290話 異世界人は不器用
その後、レオノーラも負けじと参加して、魔力で作り上げた淡い燐光を放つ紺色の蝶を追従させながら滑ったことで会場を大いに沸かせましたが、この競技に魔法を用いてはならないという前提条件を無視してしまったため、二人とも失格となってしまいました。
参加賞として、氷の結晶を模して作られた手のひらサイズのプレートを貰った二人が、肩を落としながら帰って来たのを温かく迎えるも、演出に魔法を使っちゃダメって聞いてなかったとしばらく不服そうでした。
スノーボード、スキージャンプ、クロスカントリースキーと呼ばれる持久走など、様々な種目を騎士団の方と魔導連合の魔女達が競い合い、気が付けば夕日が昇り始めていました。
『さぁ! 冬季技練祭もいよいよ最終競技となりました! 最終競技は、全魔女参加の彫像コンテストです!!』
「さて、では私達も移動しましょう。場所はイースベリカの城壁付近であればどこでも構いません」
ラティスさんに続いて私達も移動を開始し、適当な位置に立って杖を取り出します。
よく見ると私がいる場所は、商人の方が積み荷の検査を受ける税関の近くだったようで、城門を守護している門兵の方にじっと見られています。
『ほれ、視線を気にして集中を切らすようでは半人前じゃぞ? 気にせず作り上げる彫像をイメージせんか』
「はい……」
シリア様に怒られてしまい、やむなく彫像を作るために意識を集中させます。
この彫像コンテストで作られた彫像が、先一年のイースベリカを護ることになるようですし、できれば立派かつ門番に相応しい物を作るべきでしょう。
私が今まで見てきた魔獣を頭の中に並べようとした時、真っ先にちょうどいいデザインがあったことを思い出しました。
「シリア様、カースド・イーグルは象っても大丈夫でしょうか?」
『くふふ! メイナードを思い浮かべておるのならば商人が度肝を抜かしそうじゃが、イースベリカを悪しき魔獣共から護るという点では問題無かろう!』
「ありがとうございます。では、せっかくですのでメイナードをイメージしたいと思います」
『うむ。来ることが叶わなかったあ奴のためにも、記念にしてやれ』
シリア様に頷き、私は魔力を集中させながらメイナードを思い描きます。
日頃から人を見下すような態度が多い、空を統べる強者であるメイナード。
彼がもし、私の家の守護を任されていたとすれば、きっとこんな感じでしょう。
『……ほぅ、これはまたあ奴らしいな』
魔力を編み上げて作った彫像に、シリア様が感想を零します。
イメージ通り出来たでしょうかと瞳を開けると、そこには強者たる自信が満ち溢れるように胸を張り、つまらないものが来たと言わんばかりに視線のみを下に向けるメイナードの彫像が出来上がっていました。
大きさもほぼ実寸大の彼のサイズそのままに出来たので、メイナードが氷漬けになっていると言い表してもいいくらいの出来栄えです。
『あの雑魚を見るような目、正しくあ奴らしい。くふふ! 上出来ではないか!』
「メイナードらしさが出せて良かったです。レナさんを小馬鹿にしているときがこんな感じだったので、きっと取るに足らない魔獣が来ても変わらないのでしょうと思いまして」
『うむうむ、あ奴ならば間違いなく鼻で笑っておるだろうよ。さて、レナ達の様子でも見に行くかの?』
「そうですね。あ、少しだけお待ちください」
手早くウィズナビから完成したことを報告し、服の中に潜り込んできたシリア様と共にレナさんを探しに行きます。
すると、私のいた場所からさほど離れていない場所で、何かを隠すように覆いかぶさりながら、私達に吠えるレナさんの姿がありました。
「ダメ! 見ないで! こっち来ないで!!」
「れ、レナさん?」
『なんじゃレナ、変な物でも作ったか?』
「変じゃないけど見せられないの! 来ないでー!!」
「あはっ! あっはははははは!! 変じゃないのそれ!? 変じゃないのレナちゃんそれ!? あはははははは!!」
「うっさい馬鹿! いつまでも笑ってんじゃないわよ!!」
「だって、だって! ひ~!!」
雪の上だと言うにも関わらず、お腹を抱えながら笑い転げているフローリア様も気になりますが、頑なに見せようとしないレナさんも気になります。
一体、何を作ればそんなに見せられないものになるのでしょうか……と好奇心が強くなってしまい、吠え続けるレナさんに近づいていくと。
「来ないでって! やめてシルヴィ! あっち行って!!」
「わっ! そ、そこまで見せたくないのですか?」
蹲ったまま、片手でそれを隠しながら私に雪を掛けて来ました!
