11話 魔女様は狩り終える
終わったことを報告しようと防護陣の中へ戻ると、突然魔女のお二人が私に抱き付いて来ました。
「凄い! 凄いわシルヴィさん! あれどうやったの!? 魔法よね!?」
「あれを一撃ってヤバイでしょ! 流石はシリア様の弟子だね!」
「いいなぁシルヴィさん! 私もシリア様から学びたい!」
私が言葉を返す間もなく次々に言葉を浴びせてくるお二人に、物理的にも困っていたところでシリア様が口を開きました。
『くふふ! 貴様らでは日々の鍛錬に耐えられぬじゃろうて。シルヴィなぞ、あのつぶてより遥かに威力の高いものを毎日泣くほど喰らっておるぞ?』
シリア様のその言葉に、お二人が信じられないと言うような表情で私を凝視してきます。
確かに、あの大熊のつぶてよりはフローリア様が放つ雷魔法の方が威力が高いですし、レナさんが繰り出す猛攻の方が攻撃間隔や速度が段違いですので、防ぐのは比較的簡単だったことは否めません。
「私はその、攻撃ができない代わりに防御に特化しているので……」
そう誤魔化すも、お二人は静かに私から距離を置き、明らかに私を見る目が変わっていました。
な、何でしょうかこの感覚は。
子犬だと思って近づいたら、実は猛犬だった時の驚き方、とでも表せばいいのでしょうか。
「ねぇ。シルヴィちゃんって、実はかなりヤバイ魔女なんじゃないの?」
「シリア様ってかなりスパルタなのかな……」
「うわぁ、あたしそう言うの無理~。疲れないで楽に強くなりたい」
「分かる~」
小声で話しているおつもりですが、森の静けさのせいでこちらまではっきりと聞こえてしまっています。
行く先々で稀有な目で見られることが度々あった私はまだ良いものの、スパルタと評されたシリア様はご自身の評価に唖然としてしまっていました。
不安になり声を掛けようとした私よりも先に、シリア様が疲れたように愚痴を零します。
『妾の頃は、皆が高みを目指すために茨の道を好んで進んでおったものじゃが、今はそうでもないのじゃな……』
凄く複雑な心境から発せられたその言葉に、私は何も言うことが出来ませんでした。
幸い、あの大熊を倒してからウィズナビが起動するようになったため、私は先にヘルガさんへ連絡を取ることにしました。
数回の呼び出し音の後、やや忙しそうな声色のヘルガさんが応答してくださいます。
『おーっすシルヴィちゃん! どうした? 何か変な魔獣でも見つけたか?』
「お疲れ様ですヘルガさん。変な魔獣と言えば変なのですが、少し見ていただきたくて連絡しました」
『お、それは楽しみだな! 早速転移札貼り付けて送ってくれるか?』
「分かりました」
片手でウィズナビを耳元に当てながら、転移札を貼り付けてヘルガさんの下へ大熊を送ります。すると、直後にウィズナビ越しに悲鳴が上がりました。
『何だこれ!? デカッ!? うわデッカ!!』
「立ち上がるともっと大きく見えました」
『いや、そうだろうよ!? こんなデカイんだから立ったら相当だぜ!?』
ヘルガさんは『ちょっと待っててくれな! おーいトゥナー!』とアーデルハイトさんを呼びに向かい、しばらくの間保留の音が流れていましたが、一分もしない内に今度はアーデルハイトさんが出ました。
『【慈愛の魔女】、こいつをどこで見つけた?』
「どこ、と言われましても……」
当たりを見渡しても、雪化粧が施された木々しかありません。
「森の中です」
『そう言うことを聞いてるんじゃない。お前が今いる座標を出せと言っているんだ』
「座標、ですか?」
意味が分からない私に、アーデルハイトさんは頭を抱えている姿が目に浮かぶ勢いで溜め息を吐きました。
『……いいか、今から私が言う通りにウィズナビを操作しろ』
