3話 配達員はハーピィ族
前回登場した配達員さんが可哀そうな目に遭うお話です。
自覚のある最強って質が悪いよねって笑ってお楽しみいただければ幸いです!
気が付いたディアナさんとお話するために、久しぶりに村の集会所をお借りして、持参したお菓子と一緒にお茶をすることになりました。
ディアナさんの前に淹れたてのお茶を差し出すと、「あぁー、すいません」と申し訳なさそうに表情を崩されましたが、直後に自分を見据えているメイナードと目が合い、涙目になり怯え始めました。こういうのは失礼だとは思いますが、とても表情が激しく移り変わる方で見ていて面白いです。
「そ、それで、魔女様。ワタシに話って、なんでしょうか……」
「いえ、そこまで大事なお話という訳ではないのですが。この村でお世話になっていた頃から、人間の雑貨をよく見かけていたのでどうしていたのでしょうかと気になっていまして。
話を伺うとディアナさんが人間の街から配達していただけているようですので、せっかくですしお会いしてみたくなったのです」
「あ、あぁ~! そういうことですね! では簡単に仕事の紹介をば。
ワタシはこの村の人が狩りで手に入れた素材を街に運び、その素材で出た売り上げで頼まれた買い物をしてるんですよ。で、それを持ってまた村に来て、商品を渡してまた素材を預かってーっていうことを繰り返してるんです。
もちろんタダじゃありませんし、村の方と街の人間から運搬料金は取ってますけどね!」
なるほど。お話を伺う限り、彼女は平たく言えば運送業といったところなのでしょう。空を飛べるという利点を活かしたお仕事ですし、とても理にかなっていると思います。
私も何かお願いすれば買ってきてくださるのでしょうか。と考えていた横で、メイナードが大きな嘴で私のお菓子をつまんで食べ始めました。
「ひいぃぃぃぃ!!」
「メイナード。お行儀が悪いです」
『人の行儀など我は知らん。美味そうな匂いがしたから食った。そして美味かった。それだけだ』
もっと食わせろと言いたげな様子ですが、メイナードの一挙一動でディアナさんを怯えさせてしまうのは、少し心苦しくも感じます。もしかしたら、メイナードの大きさで怖さが増しているのかもしれません。
私は早速、メイナードに尋ねてみることにします。
「メイナード。体を小さくすることはできますか?」
『できるが、何故やらねばならん』
「あなたの大きさでは食卓に並ばせられないからです。もしテーブルに乗れるくらい小さくなれるのならば、あなたの分のお菓子も用意します」
『……いいだろう』
直後、ぽんっと気の抜けるような音と共に彼の姿が無くなり、私の左肩に少し重みが増しました。
そこには、両の手のひらサイズに小さくなったメイナードが。
『このくらいで良いか?』
「はい。では約束通り、あなたの分も用意しますね」
クッキーを適量取り、お皿に乗せてメイナードに差し出すと、器用に足で押さえて嘴で砕きながら食べ始めました。なんだかとても愛らしいです。
そしてそれはディアナさんも同感だったようで、さっきまでとは一変して興味深そうにメイナードを見つめています。
「ほわぁ~……。カースドイーグルって小さくもなれるんですねぇ……」
『あ゛ぁ゛?』
「ひぅっ!? ご、ごごごごごめんなさいぃ!!」
「メイナード、あまり怖がらせないでください」
『ふん。ハーピィ族風情が……』
ぶつくさと文句を言いながらもクッキーをつつき続けるあたり、彼女に対する不快感よりクッキーの方が重要なようです。
もう何度目か分からないほど、怯えるディアナさんを宥めつつ謝る流れを繰り返した後、落ち着きを取り戻したディアナさんからふとした疑問を投げかけられました。
「そういえば魔女様は、森で診療所を開いているとかなんとか?」
「はい。この村の方は狩猟民族ですが、毎日怪我が絶えないので私が治療しています」
「ふむふむ。となると、魔女様は回復系の魔法が得意なんですねー」
そこでディアナさんは言葉を一度切り、何故か期待に満ちた視線を私に送ってきました。
「魔女様、もしかして“回復ポーション”作れたりしませんか!?」
「ぽーしょん……?」
「はい! 一般的にポーションと呼ばれてる、飲料治療薬のことです! 飲むだけである程度怪我とかも治せるステキなアイテムなんですが」
初めて聞きました。そんな物が世界にはあるのですね。
ですが、飲む治療薬というものは作ったことがありませんし、そもそも発想も無かったのでどのようなものかが想像できません。
「すみません。どういった物かがわからないので作れないと思います。実物とかは持っていますか?」
「ありますよ~! えぇっと……あった、これです!」
ディアナさんは器用に翼の先を操り、ひとつのぽーしょん? を取り出しました。
それは塔の中にも置いてあった試験管のような物の中に入った、淀んだ緑色の液体でした。見るからに体に良くは無さそうです。
差し出されたそれを受け取り、茶色い蓋を外して匂いから確かめます。……が、直後に激しく後悔しました。
「うっ……けっほ! 酷い臭いです!」
「ワタシもそう思いますけど、ほら。良薬は口に苦しとも言いますし……」
これは苦いなんてものでは無いと思います。この臭いはアレです、夏場にうっかり流しの生ゴミを捨て忘れて腐らせたアレに近い気がします……!
