293話 魔女様は創造する
イースベリカでの遠征が終わり、もう半月もしない内に新しい年を迎える森にも、しんしんと雪が降り始めています。
今日もエミリはペルラさん達の所でアイドルの練習をさせてもらっていて、すっかり森の皆さんも冬越しに備えてしまっている診療所は静まり返ってしまっていますが、私の時間を少し多めに取ることができていました。
『じゃが、こうも毎日毎日ポーションを作り続けるだけでは、飽きが回りそうじゃな』
「それは分かりますが、診療所にお客さんが来ない時期はこれが生活費となりますので」
『いや、妾が言いたいことはそうではない』
「と、言いますと?」
『ほれ、最近は雪のせいで鍛錬ができておらぬじゃろう? お主に新たに魔法を学ばせようにも、実践ができぬと座学のみでは限界があろう』
確かに、冬が本格的になり始めてからというもの、猫の体で過ごしているシリア様には特に寒さが身に染みるらしく、いつものように庭で鍛錬をすることができずにいました。
私としても、足場の悪い状況下では動きにくくなってしまうので、冬場の鍛錬は座学を中心という形にしていただいていたのですが、やはり頭で理解してるつもりでも実際には使えないという可能性が否めないのは事実です。
「では、今日は外で鍛錬をしますか?」
『それは嫌じゃ』
「ですよね……」
ちらりと窓から外の様子を見ても、イースベリカのあれとは比較になりませんが、しっかりと雪が降っているのが分かります。
せめて、雪が降っていなければ鍛錬ができるかもしれませんが、今日のような日が続くとどうにもならない気がします。
すると、シリア様が何かを思いついたかのようにぽんと手を叩き、私に提案しました。
『そうじゃ! どうせお主もポーションを作るだけでは魔力を持て余しておるだけじゃし、いざと言う時のために妾の実体を創造するかの! さすれば、妾も着込めば雪の下でもお主の監督ができる』
「なるほど。しかし、シリア様のお体を作るとなると、相当な魔力消費量だと仰っていませんでしたか?」
『うむ、これまでの魔法とはまるで規模が異なる消費量となる。じゃが、この消費量に慣れておけば、いずれお主に掛かっておるソラリアからの制限が解けた際に、極大魔法を放っても持ちこたえられるじゃろうて』
シリア様が仰る極大魔法と言いますと、以前勇者一行であるセージさん達に向けて放った、あの太陽と見紛うほどの爆炎だったあれの事でしょうか。
仮に他人への攻撃が可能になったとしても、あれを人に対して使うつもりはありませんが、あれ以外にも極大魔法は種類はあるはずですし、今の内から魔力消費に慣れておくのは悪くないかもしれません。
「分かりました。では、シリア様の体を創造してみましょう」
『ならば、早速取り掛かることにするかの』
明日ディアナさんに持って行っていただく分のポーションを作り終え、シリア様の部屋へと移動します。
中に入るや否や、私はついシリア様に失礼なことを聞かざるを得ない気持ちに駆られてしまいました。
「シリア様、大変失礼なのですが……。本当に、これらは部屋の拡張の維持に必要なのですよね?」
『う、うむ……』
やや歯切れの悪いその返答に、私は不要なものが多少含まれているのだと察してしまいました。
それもそのはずです。以前訪れた時は、やや散らかっているという印象だったのですが、今日はややで済まされないほど酷く散らかっています。
「とりあえず、先に掃除してしまいましょう」
『お主を招き入れたのがミスじゃったな……』
少し嫌そうなシリア様に処分して良いものとそうで無いものを分けていただき、手早く部屋の掃除を終わらせます。結局、散らかっていたものの大半が不要なものであったらしく、掃除が終わることには前回訪れた時以上に綺麗な部屋となっていました。
『さて、では手始めに妾の体の素体となる、お主の全身をしっかりと脳に焼き付けるのじゃ』
綺麗になった部屋で、まずは自分の姿をじっくりと脳裏に焼き付けます。
