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270話 魔女様は利用される

 お昼を食べ終えて外に出ると、先程までは曇りだった天候が急に悪化しており、やや横殴りの雪が吹雪き始めていました。


『くぅー! 山の天候は移りやすいと聞くが、こうも変わる物なのか! シルヴィ、中に入るぞ!』


「うぅ、先程の食事で温まった体が冷えてしまいますわ! 早く帰りませんこと?」


「ですねー。あ、レオノーラ様こちらをどうぞ。さっき雑貨屋で試しに買ってみた、携帯型魔道具です」


「何ですのこれは?」


 ミナさんが手渡したそれは、やや薄い手帳サイズの魔道具のようです。

 使い方が分からないレオノーラに、ミナさんが身振り付きで説明し始めます。


「何でも、この国特有の携帯型保温道具らしいですよ。使う前にこう、シャカシャカと良く振ってポケットに忍ばせると、この魔道具が熱を帯びて温かくなるのだとか」


「こんな薄い物が温かくなったところで、たかが知れてしまうような気はしますが……。まぁ、ミナのお気遣いには感謝して使わせていただきますわ」


 ミナさんを真似て音を立てながら魔道具を振り、それをコートのポケットにしまったレオノーラは、「さ、帰りますわよ」と先陣を切って移動し始めました。

 その後に続いて行こうとした私に、ミナさんが同じものを差し出しながら呼び止めます。


「あ、待ってくださいシルヴィ様! 良かったら、同じものですがおひとつどうぞ?」


「私までいいのですか? すみません、ありがとうございます」


 お財布袋を取りだそうとする私に、ミナさんが慌てた様子で両手を振ります。


「あぁ! お金は結構です! レオノーラ様のご友人からお金を取ったなんて知られたら、ミナがなんと言われるか!」


「ですが、魔道具はあまり安くはないのでは……」


「それがですね、先程のお店で食べた一食よりも安かったんです! なので気にしないで受け取ってください!」


 そう言いながら笑みを見せるミナさんに対し、本当にいただいてしまっていいのか考えているところへ、シリア様が提案しました。


『そんなに引け目を感じるのであれば、お主が作り置きしておるポーションを何本かくれてやれば良かろう』


「えっ、いいんですか!? わーい! 思わぬ手土産になりました!」


 嬉しそうに声を弾ませるミナさんですが、私は逆に申し訳なくなってしまいます。


「私のポーションの原材料は水と自分の魔力だけなので、むしろこちらの魔道具の方が高いと思いますが」


「ちっちっち。違うんですよシルヴィ様!」


 ミナさんは指を振りながらそう言うと、声を潜めて続けます。


「魔王様をどうか叱らないでいただきたいんですが、以前シルヴィ様のお宅にお邪魔させていただいた時に、一本拝借してしまっていたようでして。持ち帰ったそれを飲んで、味と質の良さに大層驚かれていたんですよ」


