310話 魔女様は宗教都市へ向かう
遠出の準備をしながら日々を過ごし、あっという間にフローリア様の生誕祭が行われる二日前となりました。
エミリとメイナードの速さなら、一日あれば十分だというシリア様の予測の下の出発となるのですが。
『……主よ、やはり転移を使うべきでは無いのか』
「すみませんメイナード。何度も言いますが、転移魔法は自分が行ったことのある場所で無ければ使えないので」
『そうか……』
嫌がるメイナードを説得する、というこのやり取りをほぼ毎日続けているくらいには、メイナードは寒空を飛ぶのを嫌がっています。
確かに、地表と空中では温度が大きく異なるのは理解できますが、今回は彼に飛んでもらわないとどうにもならないので、乗せてもらう身としては防寒対策に、暖かい料理を用意してあげることくらいしかできません。
準備も整い、メイナードを何とか二階の大窓から外へ押し出すと、既に玄関先ではいつでも走り出せるといった様子のエミリ達が待機していました。
『お姉ちゃーん! いつでも走れるよー!』
「ほんっとエミリの背中、もっふもふ! ずっと抱き付いていたいわ!!」
「エミリちゃん、毎日シルヴィちゃんにお手入れしてもらってるからね~。ふわふわさらさらで、最高の毛並みね!」
『お姉ちゃんすっごく上手なの! レナちゃんもやってもらえばいいのに』
「あたしはそういう歳じゃないの! これでも大人なのよ」
「大人だってお金払って頭洗って貰ったり、マッサージは受けるでしょ? 見た目は子どもなんだから、今の内に楽しんだらいいのに~。ねー、エミリちゃん」
『ね~』
「それとこれは別なの!」
あちらはあちらで、寒空の下でもあまり差が無いようです。
彼女達に小さく笑いながら、ようやく飛ぶ決心がついたメイナードの背中にシリア様を抱きながら飛び乗ります。
「では出発しましょう! 道中の進路方向の指示は、都度ウィズナビでお知らせします!」
「了解! さ、走って良いわよエミリ!」
『はーい!』
私達が飛び立つと同時に、エミリが猛ダッシュで森の中を駆け始めました。
エミリの背中では、フローリア様が私達が居場所を把握できるようにと雷を収束させた光の玉を作ってくださっていて、どこまでも続く森の中であってもどこにいるかが分かりやすくなっています。
『くぅー! しっかし、空は冷えるのぅ! 大丈夫かメイナードよ!』
『いただいたマフラーのおかげで、幾ばくかは寒さが紛れております。しかし、寒い事には変わりありません』
『防寒の魔法を使ってやりたいところじゃが、あれは同時に風を奪ってしまうからなぁ』
『お気遣い、痛み入ります』
『良い良い、寒さが限界に来たら遠慮なく言え。適度に休憩を挟んで行くからの』
とは言う物の、エミリもメイナードも凄まじい速さで移動してくれているため、もう少しで森の端が見えて来そうな勢いです。
このまま移動を続けられれば、恐らく二時間とかからずに目的地であるカイナに辿り着けるでしょう。
「そう言えばシリア様。フローリア様はカイナの人々に信仰されているのに、街をずっと離れていて問題無いのでしょうか」
『本来ならば、神託を求められたり有事の際に神が出向く必要があるのじゃが、まぁ色々と方法はあってな。妾の場合は、本当に窮地に陥った時のために疑似神降ろしを行える神具を魔導連合に置いておると言うようにの』
「では、フローリア様も何かそう言った物を置いておられるのですね」
『あ奴の場合は、妹と呼べる存在がおるのじゃよ。時間と対を成す概念として空間が良く挙げられるが、その空間を司る女神――コーレリアが代理を務めておるらしい』
「フローリア様に妹さんがいらっしゃったのですか!?」
『む? 何じゃ、聞いておらんのか?』
こくこくと頷く私に、シリア様はウィズナビを操作してフローリア様を呼びだし始めました。
『フローリアよ。お主、レナとシルヴィにコーレリアのことを伝えておらんのか?』
『えー? なにー? 風の音で全然聞こえないわよシリアー!!』
『コーレリアのことを! 伝えておらんのか!』
『コーちゃんがどうかした……あー! そうだわ、すっかりすっかり!』
『コーちゃんって誰?』
向こうの方でもやはり初耳だったらしく、フローリア様から説明を受けたらしいレナさんとエミリが驚きの声を上げていました。
「神様にも、姉妹関係の神様はいらっしゃるのですね」
『いや、フローリアとコーレリアはちと訳アリでな。元々フローリアには“時間”と“空間”を司らさせるつもりであったらしいのじゃが、ソラリアの一件があった後で一女神に強大な力を偏らせてはならんと判断された大神様が、方針を変えて二対の女神とされたそうなのじゃ』
「それで【空間の女神】コーレリア様が、フローリア様の妹さんに当たるということになったのですね」
『まぁ妾も大神様から大雑把に聞いた程度なのじゃが、あ奴自身も似たような話をしておったから間違いはなかろう』
「シリア様はお会いしたことはあるのですか?」
『無い。あ奴の話では双子のように瓜二つという外見らしいがの』
シリア様も見たことの無い、フローリア様そっくりの妹さん。
一体、その女神様はどのような方なのでしょうか?
「これでもし、フローリア様と同じような性格をされていたら、レナさんが大変なことになりそうですね」
『やめよ。そんなこと考えたくも無い……』
口ではそう言いながらも、姉妹という事からその可能性が捨てきれないシリア様は、頭を押さえながら深く溜息を吐いていました。




