309話 女神様は帰郷したい
新年も開け、シリア様のお酒用倉庫の片隅でポーションの大量生産を始めてから早一ヶ月。
朝の開業前に一気にポーションを作るというルーティンが定まってきて、私の生活リズムも落ち着いてきたある日の事でした。
「私、そろそろ帰ろうかと思うの」
朝食を囲んでいた私達に、フローリア様が突然そんな発言を投下したことで、平和な朝の風景が一瞬で崩壊しました。
「は? え、え? 待って、今何て言ったのフローリア」
「だから、帰ろうかなって」
「な、何で!? あたし何かした!?」
慌てふためくレナさんに、フローリア様は小さく首を振ります。
「レナちゃんは何もしてないわよ」
「ということは、私達が何かしてしまったのでしょうか……?」
「フローリアさん、ごめんなさい……」
『何故お主らが謝る?』
「ですがシリア様、フローリア様が不快になられたのは私達が原因では」
「シリアも日頃から喧嘩ばっかしてんだから謝ってよ!」
『だから何故妾達に非があると決めつけるのじゃ! 落ち着かんか!』
「だって、そうじゃなかったら天界に帰るだなんて――」
「あら? 私、天界には帰れないわよレナちゃん」
「へ?」
きょとんとしたフローリア様の言葉に、シリア様とメイナード以外の全員が困惑します。
そんな私達に、フローリア様が「あぁ~!」と手を叩き、ふわりと笑いながら言葉を付け足しました。
「ごめんねみんな、ちょっと言葉足らずだったわね! 帰るって言うのは、私を信仰している街の祭典があるから行かなきゃいけないって意味なの!」
彼女の言葉の意味がまだ理解できず、私達が呆然とする中、事情を知っているシリア様が深い溜め息を吐きながら言います。
『妾達神々には、己を信心する拠点という物がある。妾で言えば、グランディア王家と魔導連合といったようにな。して、こ奴の場合は“カイナ”という宗教都市になるのじゃが、そこでは例年二月にフローリアを祀る大規模な祭りがあるのじゃよ』
「そうなの! だから、神様として見に行かないといけないじゃない? それで――」
「だったら紛らわしい言い方するんじゃないわよ馬鹿ぁー!!!」
レナさんに服を掴まれ、ぐわんぐわんと頭を揺さぶられながら「ごめんね、ごめんね~」とフローリア様は笑っています。
とりあえず、彼女の“帰る”という言葉が示していたものは、女神であるフローリア様を信仰する街に帰省するという意味であったようです。
エミリと一緒に胸を撫でおろしていると、未だにご立腹な様子のレナさんがフローリア様に言いました。
「それ、あたしも行くから!」
「えぇ~? でもカイナは結構遠いわよレナちゃん」
「いいから!!」
「し、シルヴィちゃん。今日のレナちゃん怖いんだけど……」
「それは自業自得かと思います、フローリア様」
『あれは貴様の表現が悪かったな。悔い改めよ』
薄っすらと涙を浮かべ、頬を膨らませているレナさんに、フローリア様がたじろぎながらも謝ります。
「ごめんねレナちゃん。でも信じて? 私はレナちゃんを置いていなくなったりしないから!」
「じゃああたしも連れて行きなさいよ」
「う~ん、それはいいんだけど……」
「フローリア様。その、カイナという街はそこまで遠い場所にあるのでしょうか」
「そうね~、どのぐらい遠いかって聞かれると答えづらいかも。ほら、私は拠点だからぱぱっと飛んでいけるじゃない? だから距離感がよく分かんないのよ~」
私は頭の中で、これまで訪れた地域を思い浮かべながらカイナという街がどこにあったか記憶を掘り返します。
私達のいる森が、ちょうど大陸の中心から南に行った場所にあるので、東の端に位置するレオノーラの魔王城と、西側に広がるグランディア王国の両方に対する距離はそこまで変わらないはずです。
ただ、ネイヴァール領はグランディア王国の中でも北西に位置するので、ここから転移を使わずに移動するとなると、馬車で約一週間以上はかかる距離なのも忘れてはいけません。
最悪、場所さえ分かればメイナードに飛んでもらうという手段もありますが、流石のメイナードでも全員を乗せて飛ぶには無理があるように思えます。
「で、そのカイナって街はどこにあるの?」
「えっと~、う~んと……」
『妾が教えてやろう』
感覚で移動している影響からか、具体的な場所が示せずにいるフローリア様に代わり、先に食事を終えていたシリア様が口を開きました。
シリア様は空中にマジックウィンドウを表示させ、そこに大陸の地図を描きあげていきます。