「そうだったのですか?」


 勝手に持って帰っていたと言うことは一旦置いておいて、レオノーラから見ても良質だと判断してもらえていたことに驚いていると、ミオさんも話に加わってきました。


「はい。魔王様自身がそのポーションの出自を言おうとしなかったため言及は避けましたが、日時や関係性から察するに、間違いなくシルヴィ様の物と思われます」


「うんうん。その後、時々あのポーションの瓶を突いたり眺めてたりしてたんで、もしかしたら欲しいのかなって思ってたんです!」


「しかしながら、我々はそのポーションが今の話を聞くまでシルヴィ様がお作りになられた物と気づけなかったため、魔王様に献上することが出来ずにいました」


「なので、もしその魔道具とで良いのでしたら交換して欲しいです!」


 そういう事でしたら、と私は携帯していたポーションを亜空間収納から二本取り出して差し出します。


「では、こちらと交換で良いでしょうか」


「わぁ! ありがとうございますシルヴィ様ー!」


「厚かましい申し出をしてしまい、申し訳ございませんでした。ありがとうございます」


「いえいえ。それで、この魔道具は魔力とか籠めずに振るだけでいいのでしょうか」


「はい! もうシャカシャカと振るだけです!」


「随分と遅いと思ったら、シルヴィまでそれをいただいてましたの?」


 再び大袈裟に手振りを始めたミナさんに、微笑みながら魔道具を振っていると、先を行っていたはずのレオノーラが戻って来ていたようでした。


「はい。せっかくなのでと、私のポーションと交換していました」


「そうですのね。それよりもシルヴィ、お客様ですわよ」


「お客様?」


 レオノーラが手の平で示す先には、小さく手を振りながら歩いてくるラティスさんの姿がありました。


「こんにちは。観光は楽しめていますか?」


「こんにちはラティスさん。楽しめていはいるのですが、吹雪が強まってきたので一旦戻ろうとしていたところです」


「吹雪?」


 彼女は小首を傾げると、何かに気が付いたように言います。


「そうでした。皆さんは普段から、雪に覆われない地域で暮らしているから慣れていないのですね」


『この天候に慣れとう無いわ』


 悪態を吐くシリア様に小さく笑い、「それもそうですね」とラティスさんは続けます。


「そうでした、話し込んでいる時間はありませんでした。シルヴィさん、少しお時間貰えますか?」


「私ですか?」


「はい。昨日お話した商談に、あなたも立ち会っていただければと」


 突然の申し出に、私は困惑してしまいます。

 商談なんて一度もやったことはありませんし、商人の方を前にして何を話せばいいか全くわかりません。


 そんな私の思考を読んだかのように、ラティスさんは言葉を続けます。


「心配しないでください。今回必要なのは、あなたの“魔女”としての身分ですから」


「どういうことですの?」


「さぁ……?」


 更に疑問が増える発言に、レオノーラ共々顔を見合わせてしまいました。

 すると、唯一理解を得ていたらしいシリア様が嘆息混じりに答えます。


『なるほどのぅ。ならばレオノーラ、貴様らは先に帰っておれ。妾達は所用を済ませたら戻る』


「……分かりましたわ。では戻りますわよ二人とも」


「かしこまりました」


「えぇ? ミナ全然分かんないんですけど! レオノーラ様ぁ!」


「あとで教えて差し上げますわ。さぁ、吹雪で動けなくなる前に早く戻りますわよ」


 そのままレオノーラは、ミオさん達を連れて足早に帰っていってしまいました。

 残された私達に、ラティスさんは少しだけ申し訳なさそうに眉尻を下げます。


「すみません。では行きましょうか」


 先を行くラティスさんに続いて移動を開始すると、顔に直撃した雪に頭を震わせながらシリア様が開設してくださいました。


『通常であれば、魔女は商談の場に立ってはならぬ。どちらかの商人に魔女が付いていると言うことは、気に入らない条件を提示したら殺すと示すことも同義となり得るからじゃ』


「では、何故今回は同席を求められたのでしょうか」


「それについては、私が答えましょう」


 ラティスさんはこちらを振り向かないまま、言葉だけ向けてきました。


「イースベリカは昔から、魔女と繋がりのある数少ない国のひとつでした。そのため、イースベリカで流通している魔女の魔石を求めて足を運ぶ商人も少なくはありません。そんな彼らに対して、私達は魔石の代わりに各地域の食材などを要求する、と言うのがうちの商談の基本です」


「魔石自体も入手は困難なのですね」


「魔女そのものに会う機会が無いから、が正しいですね。個人的な伝手のある商人はうちとは無縁ですけれども、そうではない商人はうちを頼らざるを得ないのです」


 そう言えばディアナさんも以前、「魔女と会う機会は人生に数度あるかないか」と言っていましたし、余程個人的な付き合いが無い限り、魔女が作るという魔石を手に入れることはできないのでしょう。

 何となく納得し始めた私に、ラティスさんは続けます。


「魔女の魔石。それほどまでに貴重なアイテムであると言うことは、その出自によっても価値が大きく左右されます。ここまで言えば分かっていただけましたか?」


 唐突な問いかけに、まだ答えを導き出す段階に至っていなかった私は言葉を返すことが出来ません。

 しばらくの待ち時間の後、ラティスさんが小さく笑いながらこちらを振り返り、ウィンクを飛ばしながら口元に指を添えて答えを教えてくださいました。


「その出自が強大な魔女のものであると証明できれば、相手はそれを鵜呑みにするしかできないので、どれほど単純な魔石であろうとも高値で取引することが出来るのですよ。その強大な魔女としての適任が、あなたと言うことです」


『……やれやれ。魔導連合も大概かと思っておったが、イースベリカも甘い汁を吸っておったか』


「おかげさまで、財政には困っていませんね」


『はー、金に汚い連中じゃ』


 そう言いつつも愉快そうに笑うシリア様に、ラティスさんもくすくすと笑います。

 そんな中、自分という出汁で商談が繰り広げられることを知ってしまった私は、商談の席で何も言わずにシリア様に代わっていただくことを決心していました。

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