300話 魔女様のクリスマス・中編
『……ったく、ようやく寝静まったか』
「少し遅くなってしまいましたね」
『じゃが、ここからが本番というものじゃろう。ほれ、まずは妾の体の創造からじゃ』
パーティも終わり、皆さんが寝静まった現在の時刻は二十三時過ぎです。
ここから急いでサンタクロースの準備を行い、皆さんの靴下の中にプレゼントを入れていかなければなりません。
その間、エミリに私がいないことを気づかれてはサンタクロースの存在が怪しまれてしまうので、シリア様の体――つまり私の体を複製して、ベッドの中で寝かせておく必要があるのです。
強烈な疲労感に襲われつつも、一旦シリア様に体を動かしていただき、エミリに抱き付いた形で姿勢を固定します。その後、半実体となってシリア様が体から抜け出し、音を立てないように気を配りながら部屋を後にしました。
『ふむ、まずは脱出に成功といったところか。次じゃ、早う変装せんか』
「で、ですがシリア様。本当にサンタクロースという人は、こんな服装なのですか?」
『レナが言うにはこれで間違いが無い。あ奴を信じよ』
「絶対季節違いだと思うのですが……」
シリア様に用意していただいた、異世界の女性サンタクロースの服に着替えながら、私は初めてレナさんの世界の文化を恨む形となりました。
着替え終えた私の姿は、胸元が大きく露出しているふわふわとした真っ赤なミニワンピースに、同じデザインのケープだけという、なんとも季節違いな恰好です。
服についている白いぽんぽんや、お腹周りを細く見せる太めのベルトなど、可愛らしさと機能美には優れているとは思うのですが、耐寒に関しては群を抜いて最悪だと思います。
『うーむ、流石に寒そうじゃな』
「ご覧の通りですが、かなり寒いです」
『ほれ、これでも履いておくと良い』
申し訳程度に差し出されたパンツストッキングを履き、頭の上に服と同じデザインの三角帽子を被って、一応準備は完了です。
プレゼントを詰めた大きな袋を肩に背負い、食堂の大窓から外へ出ると、夜風が肌を撫でる寒さに身が震えました。
「さ、寒いですシリア様!」
『見ればわかる。早く済ませるぞ』
シリア様に箒を出していただき、そろりそろりと窓から部屋の中へと侵入します。
すると、眠っていたはずのメイナードが即座に目を覚まし、止まり木の上から私を凝視してきました。
『……何者だ』
普段のメイナードの物とは思えない、低く威圧するかのような声に委縮しそうになりましたが、これは仕方がありません。
今の私は、外見は私に近いけど知らない誰か、という認識阻害の魔法を掛けていただいているのですから。
それでも、彼にだけは何とか分かってもらおうと、身振り手振りでジェスチャーを試みます。
『ベッドの上、私、一緒』
『主の寝込みを襲うとはいい度胸だ。我が音も無く葬ってやろう』
ダメです、完全に戦闘態勢に入ってしまいました!
やむなく認識阻害の魔法を解除していただき、小声で私であることをアピールします。
「私です、メイナード! 落ち着いてください!」
『む……? 何故、そんな寒そうな恰好をしているのだ主よ。風邪でも引きたいのか』
「そういうつもりではありません! これはサンタクロースという人物を模したもので」
「うぅん……」
私達のやり取りがうるさかったのか、エミリが横たわっている私の体に顔を擦り付けながら小さく呻きました。
私は慌てて口元に指を添え、メイナードに静寂を促します。
しばらくして、再び完全に寝入ったことを確認した私は、説明を再開させます。
「レナさんの世界では、良い子にはプレゼントを配って回る人物がいるそうなのです。作り話ではあるのですが、それを皆さん信じているのでこうして演じているのです」
『そうか』
彼はその説明ですっかり興味を失ったようで、小型サイズに戻ると止まり木の上で瞳を閉じてしまいました。
何と言うか、メイナードらしいと言えばらしいですね。
『ほれ、遊んでいる時間は無いぞ。早う入れてしまえ』
「そうでした!」
認識阻害を掛け直してもらい、エミリの分のプレゼントを大きな靴下の中に忍ばせます。
すると、衣切れ音で気づいてしまったのか、エミリが寝ぼけ眼でこちらを見つめてきました。
「おねえ、ちゃん……?」
エミリは顔を動かし、自分の隣に私がいることを確認すると、驚いて飛び起きようとしました。
それをそっと抑え、私はメイナードにやったように口元に指を添えます。
「こんばんは、可愛いお嬢さん。私はサンタクロースという者です」
「え、お姉ちゃんじゃない……。サンタさん?」
「はい。あなたが良い子にしていたので、プレゼントを配りに来ました」
私の言葉にエミリは瞳を輝かせ、すぐに靴下を確認しに行こうとします。
ですが、私は手でそれを遮り、話を聞くように促します。
「あなたの希望していたプレゼントも持ってきていますが、私からのプレゼントとして別の物も用意しています」
「別のプレゼント?」
「はい。あなたが大好きなお姉さんと一緒に、魔女になれる服です」
「魔女!?」
「しーっ。声が大きいです、お姉さんが起きてしまいますよ?」
エミリはばっと口を両手で押さえ、目で続きを話して欲しいと訴えてきます。
「魔女になると言うことは、あなたはもうただのエミリではなく、魔女のエミリになると言うことです。それは良い事でもありますが、悪い事でもあります。悪い話については、お姉さんから聞いていますね?」
コクコク、と頷くエミリに微笑み、話を続けます。
「あなたが本当に魔女になっても良い、生まれを捨てても良いと言うのであれば、そのプレゼントを受け取ってください。まだ心が決まらないのであれば、その時が来るまで大事に保管していてください。いいですね?」
「うん……。ありがとう、サンタさん」
「ふふ。それでは、私は他の子ども達にも配りに行かないといけないので、これで帰りますね」
窓から出て行こうとすると、エミリが小さな声で「待って!」と呼び留めてきました。
「あ、あのねサンタさん。お姉ちゃんには、プレゼント無いの……?」
「あなたのお姉さんは、もう大人ですから。それに、私に頼まなくてもプレゼントは貰っていると思いますよ」
「え?」
首を傾げるエミリに、私は微笑みを送って窓の外へと身を躍らせます。
そのまま箒に乗って一旦家から遠ざかると、エミリがいつまでも私の背中を見送っていました。
『くふふ! お主はプレゼントを貰っておったのか』
「私にとっては、皆さんと過ごせる日々が神様からの贈り物のようなものですから」
『ほんに可愛げのない娘じゃのぅ。もっと子供らしく強請っても良いのじゃぞ?』
「これ以上は望みすぎという物です。私はこれで十分ですから――くしゅん!」
『やれやれ。ここまで飛べばもうエミリも見ておらんじゃろう、早う戻るぞ』
「そうですね。これ以上は本当に風邪をひいてしまいそうです」
冷たい夜風を浴びながら再び家へと戻り、私はフローリア様達が眠っている窓へと忍び込みました。




