274話 魔女様は手料理をお裾分けする
「なるほどなるほど。では二階部分の客室は全部で五部屋もあるのですわね」
「はい。左上から私達、ラティスさん、レナさん達。そして商談部屋を挟んで商人の方が泊っている部屋と、その秘書の方が泊っている部屋がありました」
「湯船が無く、シャワーだけというのが物足りませんわね。魔導連合の宿舎にはありましたのに」
「魔王様、この国では可能な限り資源を節約する傾向にありますので、大量にお湯を溜めるという行為が無駄と思われている可能性がございます」
「あ~、それはありそうですねぇ。街の人達も口数少なかったですし、寒すぎるから最小限の行動と資源で済ませようとしてるんですかね?」
「お国事情、という物ですわね。はぁ……早くあの広い湯船に肩まで浸かりたいですわ」
昨夜利用した共同のお風呂が気に入っていたらしいレオノーラが、非常に残念そうに感想を零します。
確かに、昨日入った時はローザさんが「薔薇を沢山浮かべておいたから楽しんでね!」と、【薔薇組】としての名前に恥じないほど立派な薔薇を湯船に浮かべていたおかげで、薔薇の香りを楽しみながらリラックスすることが出来ていました。
あれは毎日とは言いませんが、時々入りたくなるものと思うくらいには私も好みでしたので、特に気に入っていたレオノーラからしたら悲嘆に暮れるのも無理はないかもしれません。
「と言うよりも、私はシャワーを利用する時はどうすればよろしいのです? 魔王であることは誤魔化せても、魔族であることは誤魔化せませんのよ?」
「その時は私が、何とか鉢合わせ無いようにしながらレオノーラ達を誘導します」
「はぁ~……不便極まりない生活ですわ。いっそのこと、商人をどこかへ飛ばしてしまいませんこと?」
『貴様が帰らんか、この阿保め』
「帰れないから商人をと言ってましてよ? 猫には少し難しい言い回しでして?」
『だから妾は猫では無いと何度っ!!』
「落ち着いてくださいシリア様!」
「魔王様も不敬過ぎますよ~。親しき中にも礼儀あり、ってやつです」
「あまり神様を侮辱されますと、回り回って天罰がくだりますのでお気を付けください」
「天罰なんて下りませんわ。こんなにも日夜、魔族領のために苦心しておりますもの」
「具体的には、我々が今後の事務処理の手伝いをお断りさせていただきます」
「天罰と言うよりも私怨ではなくて!?」
再びレオノーラが弄られる光景を笑っていると、ミナさんのお腹が空腹を訴え始めたことに気が付きました。
「あはは~、すみません。今日はお腹が大変元気みたいです」
「ふふ。では、ラティスさんにキッチンを使って良いか確認を取って来ますね」
「シルヴィの手料理が食べれるという点だけ、ここの暮らしは評価できますわ!」
他は不満しか無いのですね……と苦笑を返し、シリア様と共に部屋を後にします。
隣にいるはずのラティスさんを訪ねて扉をノックしてみましたが、部屋の中から返事はありませんでした。
「もうシャワーへ向かったのでしょうか」
『やも知れぬ。一度降りてみるかの』
階段を下ってシャワールームへと向かうも、脱衣場に彼女の服が置いておらず、シャワーの音も聞こえてきません。
残るはキッチンと判断した私達がキッチンの中へ入ると、エプロン姿のラティスさんが凄く真剣な表情で食材を前に考えこんでいるのを見つけました。
「ラティスさん、こちらにいらっしゃいましたか」
「うん? あぁ、シルヴィさん。もしかして、私を探していましたか?」
「はい。こちらのキッチンを使わせていただけないかと思いまして」
「と言いますと、シルヴィさんが料理するつもりだったのですか?」
「もし良ければ、と」
私の返答を受け、ラティスさんはほっとした表情を見せました。
「えぇ、自由に使ってもらって大丈夫です。ちなみに、何を作るかは決めていますか?」
「ええと、とりあえずシチューを作ろうかと思っています。あとは、パンを少しいただければ」
「そうでしたか。では、もし良かったら私の分もお願いできますか? あぁ、あと余ればでいいのですが、商人達にも分けていただけるとありがたいかもしれません」
「分かりました。では、出来上がったら部屋まで持って行きますね」
「ふふ。楽しみにしていますね」
ラティスさんは小さく手を振りながらキッチンを後にしていきます。
それでは早速、彼女が纏っていたエプロンを拝借して料理を開始することにしましょう。
それから間もなく、シリア様にもお墨付きをいただけたシチューが出来上がりました。
流石に手で持つには限度があったので、シリア様の魔法の手をお借りしながら、人数分のお皿とパンを持って二階へと戻ります。
出来立てのシチューと、サクサクに焼き上げたパンを目の前にしたレオノーラは瞳を輝かせ、部下のお二人など気にせず食べ始めてしまったのには笑ってしまいましたが、ミオさん達にも美味しいと言っていただけたので良しとします。
続けて、隣の部屋にいるラティスさんにも同じようにお出しします。
短時間でしっかりとしたシチューを作り上げた私の料理の腕を高く評価していただけたのですが、魔女を辞めて騎士団専属の料理人にと提案された時は、レオノーラと全く同じことを言っていることを思い出して苦笑せざるを得ませんでした。
そして妙な静けさのレナさん達の部屋へと向かったのですが。
「これは……また後で温め直した方が良いかもしれませんね」
『全く、エミリもびっくりの寝つきの良さじゃろうに』
フローリア様の胸に顔を埋める形で抱きかかえられているレナさんと、抱きしめている本人は揃って気持ちよさそうな寝息を立ててしまっていました。
起こさないようにそっと扉を閉じ、そのまま商人の方々の部屋へと向かうことにします。
「失礼します。夕食にシチューを作ったのですが、もし良ければ召し上がりませんか?」
扉をノックしながらそう言うと、中から商人の方が顔を覗かせました。
「シチュー? 私もいただいてよろしいのですか?」
「はい。お嫌いでなければぜひ」
「あぁ、魔女様から手料理を振舞っていただけるとは、私も幸運な男です。ぜひ、ご相伴に預からせてください」
彼に微笑み、二人分のシチューとパンを用意して手渡します。
「う~ん、とても美味しそうな香りです! ありがとうございます、魔女様」
「いえいえ。お口に合えばいいのですが」
「私の舌は庶民舌も良いところですので、魔女様の素晴らしい料理に驚いて天に召されてしまうかもしれません」
『くふふ! なかなか冗談が上手いのぅ!』
シリア様もご満悦の彼の返しに、私も思わず笑みが零れてしまいます。
彼はこうした冗談を交えながら空気を和ませ、数々の商談を成功させてきたのでしょう。非常に話術の上手な方だと、素人ながらに感じてしまいました。
「お代わりは一階のキッチンに残しておきますので、もし足りなければ食べてしまって構いません」
「ありがとうございます。良く味わって堪能させていただきます」
彼は部屋の中にいた秘書の方を呼び寄せ、私にお礼を言わせます。
「魔女様の手料理ですか。恐縮です、ありがとうございます」
「いえいえ。それでは、私達はこれで」
「はい。あいにくの天候となりましたが、ゆっくりとお休みください」
商人の方に会釈を送り、私達はキッチンにレナさん達の分を取り置きしてから、自分達も部屋に戻って食事を取ることにしました。




