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311話 女神様は崇められる

 途中、エミリ達の進行方向上で魔獣の群れに遭遇してしまうというアクシデントがありましたが、元気いっぱいなエミリの爪の前では群れの数ですら紙切れ同然となり、約二時間半の移動時間中にこれといった問題も無いままカイナへ到着することが出来ました。


 流石に体が冷え切ってしまったらしいメイナードを肩で休ませながら、入国手続きにと市壁を護る門番の方へ歩み寄っていくと。


「あ、貴女様は!? そのまま少しだけお待ちくださいませ!!」


 と、慌てた様子で市壁の中へと駆け込んでいってしまい、敵襲などを報せるための大鐘を鳴らしながら、街中へ大声で叫び始めました。


「女神様が戻られたぞー!! 我らが女神様のご帰還だー!!」


 その声が聞こえた街の方々が、続々と通用門へと押し寄せ始め、あっという間に門前は人で溢れかえってしまっています。


「フローリアって、ホントにここで崇められてるのね……」


「うわぁ……。お姉ちゃん、みんなフローリアさんの名前呼んでるよ」


「凄まじい信仰心ですね」


 あまりの光景に呆気に取られてしまう私達に、当の本人はと言いますと。


「みんな~! たっだいま~! 元気にしてたかしら~!?」


 彼らにそう呼びかけながら、大きく手を振り返しています。

 その様子をありがたがって拝みだす人もいれば、野太い歓声を上げて歓喜する人もいて、もう大混乱状態です。


「フローリア、もうちょっとしたアイドルじゃない」


「えっへへ~。とりあえず、このままじゃ入れないから先に行ってどいてもらうわね。また後で会いましょ!」


「行ってらっしゃい、フローリア様」


「行ってらっしゃーい!」


 私達から離れていくフローリア様の背中は、いつものふわふわとした雰囲気はなく、どこか引き寄せられるような魅力を放っていました。

 やはり、日頃から少しだけだらしがないフローリア様と言っても、自分を信仰してくれている方々の前ではそう言った姿は見せないように気を使われているのですね。


 人ごみの中へと消えていく彼女を見送った私達は、門前の人の波が引くまでそのまま待機となってしまっていましたが、それも落ち着いた頃でようやく入国手続きを行わせていただけることになりました。


「大変お待たせいたしました。皆様は、女神様のご友人の方々という事でよろしいでしょうか?」


「一緒に住んではいるけど、友人って括りでいいのかしら」


「あながち間違ってはいないと思います」


「よね。そう、友人であってるわ」


「左様でございましたか。では、皆様も“クロノス教徒”ということでお間違いは無いですね?」


 彼の問いかけに一瞬理解が追い付かず、反射的に質問してしまいそうになりましたが、確かクロノス教と言うのは、フローリア様の教えを信心するものだったと思います。

 どちらかと言えば私はシリア様を信仰していることになりますが、明確にどの宗派に属したことも無いので、どう答えればいいのでしょう。


 すると、レナさんがポケットから紫色の宝石が付いたペンダントを取り出しながら言いました。


「あたしはクロノス教徒よ」


「おぉ、我が同士よ。帰郷を歓迎いたします」


 レナさんが持っているそれは、紫色の宝石の中に縦に三本、それを貫く形で横に一本の金色の彫刻が彫られているもので、どうやらそれがクロノス教徒となる身分を示すアイテムのようでした。


 当然のようにそれを持っていない私とエミリはどう答えるべきかと悩んでいると、シリア様が私達に小さな声で指示を出してきました。


『お主達は“タウマト教徒”だと名乗れ。タウマト教は、妾を信心する魔女を中心とした宗派じゃ』


「分かりました。……私とこの子は、タウマト教徒です」


 その答えを聞いた瞬間、ニコニコと笑みを浮かべていた門番の方の表情が切り替わり、事務的な声で応じ始めました。


「タウマト教徒の方がお二人ですね。ようこそ、クロノス教徒の聖地カイナへ。では早速ですが、入国にあたり手数料として一人当たり銀貨三枚をいただきます」


 な、なんてよそよそしい対応なのでしょうか……。

 宗派が違うだけで、ここまで他所者扱いをされてしまう現象にたじろぎながらも、言われた通り銀貨を六枚差し出します。


「はい、確かにいただきました。それでは、カイナでのご滞在をお楽しみください」


「あれ、あたしは良いの?」


 自分には要求してこなかったことに、疑問を感じたレナさんがそう問うと。


「えぇ。貴女は我らが同士であり、家族のような物です。そんな同士が家に帰ってくるのに、何故お金を取る必要がありましょう?」


「あ……そ、そう? なら、いいんだけど……」


 流石のレナさんでさえも、若干顔を引きつらせながら愛想笑いを浮かべ、そそくさと中へ行ってしまいました。

 その後を追い、人気が無いことを十分に確認してから彼女は小声で言います。


「この国、ちょっとやばくない? あたしの世界でも宗派が違うと揉めたりしてる時もあったけど、ここまで露骨じゃなかったわよ?」


『お主の世界とは違い、この世界では神という存在がより人に近い。それ故に、己の信仰する神以外の者を受け入れる時は、必要以上に警戒されるものじゃ』


「お姉ちゃん、わたし達嫌われてるのかな……」


「そういう訳では無いと思いますが……。ですが、私達はレナさんのようにフローリア様を信仰している訳では無いので、あまり変なことをしないように気を付けないといけないかもしれませんね」


 そうエミリを慰めていたところで、ふと気になったことをレナさんに尋ねてみます。


「レナさんはいつの間にか、フローリア様のクロノス教に入信していたのですね」


「あたしも別に、ここの人達みたいにフローリア様ぁって崇めてる訳じゃないわよ。ただ、フローリアの力を借りるにあたって、どうしてもクロノス教徒になる必要があるって話だったからなったって感じ」


「なるほど。実際は、レナさんの故郷の神様を崇めているから形だけ、という事なのですね」


「そういう訳でも無いんだけど……。なんて説明したらいいのかな、あたしの国って結構自由でね? 神様を信じない人もいるし、神様にまつわる祭典だけを楽しむ人もいるくらい、神様って存在とはほとんど縁が無かったのよ。だから、あたし自身も神様を信じるつもりはないってこと。目の前にいてもね」


『妾はれっきとした女神なんじゃがなぁ。まぁ、世界にはそんな自由な国があってもよかろ! くふふ!』


 レナさんの国の自由さをシリア様は愉快そうに笑い、私達に進むように促してきました。

 とは言え、フローリア様に「あとで会う」と言われている以上、あまり動き回るべきでは無いのでは……。


 少し先を歩き始めたシリア様の後に続くべきか迷っていると。


「はろはろ~。お宅らがお姉の家族?」


 とてもフランクな挨拶が私達へと向けられました。

 振り返るとそこには、こんがりと焼けた小麦色の肌を持ち、ふわふわとしたウェーブの金髪をサイドテールに束ねている、少しだけ小さくなったフローリア様そっくりの女性が立っていました。

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