『カイナという宗教都市は、主に魔族領の領土に位置しておる。具体的には、シングレイ城下町から南西、妾達の森から北東に進んだところじゃな』
地図の中に書き込まれていく矢印の先にある、小さな街が描かれている場所を赤丸で囲みます。
場所としては、どちらかと言えば私達の森の方が近いのでしょうか。ですが、ほとんど誤差のようにも見えます。
「魔族領ってことは、レオノーラの領地よね? フローリアの信徒は魔族なの?」
「そうね~、ほとんどが魔族かな? あ、でもすご~く少数だけど、移民してる人間も住んでるわよ」
「へぇー、人間と魔族は共生できていないから揉めてるって思ってたけど、意外とできてるところもあるじゃない」
『カイナはちと特殊でな。どちらかと言えばイースベリカのような独立国家に近いが、独立するには国力が足りず、国として運営するにも難があることから、魔王の庇護下に置かれているという街じゃ。まぁ、ほぼほぼひとつの国と見ても良かろ』
「でも、だからってレオノーラちゃんが嫌いって訳では無いのよ? あの子達は一魔族でありながらも魔王になったレオノーラちゃんを心から尊敬していて、自分達もそうなりたいって気持ちで独り立ちしようと頑張ってるの!」
『うむ。故に魔王を崇拝はせず、心の拠り所として神を信仰するようになった宗教都市という訳じゃ』
「魔族でありながら、魔王の影響下にないというのは少し興味深いですね」
『魔族も人間も、本質は同じじゃよ。己の主と認められる者がおれば、その者に付いていく。気に入らなければ独立する。憧れればその背を追って自ら力を付けようとする。そこに種族の差は無い』
シリア様の深い言葉を聞きながら、今頃異文化交流でてんやわんやしてそうなレオノーラと王家の人達を思い浮かべます。
「種族の壁はあっても、この世界に生きる人なんですもんね」
『うむ。して、もし妾達も行くとすれば長旅になることは必須じゃな。それに、魔族領の険しい部分を進むことになるが故に、丈夫な馬車を貸す商人も探さねばらなぬ』
「メイナードに乗るとしても、二人が限度ですからね」
我関せずと言った様子でウィンナーを啄んでいたメイナードに視線を送ると、『この寒い中、我を飛ばせるのか』と凄まじく不満そうな表情で見返されました。
すると、私の隣で食べながら聞いていたエミリが手を上げました。
「わたし、みんなを乗せながら走れるよ!」
『お主に走ってもらうとしても、それなりの距離があるぞ?』
「大丈夫だよシリアちゃん! 寒くても走ってれば暖かくなるもん!」
「うふふ! エミリちゃんは元気ね~!」
「エミリさえいいなら、メイナードとエミリに乗せて貰えばいいんじゃない?」
『我は貴様を乗せんぞ。地上を這って行くが良い』
「あたしから願い下げですー」
「ケンカしないでください、二人とも」
『ふん』「ふん」
息ぴったりに顔を背ける二人は、仲がいいのか悪いのか分からなくなりそうです。
その様子を呆れながら見ていたシリア様が、話を纏めるように進めました。
『ならば、メイナードの背に妾とシルヴィ、エミリの背にレナとフローリアで別れるとするかの。確か貴様の祭典は十日であったよな?』
「あら、覚えててくれたの!? 嬉しい~!」
『抱き付くでないわ! 気色悪い!』
「あ、今何て言ったのかしらこの猫! えいえいっ☆」
『放さんか!』
「いだっ!! ちょっと、本気で殴ることないじゃない!」
またしても喧嘩が始まってしまったお二人を止めながら、私はフローリア様に尋ねます。
「フローリア様。もしかしてなのですが、その日がフローリア様のお誕生日なのでしょうか」
「そう! 私は二月十日に大神様に創っていただいたのよ~!」
「なんか創ってもらったって言い方アレだけど、神様的にはそっちの方が正しいのよね」
『妾以外の神は、全て大神様によって創られておるからな』
「シリアだけイレギュラーなんだっけ。あ、ていうかシルヴィも確かそろそろじゃなかった?」
「私は来月なので、そろそろと言うにはまだ早いかとは思いますが」
「まぁいいじゃない! 一カ月なんてすぐよすぐ! フローリアの生誕祭が終わったら、今の内に何やるか考えておきましょ!」
「わたし、お姉ちゃんのためにいっぱいダンスしてあげるね!」
はしゃぐエミリに全員で和みながら、私達はカイナへ出発するための準備を始めることにしました。
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