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279話 魔女様は証拠を集める・後編

「……ヴィ、シルヴィ!」


「えっ? あ、呼びましたか? すみませんレオノーラ」


 キッチンを出て、念のためシャワールームを確認しに来ていたのですが、自分が犯人であるという事実が受け入れられず考え込んでいた私に、レオノーラが何度も呼びかけてきていたようでした。


 彼女は両手を腰に当て、呆れるように言います。


「もう、どうしましたの? キッチンを出てからずっと上の空ですのよ?」


「すみません、色々と考えてしまっていて……」


「考えるのは後でもできますわ。残り時間も多くはありませんし、まずは捜査を進めなくてはなりませんのよ?」


「はい……ひゃん!!」


 言っていることは理解できるのですが、どう説明したらいいか悩み続けていた私のお尻が、突然パシンと平手打ちを受けました!

 お尻を押さえながらレオノーラを見ると、口元を手で隠しながらくすくすと笑っています。


「ふっふふ! 可愛らしい声ですこと! もう一度鳴いてくださらない?」


「もう、やめてくださいレオノーラ!」


「冗談ですわ。ですが、少し気分は紛れまして?」


「おかげさまで、レオノーラに対する警戒度を上げることが出来ました」


「あぁ! それは許してくださいませ!! 悪気はありませんのよー!!」


 彼女なりの気遣いなのでしょうけども、いきなりお尻を叩くことは無いと思います……。

 若干レオノーラと距離を置きながら脱衣所の捜査をしていると、シャワールームの中から少しマイペースな声が響いて来ました。


「流石はラティス様ですね~! ミナ、全然気が付きませんでした!」


「これくらいは初歩中の初歩です。それと、こういう時は先入観に囚われて物事を見てはいけません」


「いやぁ、そうは言いましてもやっぱり疑いたくはないじゃないですか? 疑われるならまだしもって感じです」


「その考えは分かりますが、魔女裁判においてはその思考は捨てないといけません。時世が時世であれば、不要な疑いで命を落としていたかもしれませんよ?」


「うへぇ……。ミナ、魔女じゃなくて本当に良かったって思ってます」


 どうやら、中にはラティスさんとミナさんのペアがいらっしゃるようです。

 ほぼほぼ私が犯人だと確定してしまっていますが、念のためミナさんに先ほどの発言の真意を聞いてみることにしましょう。


「ミナさん、少しお聞きしたいことがあるのですが」


「お? あーシルヴィ様! それに魔王様も! どうしたんですか? ミナに分かることでしたら何でもお答えしますよ?」


 どこか嬉しそうな彼女に、早速質問をしてみます。


「先ほど、亡くなった商人の方を“気弱そうな人”と表現されていましたが、ミナさんは彼に会ったことがあるのでしょうか?」


「ありますよ! ええと、あれはシャワーをお借りしてシルヴィ様達と部屋に戻った時なんですけど、ミナが魔王様のために飲み物を取りに行ったの覚えてますか?」


「あぁ、確か部屋でもお茶を飲めるようにと探しに行った時でしたわよね?」


「そうですそうです~! その時に見つからないように気を配ってはいたんですけど、あの人とばったり出くわしちゃいまして」


「その時、彼には驚かれなかったのですか?」


「驚かれたには驚かれたんですけど、ほら! ミナ達ってサキュバスって名目で来てるじゃないですか。いやまぁ厳密にもサキュバスなんですけどね? それはさておき。で、サキュバスらしいことしてあげましょうか~? って誘惑してあげたら、ここでは遠慮しとくよって断られちゃいまして。えへへ」


 照れ隠しのように後頭部を掻く彼女に、ラティスさんが考える素振りを見せました。


「なるほど。人間にとってはサキュバスという種族は馴染みがあるのでしょうか」


「ん~、どうでしょうね? 確かに、人間領でお仕事を貰っている仲間もいることにはいると思いますけど、馴染みがあるかと聞かれると何とも言えませんね~。ほら、結局ミナ達は魔族な訳ですし?」


「それもそうですね。ですが、騒ぎにならなかったのは僥倖です。とても良い対応をしてくださいましたね」


「えへへ! 魔王様魔王様、ミナ褒められちゃいました! お給料上がりますかね?」


「それとこれは別問題ですわ。そもそも、貴女が見つからなければ問題ありませんでしたのよ?」


「うぐっ、それは、はい……」


「でも、きちんと対応したことは評価します。今季のボーナスはちょっと弾んで差し上げましょう」


「ぃやったぁ~!」


 ぴょこぴょこと跳ねながら喜びを体現する彼女はとても可愛らしいのですが、それにつれてフローリア様とまではいかないものの、非常に豊満な胸が合わせて躍っていて、レナさんが見たらまた落ち込んでしまいそうだと思ってしまいました。


 そんなミナさんに、ラティスさんが追加で質問をします。


「ミナさん、私からも良いでしょうか」


「はい! 魔王様のプライベート以外なら何でもお答えしますよ!」


「減給しますわよ」


「う、嘘です。城外秘も答えられません……」


「そこは不要な情報なので気にしていません。私が聞きたいのは、その時の彼の様子はどうだったかと言うことです」


「どう、と言いますと?」


「明らかに気怠そうであったり、やつれていたり、体の一部が動かせてなさそうであったり」


 その質問に、私は思わず身を小さくすくめてしまいました。

 もしかしなくとも、ラティスさんはキッチンにあった魔香草について気が付いていて、私がそれを使ったことも知っているのではないでしょうか。


「いえ、全然元気そうでしたね。少し考え事がしたいから、コーヒーを取りに来たって言ってましたし、夜更かしするくらいの元気はあったと思いますよ?」


「そうですか。ちなみにそのコーヒーは、自分で淹れたのですか?」


「あ、ミナが淹れてあげました! 凄く喜んでましたよ!」


「……なるほど。私からは以上です、ありがとうございます」


「いえいえ~! でもこんな質問で何か分かるんですか?」


「先ほども言いましたが、真実は巧妙に隠されているものです。真相の切り口を見つけるために、情報は少しでも多くあった方が良いのですよ」


「ほほぉ~。よく分かりませんが、お力になれたならそれで良しです!」


 ペロリと小さく舌を口の端から覗かせながら、ウィンクと共にピースサインを沿える彼女の仕草は、思わず可愛いと思ってしまう物でした。


「とりあえず、私は他に気になった点はありません。犯人もほぼ絞れていますから、あとは時間を待つことにしましょうか」


「え、もういいのですか? まだミナ達の部屋とか、物置とか見てませんけど」


「不要です。もう犯人は絞れているのですから、あとは裁判で答え合わせを待つのみです」


「ははぁ~……。ミナはまだ分かってませんが、ラティス様がそう仰るなら従います! ということで魔王様、お先に失礼しますね!」


 そう言い残し、脱衣所を去っていくお二人を見送ろうとしていると、ラティスさんが出入口でぴたりと立ち止まり、顔だけこちらへ向けて言いました。


「シルヴィさん。あなたにひとつだけ助言を」


「何でしょうか?」


「物事には必ず裏があります。表向きの事象に囚われて、裏を見いだせないようであればまだまだ三流の魔女であると言うことを忘れないように。それでは」


 やや発言の意味が理解しづらい言葉を残し、ラティスさんはミナさんを連れて出て行ってしまいました。

 物事には裏がある……。その言葉の意味するものは何なのか、この時の私は全く理解することが出来ないのでした。

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