266話 騎士団長はマイペース
『……とまぁ、そういう訳での』
「なるほど。それでトゥナさんがいきなり“グランディア王国との付き合い方を考えた方が良い”と忠告してくれていたのですね」
シリア様から私の生い立ちと、これまで見聞きしてきた情報を一通り聞き終えたラティスさんは、どこか納得がいったように頷きました。
正直、どこまで信じていただけるかは半信半疑ではあったのですが、そこはシリア様との仲と言うこともあり、すんなりと私の事を信じていただけたのは幸いです。
ラティスさんは私達に出してくださったお茶と同じものを啜り、背もたれに体重を預けながら悩まし気に言います。
「偽りの歴史、消された存在、そして正体不明の元【夢幻の女神】ソラリア……。ふふふ! シリアったら、また変な運命に巻き込まれているのですね。もしかしてそういうのが好きなのですか?」
『阿保抜かせ。妾とて、好きで首を突っ込んでおる訳では無いわ』
「どうでしょうね。あなたが勇者一行に加わったって聞いた時は驚かされましたが、その時も確かこう言っていましたよね?」
椅子から立ち上がり、机に綺麗に積まれていた本で口元を覆った彼女は、無関係の私から見てもやや苛立ちを感じてしまいそうな目線をこちらに向けながら言い放ちました。
「私の聞き間違えでしょうか。今、魔王討伐と言いましたか? こんな低レベルな戦力しかないパーティで? ピクニックに行くと言い変えた方が良いと思いますけど?」
私は事の真偽を確かめようと、シリア様へ視線を移します。
するとシリア様は、私の視線から逃れようと顔を背けながら言い返しました。
『程度の低すぎる連中であったのじゃから、致し方あるまい? あのまま送り出しておったのなら、それこそ道中のどこぞでくたばっていてもおかしくないしの』
「などと言いつつ、魔法職不在であったことを良いことに、暇つぶしで付いていったではありませんか。お人好しなのか、嫌味で付いていったのかは分かりませんけどね」
『ふん。無論、実力差を見せつけてやるためじゃ』
「そうですか。ともあれ、今回も本当ならシルヴィさんの神降ろしに応じる必要は無かったのでは?」
『いや、今回は妾にほぼ決定権は無かった。恐らく、シルヴィの運命の中で妾というピースが欠けてはならない存在だったのじゃろうて』
「ふむ……。神をも必要とする運命となると、当時のあなたよりも数奇な運命にありそうですね」
『妾の場合は、最後に初めて神という存在と接触したからのぅ。それまでは神なぞ信じるに値せん物と思っておったが、まぁ悔い改めたものじゃ』
くふふと笑うシリア様に、ラティスさんも小さく笑います。
お二人の会話の邪魔をしないようにお茶をいただいていると、ラティスさんが思い出したように口を開きました。
「そうでした! こうしてお茶を楽しむのも悪くはありませんが、今日はまだやらなければいけないことがあります」
『なんじゃ、まだ試練という名の暇つぶしを行うつもりか?』
「私はあなたほど戦闘狂ではありませんから、一緒にしないでください」
『よく言う……』
シリア様の溜め息交じりの言葉を無視し、ラティスさんが私に言います。
「シルヴィさん、少しお願いしても良いでしょうか」
「はい。私にできることであれば」
「明日、ある商会と会合を行う予定なのですが、もし良ければ建物に結界を張ってくださいませんか?」
「結界、ですか。それは大丈夫ですが、何か警戒されていらっしゃるのですか?」
私の疑問に、ラティスさんは少しだけ言いづらそうにしながらも答えてくださいます。
「今回の魔導連合の遠征に魔族――いえ、魔王レオノーラが来ていますよね。彼女を信用していないという訳ではありませんが、魔族と人間どちら側にもついていない中立国としては、商人を前に悪い噂を立てたくないのです」
『要は、奴を会合の場に入れないようにするため結界を張れと言うことじゃ』
「シリアは何故、人が濁した部分をそうやって暴露するのですか?」
『遠回しに言ったところで、シルヴィなら理解するじゃろ。こ奴は無知の割には頭の回転は速いからの』
褒められているのか貶されているのか、どちらとも言いにくい評価に苦笑で返し、とりあえずラティスさんからのお願いを引き受けることにしました。
「分かりました。では、今からでも取り掛かりますね」
「あ、今晩は大丈夫です。結界の維持にも魔力は消費しますし、明日の朝に張ってくださいますか? 場所はここになりますので……」
彼女は携帯用の地図に赤丸で印をつけ、それを机の上に差し出しました。
シリア様と確認したところ、どうやら街の中央ではなく、南西の端の方にあるようです。
『何故こんな辺鄙な場所なのじゃ』
「商人用の税関がそこにあるからです。彼らはそこで積み荷の検閲を受け、それから街中で商売を行うことができるようにしています」
ラティスさんがペン先で示す場所には、確かに税関が配置されている城門がありました。
そこから印がつけられた建物はそこまで遠くはないため、本当に商人の方のために用意されている建物であると見て取れます。
「では、この建物を覆えばいいのでしょうか」
「えぇ。会合に必要なのはそこだけですから」
『この程度、シルヴィじゃなくお主がやれば早かろうに』
シリア様のもっともな主張に、ラティスさんは。
「結界の維持って疲れるではありませんか」
にっこりと笑みを浮かべながら、私達に平然と答えるのでした。




