16話 魔女様は応用する
顔、足元、そして胴。全てを的確に狙って振るわれる大剣を防ぎ、時に身を捻って躱していると、ラティスさんがつまらなさそうに言いました。
「何故、反撃に出ないのですか? 死にたいのですか?」
「そんなつもりは、ありません!」
「事、護りには秀でているようですが……。私と根競べをするのであれば無駄です」
突如、彼女の大剣から強い魔力の高まりを感じ、結界を多重に展開するも。
「……うぁっ!?」
「このように」
それらは全て容易く切り裂かれ、間一髪で避けることが出来た私の眼前を、薙ぎ払われた大剣の後に私の髪が数本舞いました。
単純な魔力を籠めた結界では防げないのであれば、神力を使うしかありません。
杖を支えに無理やり体勢を立て直し、追撃にと振り下ろされたそれを強化した結界で防ぎます。
金属同士が激しく衝突したかのような耳をつんざく音と共に、見た目以上に凄まじい質量を誇る大剣の重みが私を襲います。
その結界を切り捨てんと力み続けるラティスさんは、少し驚いたような表情を私に見せました。
「単純な強化ではありませんね。もしやこれは、神力でしょうか」
「ご存じでしたか!」
「えぇ。こうして神力を操れる者と手合わせするのは久しぶりです」
彼女は力では押しきれないことを悟り、素早く後ろへと跳び下がると、剣を床に突き立てながら左手を天にかざしました。
「では、少し趣向を変えましょうか」
何か仕掛けてくる、と警戒しつつ結界の準備をしていると、ラティスさんを中心にどこからか現れた雪が渦を巻き始めます。
それはやがて暴風を兼ねるようになり、その勢いに飛ばされないように結界を展開する私の耳に、彼女の詠唱が聞こえてきました。
「これよりこの地は、全ての生命が死に絶える極寒とする。これ即ち、永久凍土なり。世界よ、凍てつけ――氷牢」
詠唱の完了と共に吹雪の勢いは強くなり、結界ごと私を飲み込みます。
すると、吹き飛ばされないようにと耐える私の体温が、急激に下がり始めているのが分かりました。体の震えが止まらなくなり、結界の維持すらできなくなってきています。
徐々に足腰にも力が入らなくなり、床にへたり込みながら杖で体を支えるので精いっぱいの私に、ラティスさんがゆっくりと歩み寄ってきます。
「終幕です。あなたは私に、力を示すことが出来ませんでした。故に、いつ力を爆発させるやも分からない危険因子は、ここで斬り捨てます」
何か言葉を返そうと思っても、喉も凍ってしまっているかのように感じられ、掠れた荒い呼吸しかできません。目の前も徐々に霞んで来てしまい、体が限界に近付いていることを報せます。
私はラティスさんに何もできないまま、このまま斬られてしまうのでしょうか。
身を護ろうにも、寒さで結界も展開することが出来ません。
逃げ出そうにも、体を満足に動かすこともできない状況です。
正しく、万事休すと言えるでしょう。
一歩、また一歩と近づいてくる足音が遠くに聞こえる錯覚に陥っている私の脳裏に、突然お茶を楽しむ私達の姿が浮かびました。
いくら寒いからと、こんな時に現実逃避だなんて……と自虐しそうな気持ちになっていると、お茶をペロペロと舐めていたシリア様が口を開きました。
『やれやれ。活性効果があるとはいえ、このポーションは如何せん味が悪い。酒ならいざ知らず、茶の味に混ぜていい物では無かろう』
それを聞いた皆さんが笑い、レナさんが「あたしは好きだけどなー」と不満そうにお茶を啜ります。
これはいつでしたか。確か、ネイヴァール家でポーションを作ろうとして、神力が多量に混じってしまったせいで出来上がった物を、せっかくだから飲んでみようと試みていた時だったと思います。
エミリがレナさんに続いて啜り、少し顔をしかめた後にこう言っていたのも覚えています。
「でもこのポーションは、飲んだ後ぽかぽかするね!」
それに対し、シリア様が『神力による活性効果で、代謝が上がっておるのじゃろ』と答え、味はともかく売れるかどうかという話になった結果、とりあえず無しとなったのですよね。
そこでふと、私はエミリとシリア様の言葉に引っ掛かりを覚えました。
神力を含んだポーションが活性効果をもたらすのであれば、単純に神力を自分に付与できれば同じ効果が得られるのでは無いのでしょうか。
そう言えば以前、神力の話をしていた時にレナさんとフローリア様がこう言っていたような気がします。
「神力を使った治癒をレナちゃんに施した結果、レナちゃんの傷を完治した上に、レナちゃんを超強化しちゃったみたいなのよね~」
「あの時の体の軽さって気のせいじゃなかったんだ!? どうも不思議だって思ってたのよー、やっとスッキリしたわ!」
つまり、神力を用いて治癒魔法を行使した場合、活性効果が得られることは間違いありません。
そして活性効果が得られている時は、代謝が上がり体温が上昇するのです。
その考えに行きついた私は、辛うじて動かせた右手を自分の胸に当て、神力を使いながら治癒魔法を試みます。
「残念です。治癒魔法では、奪われた体温は取り戻すことが出来ないと言うのに」
流石にすぐには温かくならず、右手と顎の震えが止まりませんでしたが、それでも徐々に指先に感覚が戻り始め、体が言うことを聞いてくれるようになっていきました。
私の様子を見下ろしていたラティスさんは、その変化に驚いたような声を上げました。
「……なるほど。神力にはそのような使い方もあるのですか」
「はぁ……はぁ……! これで、まだ戦えます……!!」
ふらふらと立ち上がって自分を見据えてくる私に、ラティスさんは少しだけ口の端を吊り上げ、再び剣を構えます。
「良いでしょう。この氷点下の永久凍土で、あなたがどれだけ耐えられるか――。あなたの全てを私に見せなさい」




