288話 騎士団長は焼きもちを焼く
「え!? 相葉さんってアプリ系のエンジニアだったの!? 道理でヒマッターとかファインがほぼそのままでこっちにもある訳ね! 凄いじゃない!」
ラティスさんによって無理やり着席させられたリョウスケさんから話を聞くと、彼はレナさんの世界で“アプリケーションエンジニア”と呼ばれる職業に就いていたらしく、その知識を応用してウィズリンなどを作っていたとのことでした。
また、ウィズナビについては個人的な趣味で“パソコン”と呼ばれる端末を自作したり、“スマホ”と呼ばれるものを修理していたことから、仕組みなどは理解できていたそうで、魔女が用いた連絡用の水晶玉をラティスさんの魔法によって改変して創り出された産物だそうです。
それは実質、ラティスさんが作ったものなのではと思ってしまいましたが、ラティスさんとしては「私には無いイメージでしたので、私の手柄ではありません」と、あくまでもリョウスケさんの創作物であると主張していました。
そんな彼の話を聞き、素直な感想を述べたレナさんに対し。
「そうだろう!? いやー苦労したんだよあれ! ほら、この世界の魔法って“イメージが強ければ強いほど精度が高くなる”って法則があるだろ? あれのせいで、一から十まで全部イメージを練り上げながら組み立てないといけないからしんどいのなんの! でもって、イメージ通りにいかないから作り直そうとして何度も何度もラティス様に頭下げながら手伝って貰って……」
と、かれこれ半刻ほどはウィズナビ誕生秘話を熱く語っています。
私も聞いてはいるのですが、途中から異世界の言語がいくつも混じってきてしまい、理解が追い付かなくなってしまったので、最早話半分で競技の方を観戦させていただいています。
ご自身の話になると盛り上がってしまうのは、作物絡みでテンションが上がってしまうスピカさんで慣れていたつもりでしたが、彼も彼で似たタイプなのかもしれません。と一人で小さく苦笑していると、突然我に返ったらしいリョウスケさんが申し訳なさそうに謝り始めました。
「あ……すいません。あまり俺の話を理解してくれる人っていなくて、つい熱くなっちゃっいました……。シルヴィさん、分からなかったですよね」
「いえいえ。分からなかったのは否定できませんが、ウィズナビの開発に熱が入っているからこそなのですねと思っていました。使いやすい魔道具を開発してくださって、ありがとうございました」
彼の言葉にそう返すと、何故かリョウスケさんは何かに耐えるかのように唇を噛みしめ、右手で目元を覆ってしまいました。
「ど、どうかしましたか……?」
「良い子過ぎて辛い……マジ無理……」
これは褒められているのでしょうか。それとも、拒絶されているのでしょうか。
何とも分かりかねる反応に困っていると、彼と一緒に話を聞いていたレナさんが両腕を組みながら、うんうんと頷きます。
「分かるわー。シルヴィって、誰に対しても理解を示そうと頑張ってくれるから健気よね」
「こんな天使、二次元だけだと思ってた……。俺、こっちに来て初めて異世界最高って思えたかもしれない……」
「あはは! 相当こじらせてるわ――ひぇっ」
レナさんが言葉を続けられなかったのは無理もありません。
何故なら、私達の周囲のみ気温が下がり始め、リョウスケさんを挟むように座っていたラティスさんの表情が、恐ろしい物に変貌していたのですから。
それに気づいていないリョウスケさんは、しみじみと思いを吐露し続けます。
「こんなオタクに理解を示してくれるレナちゃんもマジで神。ホント女神降臨。こっちで前世の記憶引き継いじゃって、それのせいで家を追い出されるわ魔獣に追い掛け回されるわで、あーもう俺死んだかなって諦めてたんだけど、たまたま散歩に出ていたラティス様に見つけていただいた時のあの後光が差してた感も異世界やべぇって思ったけどさ、いやーレナちゃんやシルヴィさんほどじゃないって言うか!」
彼が言葉を続ければ続けるほど、ラティスさんの表情がどんどん直視できないものになっていき、徐々に気温も下がっていくのが分かります。
私達は恐怖からか寒さからか分からない震えを伴わせながら、彼に気づいてもらえるよう必死にアプローチを試みますが、自分の世界に入り始めているリョウスケさんに届くことがありません。
