6話 ご先祖様は女神様が嫌い
突然襲ってきた謎の少女に加え、シルヴィの前に現れた謎の美女。
そしてご先祖様は、その美女の事を知っている――というよりは嫌いな様子です。
彼女達の正体は一体……?
「は~い、そこまで。ごめんなさいね驚かせちゃって」
その声が聞こえた直後、一瞬だけ立ち眩みに似たような感覚に襲われました。奇妙な感覚に顔をしかめながら声の主を探すと、私から数歩先のところで別の女性が私に襲い掛かってきた子を抱きかかえていました。
「あ、あなたは……?」
「初めまして、森の魔女さん。いえ、【慈愛の魔女】シルヴィさんとお呼びした方がいいかしら」
柔和な笑みを浮かべながら私を呼ぶその人は、抱えられている子のような魔女といった雰囲気はありません。
私よりも高い背丈から伸びる、ふわりとウェーブを描くブロンドの髪に、アメシストの宝石のような瞳。神祖として描かれていたシリア様を上回るような豊満な体は、胸元を強調しながらもいやらしさをまるで感じさせないどころか、どこか神聖さすら感じさせる白いドレスのような服を纏っていて、本に出てくるような女神様を彷彿とさせます。
「いやだわ、そんなに見つめられたら照れちゃいます」
「……あっ! す、すみません!」
思わず見惚れてしまっていたことを謝ると、クスクスと笑いながら「冗談よ」と返されました。
「私は【刻の女神】フローリア。あなたのお話は街で聞いていたわ」
「め、女神様……ですか……」
「あら? 思った以上に驚かないのね?」
「いえ、とても驚いてはいます。ただ、女神様とお会いするのは初めてではないと言いますか、いつも一緒にいると言いますか……」
何と説明したらいいか悩んでいると、我が家の女神様が勢いよく二階の窓を開きながら、お怒りの声を上げました。
『さっきから何を暴れておるかシルヴィ!! 魔力爆発なぞ起こしおって、このたわけ! おかげで酒の調合分量を誤ってしま――――なぜ貴様がここにおる、フローリア』
「あら!? この感覚……もしかしてシリア、あなたなの!? やだ、なんて偶然!!」
心底嫌そうに名前を呼ぶシリア様とは対照的に、声色を弾ませてテンションを上げるフローリア様。どうやら、お二人は女神様同士で交友があるようです。
シリア様はそのまま窓から飛び降りて私の横まで移動すると、不快感全開の声で話しかけ始めました。
『さっきから暴れておったのは貴様かフローリア。相も変わらず人様に迷惑しか掛けん奴め、その変な娘を持ってさっさと帰れ』
「酷ぉい! 何十年ぶりに会えた親友でしょ私達! 積もる話もある訳だしぃ、ゆっくりお話ししましょうよぉ~!」
「えっ、あのフローリア様!?」
半ば押し付けられるように、気絶している魔女の子を渡されてしまいました。そして当のフローリア様は、シリア様に抱き付き始めます。
『貴様と話すことなど無いわ阿呆! ええい離れんかこの色欲魔め! 阿呆がうつる!』
「あぁ~ん! この口の悪さ! この神力! 猫になってるけど間違いなくシリアだわ~!! ねぇ、どうして現界してるの? 降りて来てるなら一言くれても良かったじゃな~い!」
『はな、離せと言っておろうが! こ奴っ、こんなに力が強かったか!? むぐっ!?』
「抵抗するシリアか~わ~い~い~! でも離さないわよ? 久々のシリアを堪能したいんだもの~!!」
如何にシリア様と言えど、その体は猫。圧倒的な力の差を前に必死に抵抗を試みていらっしゃいますが、胸の谷間に埋められながら強く抱きしめられ、離されるかと思いきや激しく頬擦りをされ、また抱きしめられを繰り返している内に、シリア様が遂に抵抗を止めてしまいました。目が、目が死んでいます……。
私にはどうすることもできなさそうです、と見守っていると、腕の中で僅かに動く感触がありました。どうやら意識を取り戻したようです。
「……ぁれ、あたし一体……」
「気が付かれましたか?」
「あ、あんた森の魔女!? なんで!? なんであたし抱きかかえられてるの!?」
「お、落ち着いてください。今はフローリア様から託されただけで……」
