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281話 魔女様は議論する・前編

『さて、まずは他の見届け人にも理解できるように、妾がまとめた情報を提供してやろうかの』


「流石はシリア、手慣れていますね」


『こんなもの慣れたくて慣れた訳では無いわ、たわけが』


 シリア様は悪態を吐きながらも、私達全員にも見える高さでマジックウィンドウを表示させます。

 そこには、生前の商人の方のバストアップ画像と、ざっくりとしたプロフィール、そして死因や死体の状況などが記載されていました。


『此度の被害者はマルヌイ商会の会長を務めておった人物、ホークエンス=エレヴァンじゃ。若くして商才を発揮し、稀に見る速度で会長の座に上り詰めたできる人物じゃな』


「えぇ。商談の際に話を交えましたが、彼の先見性は非常に素晴らしい物でした。それでいて、魔女相手に値切ろうとする胆力や口の上手さなどもありましたし、かなり敏腕の商人であったものと思います」


『じゃが、そんな輝かしい未来を持っておった者も、何者かによって未来を閉ざされた。その死因は、過度な魔素を取り込みすぎたが故の毒死じゃ』


「待ってくださいシリア様! ここは中立国であり魔族とも多少は交流があるとはいえ、過剰な魔素を取り込む要素なんてあるんですか?」


 ミナさんの質問に、レオノーラが答えます。


「別に魔素濃度が高い場所でなければ、魔素を体内に入れられないという訳ではありませんわ。そうですわよね、シルヴィ?」


「え、えぇ。私とレオノーラがキッチンに行った際、こういう物を見つけました」


 私は持ち出していたハーブの瓶……魔香草を見せます。

 それを見たミナさんが、何かに気が付いたように声を上げました。


「あ! 魔香草ですか! そう言えば、何で普通の商人を相手するキッチンに、魔香草なんてものがあるのか気になっていたんですよね~」


「風味付けとして使うには、毒耐性がある程度備わっていなければ危険な調味料として、魔族領では有名ですね」


 ミオさんの補足にミナさんがうんうんと頷きます。


「何でって、普通にお料理に使うためじゃないのかしら? それが危ないのだとしても、使う人は分かっているんでしょう?」


「そうですね。あのキッチンで料理をした人であれば、あれが危険な物であることは理解しているはずです。……そうでしょう? 【慈愛の魔女】シルヴィ様?」


 フローリア様の疑問に答える形で、秘書の方から矛先を突き付けられます。

 確かにあの場で料理をした人であれば分かる代物だとは思うのですが、私が分からなかった理由があるのです。


「はい。魔香草という代物があると知っていれば、確かに使い道には細心の注意を払うものだと思います。ですが、それを知らなかった人はあれを“ただのハーブ”だと誤認してしまう可能性もあったと思います」


「そうですわね。あの瓶には何も書かれていませんでしたし、魔香草とハーブは匂いだけなら何一つ変わりませんもの」


「えぇ。だからこそ、料理の過程でいつものように使ってしまってもおかしくは無い。風味を引き立たせるには、ハーブは絶好の調味料ですからね。違いますか、シルヴィ様?」


 一歩一歩、確実に追い詰めるように私を責めてくる秘書の方に、私は言葉を返すことが出来ません。

 そんな私へ、周囲から視線を向けられているのが嫌と言うほど分かります。


「え……。シルヴィ、まさかシチューに魔香草って言うの、入れちゃったの……?」


「えぇ~!? じゃ、じゃあシルヴィちゃんが殺しちゃったの!?」


「うわぁ……わざとじゃないとは言え、あれは間違えても仕方ないですよね~。ミナでも気づかなかったかもですし」


「ど、どうなんですのシルヴィ? 本当に、魔香草を入れましたの?」


 次々に真偽を問い詰められ、私は早々に限界を迎えてしまいました。


「……はい。昨夜のシチューに、あの魔香草を」


『待てシルヴィ。今認めるでない』


 入れました。と声を震わせながら続けようとした私の発言を、シリア様が遮ります。

 涙で視界が歪み始めていた私が顔を上げると、シリア様は私を見ておらず、秘書の方を真っ直ぐに見据えていました。


「何故自認の発言を遮るのですか?」


『いや何、貴様のその推論で行くとすれば、大きな矛盾が生じるのでな』


「矛盾ですか? そんなものはありません」


『ほぅ? ならば聞こう。仮にシルヴィが作ったシチューに、魔香草が混ぜられておったとしよう。それならば何故、貴様は生きておるのじゃ?』


 シリア様の反論に、私はハッとさせられました。

 そうです。確かにあの秘書の方は、被害者である商人の方と同じ人間であるはずです。

 それなのに、彼女だけ生きていると言うことは、私が作ったシチューを口にしなかったと言うことでしょうか。


「私はシルヴィ様がシチューを作るよりも先に、軽食をいただいていました。そのため、食事に手を着けることがありませんでした」


「そうですね。彼女は確かに、パスタを部屋へ持ち帰っていました」


 ラティスさんから賛同を受けた秘書の方は、少し得意げに言い返します。


「それに、魔女が作る料理など誰が信用できましょう? 今回のように、毒を盛られている可能性だってあると言うのに」


「えぇ。だからこそ、あなたは人目につかないようにとシャワールームに捨てたのですよね。キッチンでは残飯から悟られてしまうから、シャワールームの中のトイレに流したのです」


 これが証拠です、とラティスさんはウィズナビを操作し、ひとつのマジックウィンドウを表示させました。

 そこには、トイレの縁に微かに掛かってしまっているシチューの跡がありました。


「え、これって!? あんた、シルヴィに作ってもらった料理をトイレに流したってこと!?」


「……だとしたら何でしょうか。私は食べたくないから捨てただけです」


「うっわ、食べ物に失礼よ。最低だわあんた」


「ですがその結果、私は毒を盛られることはありませんでした。最低なのは殺人を行ったあの魔女と私……どちらでしょうね?」


 私を鋭く睨みつけてくるその視線に、体を強張らせてしまいます。

 彼女が食べていなかったから死ぬことが無かったという事実が分かっただけで、私が魔香草を混ぜてしまったという事実はまだ覆っていないのです。


「私からひとつ、よろしくて?」


「何でしょうか、レオノーラさん」


 ラティスさんから発言の許可をいただいたレオノーラは、ふと感じていた疑問を口にしました。


「そもそも貴女、何故シリアの言葉が理解できますの?」

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