「俺なんかがこんな天使にお近づきになっちゃっていいんですか!? って今でも思うけど、ホント顔が広いラティス様に感謝しかない! 俺にこんな機会を与えてくださってありがとう……ござい……ます…………」
そこでようやく彼は、鬼の形相で絶対零度を放つ大魔女が、自身の右隣に鎮座していることに気が付きました。既に彼女は大剣を抜刀していて、リョウスケさんの首元に冷気を放つそれを当てているところです。
「リョウスケ。何か、言い残したいことはありますか?」
「すみっ、すみませんでした。オタク風情が調子乗りました、ホントすみませんでした!」
「ら、ラティスさん落ち着いてください!」
「そうよ! 相葉さんだって悪気があった訳じゃないのよ、たぶん!」
何とか止めてもらえるようフォローを入れてみますが、ラティスさんの目が据わっていることから、非常にご立腹な様子です。
これ以上は何を言ってもダメかもしれません。そう思った刹那、私の服の中から顔を出したシリア様が吠えました。
『こんなくだらんことで腹を立てるでないわ、このたわけ! 寒くて敵わん! やるなら武力以外でやれ!』
「武力以外で、ですか。それも良いかもしれませんね」
ラティスさんはそう呟くと、大剣の代わりにウィズナビを取り出し、誰かに連絡を取り始めました。
一体何が始まるのかと気が気でない私達に、連絡を終えた彼女はにっこりと微笑みます。
「では、私を不快にさせたお詫びとして、リョウスケには体を張っていただきましょう」
「ま、また何かやらされるんですか俺……?」
「えぇ。ですが、身構えることはありません。簡単な事ですよ」
ラティスさんはリョウスケさんの襟首を掴んで立ち上がらせると、彼の背後に大きなスノーボードを出現させました。それに彼の体を押し当てながら、手早くバンドで締め上げていきます。
「あ、あの、ラティス様。俺、すっげー嫌な予感がするんですが」
「そうですか? 気のせいでしょう」
「あのですねラティス様。せめてゴーグルか何かが欲しいなと……」
これからやらされることを察したらしい彼の言葉に、ラティスさんはリョウスケさんの正面に立ち、優しく微笑みました。
「仕方ありませんね。では、こちらを」
「わーい……って、ラティス様!? これ、ゴーグルじゃなくてアイマスクなんですが!? 俺何も見えないんですけど!!」
「注文の多い見せ物ですね。口も塞いで欲しいのですか?」
「す、すいません……」
「ふふ。冗談です」
やがて、スノーボードに括り付けられ、アイマスクで視界を奪われているリョウスケさんはラティスさんの脇に抱えられ、彼女と共にどこかへ連れ去られてしまいました。
それから間もなく、今度はラティスさんだけが帰ってきて、嫌な予感がしつつも私は尋ねてみることにします。
「あ、あの、ラティスさん。リョウスケさんはどこへ……」
「心配しなくても大丈夫です。出番は次ですので」
その言葉に、私は予感が的中してしまったことにめまいを覚えつつ、彼の無事を祈って会場へと視線を移します。
すると、やはりと言いますか何と言いますか、数人のスタッフの方々に抱えられたリョウスケさんが登場し、観客席からでも聞こえるほどの悲鳴を上げていました。
「嫌だああああああ!! やっぱ怖いって! すいませんラティス様! これ! このアイマスクだけでも取ってください!! 何も見えないのやばいって!!」
最早泣き叫ぶに近いその悲鳴を聞きながら、ラティスさんは一人クスクスと笑い続けています。
リョウスケさんはその後も、スタッフの方に何度も止めて欲しいと懇願していましたが、立場上ラティスさんに逆らうことのできない彼らは黙々と進める他なく――。
「ぅああああああああああああああああ!? わあああああああああああああ!!」
彼は悲鳴を轟かせながら、傾斜の厳しい雪の上を凄まじい速度で下って行きました。
その様子に会場は「今年もやらかしたのか局長!」などとヤジを飛ばしながら笑いが起きています。
『ラティスよ。新しく見つけたおもちゃを気に入っているのは分かるが、もう少し加減してやってはどうなのじゃ……』
「ふふ。リョウスケはいじめられると喜ぶので、これくらいで丁度いいのですよ」
『はぁ……。あ奴も厄介な奴に目を付けられたな』
私達が若干引いてしまうほどのお仕置きの内容に、ラティスさんは終始楽しそうにしながら見続けていました。