こんなに譲ろうとしないレナさんは非常に珍しいので、私も段々と見たい気持ちが強くなってきてしまいます。
それはシリア様も同様であったらしく、私を見上げながらシリア様が提案します。
『シルヴィよ、妾が浮遊魔法で一瞬浮かせる。その隙に、隠しているものを奪い取れ。良いな?』
「分かりました」
シリア様は服の中から飛び出し、前足で雪の上をポンポンと叩きます。それと同時にレナさんの体が何かに引っ張られるように引き上げられていき、怒りか羞恥か判断できない表情のレナさんが更に吠えました。
「うわぁ!? シリアやめなさいよ! ちょっと、やだ! ホントに見ないでって! いやあああああああ!!」
『今じゃシルヴィ!』
急いでレナさんの下に潜り込み、彼女が隠そうとしていた彫像を持ち出します。
ぎゃあぎゃあと半泣きになりながら抵抗するレナさんから離れ、両手で抱えられる程小さなそれを確認すると――。
「これは……ひよこ、でしょうか」
『じゃが、足も無ければずんぐりむっくりとし過ぎではないか?』
一見ひよこにも見えるそれですが、全体的にかなり簡略化されすぎていて、辛うじてくちばしと尾先がぴょこんと出ているだけです。強いて言えば、目も小さな丸で描かれているくらいでしょうか。
ひよこに見える何かを観察しながら首を捻る私達の下へ、シリア様の魔法から逃れたレナさんが見たことも無い速さで駆け寄り、私の手からそれを奪い取って一瞬でかなりの距離を取りました。
「見ないでって言ったじゃん! シルヴィの意地悪! 嫌いよ!!」
「すみませんレナさん。ですが、隠されるとどうしても気になってしまって……」
『レナよ、そのひよこは何じゃ? 何を模した?』
「ひよこ!! あっはははははは! ひ~~~よこ!! ひよこだってレナちゃん!! あはっ! あははは――きゃん!!」
「いつまで笑ってんのよあんたは!! このっ、このっ!!」
「つめっ、冷たい冷たい! ごめんねレナちゃん! でも、ひよこ……あはははは!!」
レナさんが馬乗りになり、フローリア様の顔に雪をぶつけていますが、フローリア様は未だに笑いが収まらないようです。
彼女の口ぶりから、ひよこを作る予定では無かったけど、何故かひよこになってしまったという可能性が高いのでしょうか。
「死ぬ、笑い死んじゃう! けっほけほ! あははは!! ほらレナちゃん、答え教えてあげなきゃ!」
「嫌! 絶対笑われる!!」
『妾達をそこの阿保女神と一緒にするでない。して、何を模したのじゃ。言ってみよ』
「笑わないので教えてください、レナさん」
フローリア様の顔を雪で埋めた彼女は、ぜぇぜぇと荒い呼吸をしながら涙の浮かんだ表情をこちらへ向けてきます。そんなに怒るほど、これは恥ずかしい物なのでしょうか。
「絶対? 絶対笑わない?」
「はい。絶対笑いません」
『早う言わんか。笑うかどうかはその後じゃ』
「それ絶対笑うやつじゃない!」
「ま、まぁまぁ……。シリア様も努力は馬鹿にされないと思いますし、大丈夫だと思います」
レナさんは視線を落とし、やがて観念したようにか細い声で言いました。
「…………よ」
『ん? すまぬ、良く聞こえんかった』
「メイナードよ!!」
今にも泣き出しそうな勢いで答え、顔を真っ赤にして黙ってしまったレナさんと、彼女の手の上に鎮座しているひよこ――もとい、メイナードを見比べます。
あの彫像が、メイナード。
あのちょこんと跳ねた尾先と、ずんぐりむっくりとしたデザインがメイナード。
『……ぷっく、くはは、くっははははは!! あれがメイナードか!? ふふ、くっふふふふふ!!』
「だ、ダメですシリア様。レナさんに失礼です……ふふ」
「ほらぁ!! 笑うなって言ったのに笑うじゃない!! シルヴィまでー!!」
「きゃあ!? ご、ごめんなさいレナさん!」
『くはは! 逃げるぞシルヴィ! 今捕まったら何をされるか分からん!』
「逃がすかあああああ!!」
懸命に逃げるも、レナさんから逃げきれるはずなど無く、雪だるまに埋め込まれそうになっているところを、様子を見に来たレオノーラ達に助けていただくのでした。