白銀の髪に、前髪で隠している赤い瞳。それに対を成して色が違う、青い右目。
生前のシリア様に比べると一回り小さな私の体をしっかり見つめ直し、シリア様へ準備が出来たことを伝えます。
「大丈夫です、シリア様」
『あい分かった。ならば、精神を集中させ脳内のお主に魔力を注ぎ込むイメージをせよ』
シリア様の言葉に従い、真っ暗な空間に漂う私の体にゆっくりと魔力を注ぎ込むイメージを描きます。
すると、思った以上に自分の中から魔力がそのイメージに持って行かれる感覚がありました。これは確かに、魔力の消耗がかなり大きいかもしれません。
かなりのペースで減っていく魔力と、それに比例して輝きを増していく脳内の私の体。
しばらくその状態が続いていましたが、あるところまで魔力を注ぎ続けると、それ以上は私のイメージの体が魔力供給を受け付けなくなりました。
『……ふむ、どうやら魔力は編み上がったようじゃな。したらば、編み上がったイメージに妾を当てはめて取り出してみよ』
イメージ内で新たにシリア様の猫の体を描きあげ、それを私の体に溶け込ませます。
私の体の中にシリア様の体が完全に入ると、それがトリガーだったかと言うように更に魔力が大きく減りました。
エルフォニアさんやレオノーラに転移のために魔力を引き出された時以上の疲労感が襲い来る中、脳内の私は一際輝きを放ち――。
「目を開けて良いぞ」
集中を解いて瞳をそっと開けると、そこには半実体ではないシリア様が机の上で膝を組んでいました。
「成功、でしょうか?」
「うむ、上々じゃ。して、初めての実体化を試みた気分はどうじゃ?」
「かなり疲労があります……」
「じゃろうな。恐らく、お主の魔力の八割以上は割いたはずじゃ」
シリア様はひょいとテーブルから飛び降り、ローブをはためかせながらくるりと回ると、私を覗き込むような姿勢でにやりと笑って見せます。
「どうじゃ? お主と瓜二つの存在が目の前にいるというのは?」
「今までは半実体でしたが、こうして実体を持たれているのは少し違和感がありますね」
「妾が聞きたかったのはそういう事では無いのじゃがなぁ……まぁよい。早速外に出ることにするかの」
軽やかな足取りで外へ出て行くシリア様に続いていくと、いつの間にか帰ってきていたらしいフローリア様が、寒そうに手を擦りながらドアの前を通りがかっていました。
「あら? シルヴィちゃん、シリアの部屋から出てくるなんて珍しいわね。どうしたの? 掃除?」
「いえ、そちらは私では無く――」
訂正しようとした私を遮るようにシリア様が身を躍らせ、私を手で示しながら言いました。
「フローリア様。私、シリア様の実体化に成功しました!」
「え? わぉ、ホントにシリアが猫じゃなくなってるわ!!」
予想もしていなかった発言にシリア様を凝視してしまう私に、シリア様はこっそりウィンクを飛ばしてきました。これはもしかして、合わせろと言うことでしょうか?
「……シルヴィが魔力を持て余しておったからな。試験的に実体化を行ってみたのじゃ」
シリア様ならきっと、こんな感じの口調で言うはずです。
そんな私のなりきり発言に、フローリア様はすっかり騙されてしまっているようで、シリア様に抱き付いて喜んでいます。
「凄いわシルヴィちゃん! 神体の実体化は莫大な魔力が消費されるのに、一人でやっちゃうなんて流石ね~! 偉い偉い!」
「く、苦し……貴様――じゃない、離れてくださいー!」
すぐに助けに入ろうとも思いましたが、今の私はシリア様と言うことになっていますので、最後までシリア様を演じることにしましょう。
「ほれ、遊んでないで鍛錬に向かうぞ」
「なっ!? 置いていくのかシルヴィ!?」
「何言ってるのシルヴィちゃん? シルヴィちゃんはあなたじゃない。魔力使いすぎてシリアがちょっと混ざっちゃってるの?」
首を傾げるフローリア様を誤魔化しつつ、下へと逃げていく私にシリア様は悔しそうな表情を浮かべられていました。




