303話 魔女様と年末の迎え方
クリスマスも終わり、今年も残すところあと三日となりました。
今年最後の太陽の日をどう過ごすか考えていたところへ、レナさんがやってきました。
「そういえばシルヴィ、こっちの世界って年末年始の挨拶とかってするの?」
「年末年始の挨拶と言いますと、どういう物でしょうか」
「ほら、今年一年お世話になりましたーとか、また来年もお願いしますーとか、そんな感じの」
「私は今初めて知りましたが、もしかしたらそれが一般的なのかもしれません。シリア様に聞いて来ますね」
「あ、じゃああたしも行く!」
レナさんと共に一階のお酒が並ぶ倉庫へと向かい、味が落ちていないか確認していたシリア様に早速尋ねてみます。
「シリア様。年末年始で、お世話になった方々へ挨拶回りをする文化はありますか?」
『む? そんなものは無いが、またもレナの世界の文化か?』
「あ、無いんだ。あたしの世界だと、年末は今年一年でお世話になった人にお礼して、年が明けたら新年おめでとうって祝いながら、今年もよろしくねって挨拶して回るのよ」
『何じゃその面倒な文化は。別に生涯会えなくなる訳でもあるまい』
「それはそうだけど、もしかしたら来年は忙しくて会えなくなったりするかもしれないじゃない? そういう事も考えて、会える内に挨拶しておこうねってことよ」
『お主のいた国は、そんなに挨拶を重要視する国なのか。貴族さながら、体裁を気にする文化じゃのぅ』
「貴族の間では、侯爵様や領主様などが年末の慰労会と称してパーティを開くことがあると読んだことはありますが、レナさんの世界ではそれが一般的なのですね」
「あ、違う違う。パーティとかそんな立派なものはしないわ。ただ単に、ホントにおはようまたねーみたいな感じのフランクな挨拶よ」
『ウィズナビで済ませてはならんのか?』
「大丈夫だけど、なんか寂しくない? あたしの世界でもウィズナビみたいなのがあって、それでメッセージのやり取りしておしまいって感じになってたけど、やっぱりお礼とか挨拶とかは顔を合わせて交わしたいじゃない」
レナさんが言わんとしていることは理解できます。
確かに、日頃のお礼を伝えるにしても、メッセージで済ませるのと対面で伝えるのでは印象は大きく異なりますし、その分相手にも自分という存在を記憶してもらいやすくなるでしょう。
「ですが、今から各地へ回るとなると時間が足りないような……」
「全員にっていうのは流石に無理だから、あたしの世界でもホントにお世話になった人って絞ってから挨拶に行ったりしてたわ。あとは申し訳ないけど、年賀状でまとめてーって感じね」
『ネンガジョー、とは何じゃ』
「うぇっ、そこからか……」
『お主の世界といくらか重なる文化はあるが、世の根本が大きく違うのじゃ。常識として考えるでないわ』
「ごめんごめん。えっと、年賀状って言うのはね?」
レナさんから年賀状、お正月、年越しと様々な文化を聞かせていただき、私達は異世界の文化は凄く複雑で手間が掛かるものが多いのだと思い知らされました。
ですが、新年を祝うというものはとても興味深く、シリア様と私の興味が一致したことから、我が家でも異世界流の年末年始を迎えてみることになりました。
『となれば、まずは挨拶回りと年賀状製作じゃな』
「今年一番お世話になったと言えば、森の皆さんでしょうか。彼らがいなければ、私達はここに住むこともできませんでしたから」
「そうねー。でも獣人族って今冬眠に入ってるんじゃなかった?」
『冬眠では無い、冬越しのための節制じゃよ。動かなければ腹も減りにくいという、原始的な発想じゃ』
「恐らくですが、彼らのご先祖様が魔獣だったので、その頃の遺伝子が本能的にそうさせているのだと思います」
「なるほどね。それじゃあ、下手に立ち寄るのも悪いわね。ならスピカ達は?」
「冬場で作物の育ちが悪くなるということで、収穫数が減ってしまうから私のところへ遊びに行きづらいとは言っていましたが、スピカさん達は普段と変わらないと思いますよ」
『別に手土産を持ってこいなぞ一言も言っておらんのじゃが、どうにも奴らはレナの世界同様に気にするようでな……。難儀な性格じゃよ』
「じゃあ、スピカ達の集落から行かない? 挨拶だけだからーって言えば押し通せるでしょ」
『そうじゃな。ならば、シルヴィとレナ、そしてエミリで行ってこい』
