298話 魔女様はプレゼントを用意する
あれから一時間もしない内に私の下へスノードームが届けられ、手のひらサイズの小さなガラス玉の中にある、幻想的な世界に私達は釘付けになってしまいました。
「これは……とても儚げで美しいですね」
『うむ。異世界にはかような文化があるのじゃな。まるで、世界の一部を切り出したかのようじゃ』
リョウスケさんが送ってくださったそれは、豪奢なお城にも見える建物を奥側に置いた、繊細な異世界の街並みが作られていた物でした。
ガラス玉の内側が夜景のようになっているのに加え、どういう原理かは分からないのですが、ぱらぱらと雪が降り注いでいるのがとても綺麗な逸品です。
「レナさんが欲しがるのも分かる気がします」
『くふふ。お主にも作ってやろうか?』
「私はサンタクロースにはお願いしていないので大丈夫です」
『なんじゃ、可愛げのない……。まぁ良い、作りは大雑把には理解した。あとはいくつか試しに作ってみるだけじゃな』
早速私達はシリア様の部屋へと向かい、スノードーム作りに着手します。
とは言っても、実際に作るのはシリア様ですので、私は出来に対して意見を出すだけの係です。
『ふむ……。まずはこんなものか』
「わぁ! とても可愛らしいです!」
最初にシリア様が作ったそれは、暖かそうな部屋の暖炉の前で、丸くなっている猫を模したスノードームでした。
ですが、これだけでは先ほど見たスノードーム感がやや薄く、やはり雪や何かが舞っていないと物足りなさを感じてしまいます。
続いてシリア様が作ったのは、まるで海底の一部を切り取ったかのような、魚群が緩やかに泳ぎ回る物でした。
先程の物と決定的に違うのは、こちらには底の部分から泡がふわりと浮かんでくる仕様になっていることで、リョウスケさんが送ってくださったものとは別の良さがあります。
「私はこれ、かなり好みかもしれません」
『そうかそうか。ならばこれはお主にやろう』
「ありがとうございます、シリア様」
『良い良い。さて、本題の桜じゃが』
シリア様は作るのも慣れたと言わんばかりに、即座にスノードームを作り出します。
そこには草原の中に桜の大樹がそびえ立っていて、風に吹かれた桜の花びらが舞っているように見えます。
『作るのは簡単じゃ。じゃが、レナが求めておる桜の木は恐らく、あ奴の深層心理にある特別な物じゃろう』
「そう言えば以前、レナさんとこういう話をしたことがあります」
フローリア様が異世界に服を買いに行った際、時間を持て余してしまった私達はレナさんの思い出話を聞かせていただいたことがありました。
彼女は異世界では早々に一人暮らしをしていたそうなのですが、心の癒しにしていた物が実家にあった立派な桜の木だったらしく、時折その写真を見ては寂しさを紛らわせていたようでした。
「あたしも好きで一人暮らしをしてた訳じゃないの。でも、そうしなきゃいけなかったって言うか、まぁ何て言うか色々あったのよ」
当時を思い出しながらそう語っていたレナさんは、一見明るく振る舞っていたのですが、心の奥底にある寂しさが一瞬だけ表に出てきてしまっていたのをよく覚えています。
こちらにいきなり連れてこられて、心の癒しであったその写真も無くなってしまっていたようですし、彼女が求めている桜の木のスノードームというものは、間違いなくそれだと思います。
レナさんとの話をかいつまんでシリア様に伝えると、シリア様はいつものように腕組みをしながら考えこみ始めました。
『ふむ……。レナの実家にある桜の大樹、か。こればかりは再現は難しいやも知れぬな』
「そうですね……。せめて、レナさんがその桜の木に関する絵や写真を持っていれば良かったのですが」
異世界にある以上、私達はそれを直接見ることは叶いません。
そして、レナさん自身にどういう桜の木だったかと聞いたところで、抽象的な答えしか返ってこないでしょう。
『あの阿保女神が、連れてくるタイミングを弁えておれば……』
悪態を吐くシリア様の言葉に、私はふと可能性を見出しました。