アーデルハイトさんに言われるがままに操作を続け、ウィズナビの機能のひとつであったらしい座標送信を行うと、アーデルハイトさんは『ふむ……』と呟きました。
『恐らくだが、噂になっていた化物の正体がコイツだろう。目撃証言と大方一致するし、座標的にもそう遠くはない』
「あ、その大熊がその噂の魔獣だったのですか!?」
『そうだ。と言うよりもお前、本当に世界の常識をもっと学んでくれ。魔法耐性の高い魔獣なんて、世界を探しても本当に一握りしかいないんだぞ?』
「す、すみません……」
無知を指摘され反省する私に、少し遠くからヘルガさんの励ましの声が聞こえてきます。
『まぁまぁいいじゃねぇか! シルヴィちゃんの大手柄だぜ? それに、イースベリカ近郊で暴れてたって噂の魔獣を持ち帰れば、それだけで貸しになるだろ?』
『それはそれだ。【慈愛の魔女】の世間知らずぶりは関係ないだろう』
『つってもシルヴィちゃんだって、バジリスクとやり合ったばっかなんだしさ。あんなのがゴロゴロいるとまでは思ってなくても、魔法耐性が高い奴がいるって認識はあったんだろうよ。仕方ねぇだろ』
『お前は何故、そうやってすぐ【慈愛の魔女】の肩を持とうとするんだ……』
『そりゃあ可愛い子だからに決まってんだろ! あ、嘘嘘待ってくれ冗談だって! 狭いんだから魔法ぶっぱなすなよ!!』
つい最近も似たようなやり取りが繰り広げられた気がしますが、今回もお二人がケンカし始めてしまったようです。
少し長引くかもしれませんねと陣の中に向かって歩き出した私に、森の奥から聞き覚えのある声が飛んできました。
「あぁ、ようやく見つけましたわ!! ご無事ですのシルヴィ!?」
「どうしたのですかレオノーラ? そんなに慌てて……」
「どうもこうもありませんわ! 貴女の神力を感じ取ったので、またとんでもないことをやらかしているのでは無いかと!」
「やらかしたって、私はそんなことしませんが」
私の返答に、レオノーラが反論します。
「かのバジリスクをも捕らえ、有力な魔族ですら森に立ち入れなくなるほどの結界を張る力を持つ魔女が、何もやらかしていないなどと言うのはこの口ですの? 自覚無さすぎではありませんこと?」
「い、いひゃいです! やえてくやひゃい!」
ぐにぐにと頬を引っ張っられたりもみくちゃにされていると、彼女の部下であるミオさんとミナさんがその後ろから補足説明をくださいました。
「先ほど、シルヴィ様が放ったと思われる魔力で、私達が狩りを行っていた周辺の魔獣にも影響が出ておりました。具体的に申し上げますと、対峙していたはずの魔獣が面白いように卒倒していきました」
「いやぁ、魔王様――じゃなかった、レオノーラ様から話は伺ってましたけど、ちょっと規格外過ぎますよね。ここからかなり離れていたはずなのに、その余波だけで魔獣が倒されるんですから」
「恐らく、この森の半分ほどには影響が及んでいるのでは無いかと思われます」
そ、そこまで広範囲に影響が出ていたのですか!?
驚きすぎて声が出ない私のウィズナビから、ヘルガさんの声が響いて来ました。
『あ、とりあえずシルヴィちゃん! 俺達今ちょっとボンボン送られてくる魔獣の処理で手いっぱいだからさ、もう帰ってきてもいいぞ! 他の魔女達にも帰還命令出すからさ!』
「分かりました」
レオノーラの手から逃れて返事をすると、『そんじゃ待ってるぜ!』と挨拶を残して通話が途切れました。
そのやり取りを聞いていたレオノーラが、少しキョトンとした表情で聞いて来ます。
「あら、もう終わりですの?」
「えぇ。これから城門前に戻ってくるようにとのことです」
「もぅ、どこかの魔女がもう少し加減してくだされば、私も楽しめましたのに」
わざとらしく頬を膨らませながら拗ねて見せるレオノーラに苦笑を返し、私は防護陣を解除して皆さんと共に帰ることにしました。