『おい! 我が物を食っている時に、なんてものを嗅がせるんだ貴様!!』
「ご、ごめんなさいぃ!! でもそれがポーションなんですぅ!!」
「こ、こんなものを人間は飲んでいるのですか……?」
「そうですぅ! 魔法が使えない人間には重宝されてるくらいなんですぅ!!」
メイナードに凄まれ、半泣きになりながらも説明してくださるのは嬉しいのですが、にわかに信じられない――いえ、信じたくない私がいます。街の人間は凄まじいものを飲むのですね……。
逆にどのように作ればコレが出来上がるのかという知的好奇心が湧きましたが、自ら危険に近寄る必要はありません。これはお返しすることにしましょう。
「すみません、私にはこれは作れません。と言うよりも、作ろうとしたら私が倒れそうです……」
「あぁ違いますよ魔女様! 魔女様にこれを作ってほしいという話じゃないんです!」
「ですが、先ほどポーションを作れないかと」
「ポーションはポーションなんですが、魔女様のオリジナルは作れませんかという質問で!」
「私のオリジナル、ですか?」
「はい! 治癒魔法に長けた魔女様なら、もっと質の良いポーションを作れるのではないかと思いまして!」
「なるほど。ですが、私はポーションなんて作ったことがなくて……」
『主よ。主は治癒魔法を使えるのだろう? ならばポーション程度なら作れるはずだが?』
逆になぜできないのか、と問いかけるような表情を真っ直ぐ見返します。すると、どこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら笑われました。
『くっくっく。そうか、我が主はポーションの作り方すら分からぬのか』
「もったいぶらずに、知っているならば教えてください。教えてくれるのでしたら、私のクッキーを分けてあげます」
『おい、そこのハーピィ族。主に水の入った入れ物を寄越せ。早くしろ』
「はい! 分かりました!!」
華麗なまでの態度の急変でした。メイナードはかなり食に対して欲張りなのかもしれません。今後も彼の力を頼りたい時は、食事を交渉の材料にしてみることにしましょう。
「こ、これでいいですか?」
『ふん、愚鈍なハーピィ族め。それを早く主へ寄越せ』
「うぇぇぇん……。愚鈍ですみません……」
「いえ、気にしてませんから……。それでメイナード、私はどうしたらいいのですか?」
『簡単だ。いつも誰かに回復魔法を使うように、その水を対象にすればいい』
「え、それだけですか?」
『だから主ならできるはずだと言っているだろう。もう良いな? ならば主の菓子は我がもらうぞ』
「あっ、全部とは言っていません! もう……」
クッキーは奪われてしまいましたが、とりあえず作り方は分かりました。さっきのポーションを倣って同じように作るべきでしょうけれども、あの臭いを自分で作るのは気が引けます……。
どうせ飲むのならば、飲みやすい方がいいですよね。水のままというのは味気ない気はしますが、かと言って薬が甘いと言うのもまたおかしな話です。となれば多少の苦みもあった方がいいでしょう。
色々とイメージはできましたし、なんとなく出来そうな気がします。早速作ってみることにしましょう。
 