「あ! おはようレナちゃ~ん! 初めてにしては頑張ったじゃない! 偉いわよ~!」
フローリア様から唐突に手放されたために、ボロ雑巾のようになってしまっているシリア様が地面に落とされました。それの代わりとするように、私からレナと呼ばれた魔女の子を奪い上げていきます。
「フローリア、苦しっ、苦しい! 体痛いからやめて!」
「ぼろぼろになったレナちゃん可愛い~!! 魔力もすっかり空っぽにされちゃって! まだまだね~!」
「フローリア!! 痛いってば――わぷっ!」
そして同じように抱きしめられ、しばらくもがくも同じように抵抗が無くなりました。さっきまで意識を失っていましたし、そんなに激しくされては今度こそ死んでしまうのでは……。
目の前で繰り広げられる激しいスキンシップに若干引いてしまいますが、今回の件について改めて伺ってみましょう。
「あの、フローリア様。何故そちらの……レナさん? が私を襲ってきたのか、教えていただけますか?」
「ん~? あぁ、そうね! ちゃんと説明しないといけないわね!」
フローリア様はレナさんを私の方へ向け、魂が抜けてしまいそうな彼女の頭の上にずしりと胸を置くと、笑いながら説明を始めました。
「ほら、街で噂の魔女に会ってみたくなってね? せっかくだから魔女になりたてのレナちゃんとお友達になってほしいな~なんて思ったの。それでレナちゃん何も知らないから、『魔女は挨拶代わりに己の全力をぶつけあって、お互いを知る風習があるの』って冗談言ったらホントに信じちゃって!」
「えぇ!? 嘘だったのフローリア!?」
「えっへへ~☆ ごめんねレナちゃん。でもいい経験だったでしょ?」
「はぁー……信じられない。ごめんなさい森の魔女さん、あたし騙されてた……」
「い、いえいえ。そういう話でしたらレナさんは悪くないかと……」
申し訳なさそうにしゅんとしているレナさんとは対照的に、とても楽し気なフローリア様。この女神様、実はかなり問題がある神様なのではないでしょうか……。
私が引きつった笑みを浮かべる横で、動けるくらいに回復したらしいシリア様がよろよろと立ち上がり、心底恐怖を覚えるような声色で発しました。
『ぬわぁにが、えへへ~じゃ。この阿呆神があぁぁぁ!!!』
吠えるシリア様のドロップキックが綺麗にフローリア様の横腹に突き刺さり、フローリア様の体が横にくの字に折れ曲がったかと思いきや、一瞬で視界からフェードアウトしました。目で追いかけると、激しく地面の上を数度跳ねながら大木に激突し、うつ伏せのまま動かなくなってしまっています。あれは途轍もなく痛そうです……。
ですが、フローリア様にはあまり効いていなかったらしく、脇腹を抑えながら立ち上がると、どこか恍惚とした表情を浮かべていました。
「あぁ……! シリアの愛は相変わらず激しく情熱的……! もっとよ、もっと頂戴シリア!! 久しぶりのあなたを感じさせて!!」
『気色悪い声を出すな馬鹿者! 貴様の花畑、今日こそ潰えさせてくれる!!』
「やぁん! シリアの愛が今日は特段痛く感じる――って痛い! ちょっと本気でしょあなた!? いった、待ってシリア! ホントにいったぁい!!」
『シルヴィに悪影響じゃろうが! 黙っておれ!!』
「うそうそ! 冗談だってば! あなたと私の仲じゃない! いった! 神力込めて殴るのはホントに痛い、待って待って! やぁぁぁぁぁん!!」
……なんだか、じゃれあっているのか本気で怒っているのか分からなくなってきました。神様同士の交友は理解しづらいものですね。
「ええっと、森の魔女さん」
「森の魔女ではなく、シルヴィと呼んでください。レナさん」
「分かったわ、シルヴィ。その、ちょっと言いづらいんだけどね?」
「はい」
「うちの変態女神がごめんなさい……」
「いえいえ……。こちらこそ、女神らしくないご先祖様ですみません……」
魔女二人が恥ずかしさで申し訳なくなっている中、女神のお二人はその後もしばらくじゃれあい続けていました。
 