「シリア様は行かれないのですか?」
『全員でぞろぞろと行っては、逆に気を使わせてしまうじゃろ。足が軽く、気遣いのいらぬ仲であるお主らで行くべきじゃよ』
「とか言いつつ、お酒の調整がしたいだけだったりして」
『阿保。こんなものいつでもできるわ、早う行け』
「はーい」
「ふふ。では行ってきますシリア様」
『うむ。たまには歩いて行くがよい、メイナードの奴は冬場は辛そうじゃからな』
シリア様に頷き、診療所で掃除をしてくれていたエミリを連れて出かけます。
今日は久しぶりに雪が止んでいて、乾燥した空気ではありますが気持ちのいい晴れ間が見えています。
「お姉ちゃん、スピカさん達元気かな?」
「シリア様から魔導石をいただいていましたし、寒さで凍えていると言うことは無いと思いますよ」
「あ、そうだシルヴィ。せっかくだからスピカ達と記念写真撮ってもらわない? 話す機会は多いけど、写真撮ったのって海行った時くらいだったし」
「そうですね。許可をいただけたら、皆さんで一枚撮らせていただきましょう」
「わたしが撮るよ、レナちゃん!」
「何言ってんのエミリ、それだとエミリが入れないでしょ? ウィズナビにはタイマーがあるんだから気にしなくて良いわよ」
「あ、そっか! えへへ」
すっかり忘れていたらしく、エミリは照れくさそうに笑いました。
そんな和やかな会話を交えながら歩いていると、あっという間に彼女達ハイエルフが住む集落へ到着しました。
木々の上で生活している彼女達の家にもしっかりと雪が積もっているのですが、雪の重みはそこまででもないらしく、どこかが傾いていると言うことは無さそうです。
誰かいないでしょうかと見渡すと、一人だけかなり厚着をした状態で、周囲を警戒するように高台の上にいるハイエルフを見つけました。
「こんにちは。お久しぶりです、シルヴィです」
「ん? あー、魔女様よ! 長ぁー、魔女様達が来たー!」
彼女は大声を上げながらパタパタとどこかへ走っていきます。
それから間もなく、同じように厚着をしているスピカさん達が姿を見せてくれました。
「魔女殿! 久しぶりだな。シリア殿にいただいた魔導石のおかげで、今年の冬はとても快適に過ごせているよ」
「お久しぶりです、スピカさん。役に立てているようで何よりです」
「こんにちはスピカさん! わたしとレナちゃんも一緒だよ!」
「こんにちはー。元気だった?」
「あぁ、レナ殿と妹殿も息災で何よりだ。ところで、今日はどうしたのだ?」
「今年もあと数日で終わるじゃない? だから、お世話になった人達に挨拶して回ってるのよ」
「何と、それは丁寧に……。すまない魔女殿、もてなす用意が全くできていなくてな」
「いえ、気にしないでください。私達も挨拶をして帰る予定でしたので」
やや申し訳なさそうにしているスピカさんに、「じゃあさ」とレナさんが提案します。
「みんなで一枚、写真撮らない? スピカ達との写真って全然無くて」
「あぁ、構わない。今、全員を呼んで来るから少し待っていてもらえるだろうか」
「はい、ありがとうございます」
スピカさんは他のハイエルフへ指示を出し、家の中にいた皆さんを呼んでくださいました。
こんな寒い季節だというのに、私達がいると気が付くと皆さん笑顔を向けてくださるのがとても嬉しく思います。
「魔女様ー! 元気だった? 長に会えなくて寂しくなかった?」
「魔女様魔女様ぁ、この前美味しい苺が作れたの! もうちょっと量ができたら持って行くからね!」
「スピカさんに会えなかったのは確かに寂しさはありましたが、私達も不在にしていましたから。それと、作物は無理せず皆さんの分を優先してください。気持ちだけで十分ですよ」
「まぁ、そう言わないでくれ魔女殿。皆、魔女殿達が我々の作った作物を美味しそうに食べる顔が見たくて張り切っていたんだ。今は試作段階だから量が無いが、もうじき量産できると思う」
「そうですか。では、お言葉に甘えて楽しみに待たせていただきますね」
「そうしてくれ。よし、お前達全員並べ! 魔女殿達と記念写真を撮るぞ!」
「「は~い!」」
こうして、冬でも笑顔があふれるハイエルフの皆さんと、明るい写真を撮ることが出来ました。
この写真は、あとでレナさんにお願いしてスピカさん達にも差し上げましょう。




