306話 領主様は再会を喜ぶ
「ミーシア、帰ったわ」
「おかえりエルちゃん! シルヴィさん達、よく来てくれました! 急なお誘いなのにありがとうね!」
「お久しぶりですミーシアさん。こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」
「ミーシアさーん!」
お屋敷に着くや否や、エミリがミーシアさんに向かって飛びついていきました。
ミーシアさんは手慣れているようで、彼女を受け止めながらくるりと一回りすることで勢いを殺し、エミリの頭を撫でながら笑顔を見せています。
「いらっしゃいエミリちゃん! 美味しいお肉料理をいっぱい作ってあるから、お腹いっぱい食べていってね~!」
「やったぁ!」
……何でしょうか。ミーシアさんに他意はなく、エミリ自身にも特別な感情は無いとは思うのですが、何かに負けたような気がしてしまいます。
『シルヴィ』
「はっ! な、何でしょうかシリア様?」
『あ奴はエミリを取らんから安心せい。それよりも、お主に客人が来ておるようじゃぞ』
「私にお客さんですか?」
シリア様が顔を向ける先には、王家の晩餐会でお会いした商人の方がいらっしゃいました。
彼の名前は確か、ハイモンド商会のウェイドさんでしたか。
「お久しぶりです、シルヴィさん。私の事、覚えていらっしゃいますか?」
「はい。ウェイドさんでしたよね、ハイモンド商会の会長さんであったかと」
「あぁ、覚えていただけていて光栄です! 再びお会いできて嬉しいです」
爽やかな笑顔を浮かべながら握手を求めてくる彼に応えていると、エミリとスキンシップを楽しんでいたミーシアさんがひとつの部屋を指で示しながら言いました。
「そちらが空いていますので、そちらの部屋をお使いください」
「ありがとうございます、ミーシア女侯爵様。では、シルヴィさん。長旅でお疲れのところ恐縮ですが、少しお話にお付き合いいただけますか?」
彼が言う話とは、ほぼ間違いなくポーションに関する話でしょう。
私はシリア様を抱き上げ、彼に頷きます。
「大丈夫です」
「他の皆さんは、二階にある客室でゆっくりしていてね。エルちゃん、お願いしてもいい?」
「えぇ」
私とシリア様以外の皆さんは、エルフォニアさんに続いて二階へと上がっていきました。
残された私達は、ミーシアさんの案内で部屋の中へと入り、テーブルを挟んで向かい側にウェイドさん、私の隣にミーシアさんが座るという形で商談が開始されました。
「さてさて。早速だけどシルヴィさん、作ったポーションを見せてもらってもいいかな?」
「はい」
亜空間収納からポーションの詰まった箱を取り出し、テーブルの上に置くと、その大きさにウェイドさんが驚きの声を上げました。
「いやはや、流石は魔女様といったところですね。これほどの質量を軽々収納できてしまうなんて」
普段は他にもいろいろと収納しているので全く気にしたことがありませんでした、と返そうとした矢先、シリア様による念話が先に割り込んできました。
『以前、魔石も魔導石も人間領では希少価値が高いと言ったじゃろう。それ故に、亜空間収納という高度な魔法が使われている魔石を持つ者は数少ないのじゃ』
『なるほど。自分の魔力で大きさを変えられる私達と違って、一定の大きさまでしか収納スペースが無いからやりくりが大変なのですね』
『そういう事じゃ』
シリア様からの解説を受け、私は小さく微笑みながら誤魔化すことにしました。
「これでも魔女ですので」
「ふふ! 私達が持ってる亜空間収納の魔石なんて、少し大きめなバッグくらいの広さしかないから羨ましくなっちゃうな」
「えぇ、同感です。魔石の流通がもっと良ければ、多くの商人や冒険者の手に行き届くことになるのでしょうが……」
『くふふ! 遠回しにお主に作ってもらえないか聞いてきておるな。無視で良いぞ、適当に笑っておれ』
シリア様の言葉に従って愛想笑いを浮かべていると、ミーシアさんがポーションを一本取り出して、中身の色や匂いを確認し始めました。
「ん? この前みたいにシュワシュワしてないんだね。もう落ち着いたってことなのかな?」
「はい。魔力もだいぶ落ち着いてきて、元通りのポーションが作れるようになりました。もちろん、この前のようなシュワシュワポーションも作れますが、持ってきた方が良かったでしょうか」
「ううん、今日は大丈夫かな。ありがとうねシルヴィさん」
ミーシアさんは用意していたカップにポーションを少し注ぎ、それをくいっと口の中へ含みます。
舌先でしっかりと味を確かめて喉へと流し込むと、頬に手を当てて和やかな笑みを浮かべました。
「はぁ~……とっても落ち着く味。これがウェイドさんや皆さんが言っていた、森の魔女ポーションなんだね」
「以前のはトラブルがありましたが、今回は問題無いはずです」
「ミーシア女侯爵様、私にもいただけますでしょうか」
「えぇ、どうぞ」
カップに注がれたポーションを少し口に含んだ彼は、驚きで目を剥きました。
「これは……! 噂以上の素晴らしい口当たりです! 今までのポーションの常識を覆す物です!」
「数量限定での販売であるにも関わらず、諸外国から遠征してまでフェティルアへ買いに来ているという噂にも頷けますね」
「はい。これほどまでの上質なポーションを作り上げるまで、相当な研究の積み重ねがあったのでしょう」
「それは――」
私が答えようとした直後、シリア様が強引に私の体の主導権を奪ってきました。
『シリア様?』
シリア様の意図が読めずに尋ねる私に、シリア様は念話で教えてくださいます。
『ここからは本格的な商談じゃ。お主より妾の方が適任であろう』
『なるほど。では、お願いします』
『うむ』
シリア様は咳払いをひとつしてから、ウェイドさんを真っ直ぐに見据えて口を開きました。




