家がすり替えられていることを察していたのかしら? ちょっと面白い子ね。
「ううん、気にすることなんて無いわ。それに、クロノスの教えは何だったかしら?」
「はっ! 汝、過去を忘れること無かれ。しかして、過去を引きずることなかれ。汝が生きるは、今この時なりです!」
「良く出来ました♪ だから、過去を引きずらないで今を生きているあなたは正しいのよ」
よしよしと頭を撫でてあげると、司教ちゃんはボロボロと大粒の涙を零し、声を殺しながら泣き出しちゃった。
「今まで、王家に仕えながらも離反したことを心の奥でず~っと後悔してたのね。でも、うちに来てくれて嬉しいわ。クロノス教はあなたを拒まないから、あなたが後悔した分、みんなの声を聴いてあげてね」
「はい、はい……!」
「うふふ! ということで教皇くん、この子は私に免じて赦してあげることにするわ!」
「免じるも何も、私は責めるつもりは無かったのですが……」
「あら? そうだったかしら、まぁいいわ!」
泣き止むまでしばらくそのままにしてあげて、落ち着いた頃合いを見計らって用件を聞いてみる。
「それで司教ちゃん。教皇に何のお話を持ってきてたの?」
「そうでした! 申し訳ございません、教皇様。連絡差し上げたかったのは、大聖堂前にカイナの民が押し寄せていて、そろそろ聖騎士の手に負えなくなってきていると」
「むむむ……。やはり、フローリア様が直接お姿をお出しになられたのは早計だったか」
「あ、私のせい? それはごめんなさいね」
「とんでもございません。まさか、ご友人をお連れになってお戻りになられるとは予想もできず……。我々の至らない限りでございます」
ぺこりと頭を下げる教皇くんだけど、これは私が悪いわよね~。
あ、そうだわ! なら、私が一声かけてあげれば落ち着くんじゃないかしら?
「いいこと思いついた! ちょっと待ってて貰えるかしら?」
「ふ、フローリア様! どちらへ!?」
「バルコニー!」
部屋を駆けだし、最上階から街を一望できるバルコニーに躍り出ると、眼下に群がっているうちの子達を見つけた。あれは確かに、大混雑になっちゃうわね。
「み~んな~! 今日はちょっと忙しくて会ってあげられないけど、明日と明後日は時間取れるから、それまで待っててもらえないかしら~!?」
大きく手を振りながらそう言うと、私の声が聞こえた一部の人達が反応して一斉に拝み始めた。
これならきっと、もう少ししたら静かになってくれるわよね!
「女神様! 危険ですのでそんなに身を乗り出さないでください!!」
「民が余計に混乱します! すぐにお戻りを!」
「えっ!? ちょっと、待っ――や~ん!!」
だけど、すぐにシスターの子達が何人か駆けつけてきて、私をバルコニーから引き剥がそうとしてきた。
もうちょっとだけ見たかったのに~と名残惜しく外を見ていると、凄く遠くにシルヴィちゃん達がいるのを見つけた。隣にコーちゃんもいたし、楽しく観光できてるのね。
とりあえず一安心だわ~とか思いながら引きずられていく中で、私はこの忙しさを緩和させられるかもしれない妙案を思いついてしまった。
「あ、ねぇねぇ。ちょっと買ってきてもらいたいものがあるんだけど、お願いできるかしら?」
「はい?」
うふふ! ごめんねシルヴィちゃん、怒らないでね♪