「シリア様。フローリア様なら、レナさんの実家の桜の木を見てくることが出来るのでは無いのでしょうか」
『む? ……おぉ、そうじゃ! 普段から遊び歩いておるあ奴に、レナの実家に向かわせようぞ!』
「ですが、この事を伏せながら伝えるとなると、どう説明すればいいのでしょう」
『そんな物簡単じゃよ。“レナが実家の桜が立派だった”と自慢しておったから、どのようなものか見て見たいとでも言えばあ奴は動くじゃろ』
確かに、その理由であればフローリア様が異世界に遊びに行く理由としては十分かもしれません。
そうと決まれば、と私達はフローリア様を探しに食堂へ向かいましたが、いつもならエアコンの風を受けながらのんびりしている彼女の姿がありません。
自室を探しても誰もおらず、一階の診療所を見に行っても薬品棚の整理をしていたらしいレナさんの姿しかありませんでした。
「レナさん、フローリア様を見ませんでしたか?」
「フローリア? いや、お昼食べてから見てないけど」
『何故あの阿保は必要な時はおらず、どうでもいい時はおるのじゃ!』
「どうしたの? フローリアが必要って滅茶苦茶珍しいじゃない」
「実は――」
レナさんに説明しようとして、私はハッとしました。
フローリア様にレナさんの実家の桜の木を見てきて欲しい、と説明なんてできる訳がありません!
言葉を詰まらせた私をレナさんは不思議そうに見つめてきます。
どう彼女に説明するべきか悩んでいると、シリア様が助け舟を出してくださいました。
『シルヴィがおやつに用意しておった菓子が消えておるのじゃ。あ奴が隠れて食ったに違わんじゃろうて』
「あー、そういうこと? 全く、良い子にしてないとサンタ来ないからねって言ったのに、あのバカ……」
すみませんフローリア様。不名誉な冤罪を被せてしまうことをお許しください。
『したらばどうするか。ウィズナビで呼び出すか?』
「の方が早いかも。あたしが呼んであげよっか?」
「あ、いえ。私の方で連絡を試みてみます」
「そう? じゃあ任せちゃうわ」
そう言うとレナさんは、再び棚の整理を始めました。
私達はそっとその場を離れ、再びシリア様の部屋へと戻ってフローリア様に連絡を試みます。
『はぁい♪ いつでもハピネス☆フローリアよ!』
『なんじゃこ奴……切れシルヴィ』
『ちょっとちょっと! そっちから掛けてきてそれはあんまりじゃないのシリア~!』
いつも以上にテンションが高めなフローリア様に苦笑しつつ、手短に用件を伝えます。
「フローリア様。少し異世界関係でお願いしたいことがあるのですが、一度戻って来ていただくことはできますか?」
『あら、シルヴィちゃんが異世界に興味を持つなんて珍しいわね~。お料理かしら?』
「いえ、今回はちょっと別件でして」
『ふぅん? ちょっと待っててね、今お風呂場にいるからすぐ戻るわ!』
「分かりま――」
した、と言うよりも早く、私の目の前にフローリア様がくるりと回りながら姿を現しました!
彼女はにっこりと笑顔を浮かべながら、私に手を振って見せます。
「はぁい♪ どうしたのシルヴィちゃん?」
「えっと、実はですね……」
フローリア様にレナさんの実家の桜の木が見てみたい事、できれば写真に収めてきて欲しいことを伝えると、彼女は何も疑うことなく快諾してくださいました。
「おっけーおっけー! それじゃ、サクッと撮って来るわね! 何かお土産は欲しい?」
「大丈夫です」
「うふふ! シルヴィちゃん、ホントに物欲が無いわね~。じゃ、ばっちりカメラマンしてきちゃおっかな! 行ってきま~す!」
ご機嫌そうなフローリア様は再びくるりと回り、姿を消してしまいます。
『何なのじゃあれは。そんなにクリスマスが楽しみなのか』
「相当ご機嫌でしたね……」
『普段からうるさい奴じゃが、ここ数日はいつにも増してやかましくて敵わん』
ややげんなりとしているシリア様に苦笑いを返し、私達はフローリア様の帰りを待ちながら、セーターの準備を始めることにしました。




